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見習い女神とヒースガルトン  作者: 吉福丸シンジ
6/9

ヒースガルトンの推理

 ゴブリン軍が今日にも街へ攻め入るという噂は、午後には街中に広まった。



 城の大広間はこれまでにない大混乱に陥っていた。

 ある裕福な商人は役人たちを殴り飛ばしていたし、ある貴族はゴブリンに殺されずにすむ方法を必死に役人から聞き出そうとしていた。


 ファアル国軍指揮官はその騒ぎを、じっと眺めていた。



 「ファアル指揮官」


 見習い女神は彼に声をかける。


 ネンネコ国軍副指揮官として、見習い女神にできることはもうなかった。

 混乱する街の治安をごく少数の警備兵にまかせ、大部分の国軍兵士を城壁に配備した。

 あとはゴブリン軍が攻めて来るのを待ち、そして・・・・・・街の人々はゴブリンに殺されるだろう。



 「ゴブリン軍が攻め入る前に、奥さんとお子さんにお会いしてはどうですか」


 ファアル指揮官は家族思いとして知られている。

 日が暮れる前には、自由戦士隊は森で全滅するだろう。

 そしてその後、城壁でゴブリン軍との戦いが始まるだろう。

 そうなるとファアル指揮官は、文字通り死ぬまでその場を離れることはできない。

 見習い女神は、ファアル指揮官が国軍兵士の指揮をとる前に、家族と最後の時間を過ごすことを提案したのだ。


 「ネンネコくん、どう考える。この街はもうダメかね」



 見習い女神は、ファアル指揮官の横顔を見つめた。

 焦っている様子や混乱している感じは全くなかった。静かな心で大広間の混乱を眺めているように見えた。



 「はい。・・・・・・もうダメです」


 ファアル指揮官には正直に答えた方がいいと見習い女神は考えたのだ。



 「自由戦士らの諸君はどうだね。まだ耐えているのか」


 「今はまだ戦っていますけど、時間の問題です。日が沈むころには、城壁外にいる自由戦士は一人として生きてはいないでしょう」


 冷酷に聞こえるかもしれない。

 しかし見習い女神は、正確さが重要だと思ったのだ。



 「彼らには随分と世話になった。命をかけてこの街を守ってくれた。感謝せねばなるまいて」


 ファアル指揮官は、静かに大広間を出て行った。


 見習い女神は指揮官の静かな背中を見つめながら、心の中で何度も謝った。




 「ネンネコ副指揮官!」


 喧噪のなか、ひとり突っ立っていた女神は我に返った。



 「副指揮官を呼べと、とんでもなくしつこい男がいまして。自分ではどうしようもありません! もしよろしければ、相手をしてもらえないでしょうか。あの男です」


 泣きそうな顔をして役人が指さす。


 「そんなヒマはない」と見習い女神は返事をしたものの、指さした相手が目に入ったのだ。


 「はあ」と見習い女神はため息をはいて、「応接室へ通せ」と力なく命令したのである。

 



 「何の用ですか、ヒースガルトンさん」



 「兵士に通報しないでもらいたいのだが、これだけは言いたい。ほんと、見た目だけでなく性格も態度もしゃべり方も、全く違うんだな。これではわからん」


 応接室のソファに座り、ヒースガルトンは「ほぉ~」と感心していた。



 見習い女神はスクッと立ち上がり、「用件は終りましたね。それでは帰ってください」と言い放つ。


 「いや違う! 今のは違うんだ。用件はこれだ」と言って、慌てて懐から小さな石のかけらを取り出してテーブルに置く。



 「これは何でしょうか」


 女神は石のかけらを手に持つと、興味がないが一応たずねる。


 「貴族屋敷の便所を詰まらせていたのは、この石だ」


 見習い女神は眉をひそめ、それをすぐテーブルに戻すと、ハンカチで手をぬぐった。


 「それが用件で? 自由戦士組合の事務長をしているときには受け答えはしますが、ここでは」


 「いや違うんだ」とヒースガルトンはさえぎる。


 「便所詰まりの報告をしに来たわけじゃない。この街にかかわることだ。この石のかけらが集まって」と言い、ヒースガルトンは石を手に取る。


 「次々と、便所は詰まったわけだ。おかしいと思わないか。いつも水が流れている便所に、こんなものが詰まるって」


 ヒースガルトンはソファから立ち上がり、なおも続ける。


 「昨晩のビラ。この街にいる誰かがばらまいていると、酒場の連中が話してたよな。そこで俺は考えたんだ。城門の外にいる悪魔と連絡できる奴で、しかもそいつには金がある。それだけじゃない。悪魔とゴブリンはこの街を攻めたがっている。攻めてくる場所は城門からとは限らん。内から攻めることも可能だ」


 「内側から? どうやってですか?」

 女神がたずねる。


 「下水道施設だ! つまり、ゴブリンのやつらは森の水路から下水道を通って攻めようとしているのだ。大群で押し寄せようとし、下水道をもっと拡大して掘っているのさ。便所詰まりの原因が、それだ。穴掘りのかけらが、便所を詰まらせているのだ」


