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見習い女神とヒースガルトン  作者: 吉福丸シンジ
4/9

酒場で騒動

 ヒースガルトンはその夜、便所詰まりの仕事で受け取った金があったので、自由戦士だけが安く飲み食いできる自由戦士組合直轄の酒場にきた。


 金を貯めるということを知らないこの男は、金があればほとんど酒と食べ物に使い、なければゴミをあさるという生活を街に来たときからしていたのだ。


 酒場に入る前、ヒースガルトンは遠くからナータンを観察していた。そして酒場へ入ると、ナータンの背中にぶつかったのだ。



 ターバットは勢いよく席を立った。

 つかつかとナータンにぶつかった男の方へ歩き、「女性にぶつかっておいて失礼だぞ!」と男の背中に向けて、地に響くような低い声を出した。その声にまわりの客も何事かと驚く。


 しかしその男は振り向きもせず、「うるせえ」と、これもまた静かだが低く重い声で答えた。その声に少々たじろいだものの、ターバットは男の肩をグイっとつかんだ。


 「お前は・・・・・・」ターバットは男の顔を見た。


 「確か一週間ほど前にここに来て、自由戦士になったばかりの奴ですぜ」


 ターバットの後ろを付けてきた仲間の戦士が言う。


 「ほら、通りを歩く女をさわりまくって、警備兵に捕まったって騒ぎになってたでしょ。あの野郎ですよ」


 「なんだと」ターバットが男の肩越しに言う。


 「お前はそんな犯罪行為をやっていたのか」


 男はターバットの方を見もせず、「お前はよく怒るな」とだけ答えた。


 「隊長、知っているのですか?」戦士がたずねる。「名前はなんていったかな? たしか・・・・・・」


 「言うな、こいつの名前など知りたくない」

 と言い残し、くるりと向きを変えてテーブルに戻っていった。


 そして彼らが席につくと、男の方を見ながら声をひそめて語り合いだしたのだ。

 



 「はい、お待ちどうさま」


 ナータンが、ヒースガルトンのテーブルにビールを運んできた。


 「さっきはぶつかってすまなかった」


 「全然平気ですよ。たしか、この酒場には二回目ですよね。人が多くてゆっくり飲めないでしょ。ごめんなさいね」

 とナータンはニコリと笑顔を残して、他のテーブルに呼ばれて行った。



 にぎやかな酒場のなか、ヒースガルトンのテーブルだけはひとりで、無表情のままナータンの胸や尻や太ももをじっと見つめては黙々とビールを飲んでいる。



 「わざとぶつかって確かめたが間違いない。この酒場に初めてきたとき、あのナータンという女の足さばきを見たのだ。キャット自由戦士組合事務長、ネンネコ国軍副指揮官、そしてナータン、この三人はすべて同一人物のはずだ」



 ヒースガルトンは、客で埋まったフロアを素早く動くナータンの立ち回りを見て感心し、彼女のプルプル揺れる胸を凝視する。 


 「しかしなぜ仕事に合わせて髪型やしゃべり方や性格まで変えているのだ。胸までが大きくなっている。しかし女の胸は柔らかかったので、これはやりようによっては、どうにかなるかもしれんな」


 客と客の狭い間をくぐり抜ける様は、まさに城で見たネンネコ副指揮官と何ら変わらない。

 酔った客が大きな身振りをするのを予測して、ナータンはそれをよけている。他のウェイトレスと動き方が全く違い、流れるようである。


 ヒースガルトンは、なぜこの女が三役をしているのか不思議でならなかった。


 「とにかく今までそんな人間は見たことない。女だからなのか? 女とはいったい、どういう生き物なんだろうか。ふーむ。これは女という生き物の核心部分にふれそうな感じがするぞ。おそらく、ふれてはいけない部分なのだ。その疑問を本人にたずねると、俺はまた警備兵に捕まり、今度こそ許してはもらえないだろう」