 ヒースガルトンは、石のかけらを目の前に上げた。


 見習い女神は何も言わず、彼を見つめていた。


 「この街に協力者がいる。そいつは街の下水道施設にいるんだ。実際、あいつは金を持っていたよ。指輪といい、部屋の豪華さといい、どう見てもおかしいと思ったんだ」


 そしてヒースガルトンは、声を少し上げていった。


 「ネンネコ副指揮官! 急いで下水道施設に兵士を送り出し、中にいる太った男を逮捕するんだ。そして下水道を調べ、ゴブリンの侵入を防ぐのだ。もちろん俺も協力する!」



 見習い女神は悲し気な表情をして、しばらく無言でいた。


 ヒースガルトンは、なぜ彼女がそんな表情をするのかわからなかった。



 「ヒースガルトンさん」


 ようやく見習い女神は口を開き話し始めた。


 「世の中にはさまざまなタイプの人がいます。ヒースガルトンさんは、一人でいることを好みますね。それは当然、悪いことではありません。しかし、そのことで不利な面もあると思います。例えば、他の人が知っている情報を知らなかったり」


 ヒースガルトンは、不満だった。急がねばならない状況なのに、どうしてネンネコ副指揮官はゆうちょうに話しているのだ。


 「この街が三方向に大きな崖に囲まれていることを、ご存知ですよね」


 「ああ」 それがどうしたとばかり、ヒースガルトンは答える。


 「街を囲む山からの水が街の上水を通り、飲み水はもちろん、貴族の住む屋敷の便所にも使われて、いずれ街の地下にある下水道に流れ落ちます。山からの水で小さな石が運ばれ、それは定期的に上水や下水を詰まらせるのです」


 「・・・・・・」

 ヒースガルトンは黙って聞いていた。



 「山からの水は街で使われ、地下にある大きな下水道を通って森の方へ流れ出ます。ヒースガルトンさん、自由戦士組合でわたしが最初に紹介した仕事を覚えていますか?」


 ヒースガルトンは黙ったまま、首を横に振る。


 「水路の警備の仕事です。城門を出たすぐのところに神樹がありますね。その下を水路が流れています。いわば、街で使われた下水ですね。ヒースガルトンさんの推測の通り、そこからはゴブリンが侵入してくる可能性があります。ですから、そこの水路は最重要警備ポイントとして、国軍兵士管理のもと、自由戦士も配置され夜間も複数で警備されています」


 ヒースガルトンは固まったように、ネンネコを見つめていた。


 「自由戦士組合長としても、国軍副指揮官としても、その警備の状態はいつもわたしに報告されます。そして今まで、ひとつも異常は報告されていません」



 「し、しかし」

 ヒースガルトンは続ける。

 「下水道施設の男は、どう説明するのだ。あんなに金持ちなんだぞ」



 見習い女神はヒースガルトンを傷つけないような、柔らかな笑顔を見せる。


 「彼は質屋ですよ。ヒースガルトンさんが初めて自由戦士組合に来たとき、事務員から、質屋の建物を補強する依頼を受けたでしょう。報告書を読みました。しかし、補強工事もむなしく建物は壊れたそうですね。質屋の主人が建物が壊れたと自由戦士組合に報告に来たとき、わたしが代わりの店舗として、下水道施設を紹介したのです。ちょうど下水道施設の役人が国軍へと入隊することになったので、質屋の主人が下水道施設の仕事を兼任する形で、建物を一時的に質屋として利用してはどうかと」



 ヒースガルトンは、ヘナヘナとひざをついた。


 「質屋だと・・・・・・。だからあいつは俺が名前を出したときに、あんな顔をしたのか」




 「ヒースガルトンさん」


 見習い女神が声をかける。


 「あなたはターバット隊長がつかみかかろうとするのを、二度も避けましたね。わたしが見たところ、剣術は本物かと思います。前にも言いましたけど、その特技を活かすことがあなたの生きる道ではないでしょうか」



 ヒースガルトンは頭をもたげたまま、力なくこたえる。


 「ゴブリンと戦って金をもらったところで、死んだらおしまいだ」


 「その腰の剣を抜いて戦いに行っても、このまま街にいて戦わなくても、いずれ死にます。あなたが思っているほど、この街は安全ではありませんよ」


 ヒースガルトンはしばらく黙って、うつむいていた。


 見習い女神もそんな彼を無言で見つめた。



 「俺は」

 やっとヒースガルトンが口を開いた。


 「他人とやっていくのが嫌いなんだ」



 それだけを言うと、再び黙った。




 「別にいいじゃないですか。ひとりでも」


 見習い女神は彼に合わせるように、やっと言葉を発した。


 「ほら、ひとりでできることをやればいいのですよ。たしかに軍隊は規律が大切です。しかし、ひとり自由に動き回って軍隊に助力する方法だってあります」



 「俺が自由に動けば、やつらの迷惑にならないか」


  ぼそりと、ヒースガルトンが言う。



 「味方の足手まといになるか、それとも力添えになるかは、その場その場でヒースガルトンさん自身が判断するのです。人間、完璧な判断なんてできません。わたしだって・・・・・・取り返しのつかない大きな間違いをしています。ヒースガルトンさん。間違ってもいいのです。間違いながら、少しずつ進んで行きましょう」

 


 沈黙が続いた。


 頭を垂らし、床にひざをつけていたヒースガルトンがやっと立ち上がる。しかし頭を下げたままだ。

 そして力なく足を運び、部屋を出て行ったのだ。



 ひとりになると見習い女神は、ひざまずいて神に祈った。


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