 ビールをゴクゴクっと飲み、「もう女のことは忘れよう!」とヒースガルトンは心に誓った。



 「はい、お待たせです!」


 ナータンは『芋とソーセージの塩ゆで』を、丁寧にテーブルに置いた。

 この酒場で一番安い料理であるが、ヒースガルトンにとってはごちそうだ。彼はアツアツの芋を口に運んだ。


 「他の戦士さん、ビラのことで盛り上がってますよ。見ました?」


 女には話しかけたらダメだと言われていたので、ナータンと話をする気はなかった。しかし、女の方から話しかけた場合はいいのだろうと、ヒースガルトンは考えた。


 「見てはないが、みなが話しているのは聞こえてくる。誰かを殺せば1万ゴールドもらえるそうだな」


 「首謀者ですよ。国軍率いるファアル指揮官や、向こうのテーブルにいるターバット自由戦士隊長の命を、誰かが狙っているんじゃないかっていう噂ですよ」


 「そのターバットのいるテーブルから、ビラをまいたのは俺だって声も聞こえてくるぞ。それに金がないから、その首謀者を殺そうとしてもおかしくないそうだ」


 「えっ、本当ですか! もうあの人たち、何て話を。どうか、気になさらないでくださいね」


 「気にはしてないさ。金がないのは確かなんでね。ただここの勘定は払えるぞ、安心しろ」と言って、ヒースガルトンは懐から金を取り出した。


 「大丈夫です。あなたを疑ってませんよ。それに、このお金だって立派にゴブリン軍との戦いに参加してかせいだお金なんでしょ。これからも、がんばって戦ってくださいね」


 「いや違う、知ってるだろ。今朝あんたから受けた便所詰まりの報酬だ」



 立ち去ろうとしていたナータンが固まった。



 ヒースガルトンはそのことに気づいて、ビールを飲む手を止め、慌てて言う。


 「いや、すまない。今のは忘れてくれ」


 ヒースガルトンはナータンの顔を見た。

 陽気な笑顔を見せようとしているが、それは明らかに無理があり、ひきつっているように見えるのだ。


 「えっと・・・・・・何のことでしょうか、わたしを誰かと勘違いしてるようですが・・・・・・」


 「そうだ勘違いした、許してくれ」


 ヒースガルトンは、また警備兵に捕まってはいかんと思い、急いでアツアツの芋とソーセージを何とか口の中に放り込んでは、ビールで流し込み、早く店を出ようとした。

 しかしナータンは、力のない笑顔を浮かべたまま、席を立とうとするヒースガルトンの服をつまみながらたずねるのだ。


 「ほ、他に誰かと勘違いしてませんか・・・・・・?」


 「他にとは?」


 ヒースガルトンは席を立とうとするも、意外にナータンの力が強い。


 「ほら、今日の、お、お昼に・・・・・・」


 「あ、城で目が合ったことか」

 ヒースガルトンは思わず言った。


 しまったと思ったが、言った手前続ける。


 「確かにあれも俺の勘違いだ。どう見ても別人だ。すまなかった。では」


 立ち上ろうとするヒースガルトンの服を、ナータンは一層力を込めてぎゅっとつかんでいた。

 そしてナータンの顔にはもう笑顔はなく、涙が流れていたのだ。



 「今、わかりました」


 ナータンはヒースガルトンの服をつかんだまま、涙をボトボトとテーブルにこぼしながら言った。


 ナータンが涙を流している姿を見て、少しずつまわりがざわつく。

 ナータンを目で追っていたターバットも舌打ちをし、「あいつめ、やはりやらかしたか」と席を立った。



 「あなたが悪魔の使いだったのですね。1万ゴールド欲しさに、わたしを殺しに来たのですね」

 ナータンは、か細い声で言うのだ。



 「いや、違うぞ・・・・・・」 


 ヒースガルトンは、ナータンが何を言っているのか理解できなかった。

 警備兵が来る前に、早くこの酒場を出たかった。まわりの自由戦士たちの視線にも気づいた。


 しかしここで逃げると逆に騒ぎが大きくなる。そう思い、ナータンに服をつかまれたまま大人しく席に座っているしかなかったのである。



 「わたしは自分の命が惜しくて言っているのではありません」


 ナータンはこぼれ落ちる涙をそのままに、ヒースガルトンの目を見つめる。


 「この街の人々の命を助けるために、この半年間、自分にできることを自分なりにやってきました。わたしの命なんかどうでもいいのです。しかし、今わたしが死ぬと間違いなくこの街はゴブリンにほろぼされて、愛するこの街のみんなが苦しみながら死んでしまいます。だから・・・・・・お願いです、わたしを殺すのをもう少し先に延ばしてください」


 ナータンは泣き崩れ、すがるようにヒースガルトンの服をつかみ、両ひざを床につけるのであった。


 まわりにいる自由戦士たちは、ナータンを心配して近寄ってくる。

 しかし、男が悪態をついている風でも暴力を振るっているわけでもないので、どうすればいいかとまわりを囲んでいるだけにとどまった。



 「おい、こら、頼むから手をはなしてくれ」


 ヒースガルトンはまわりを囲まれ、いよいよ危険を感じた。

 ナータンの手を服からはなそうとするのだが、ナータンはつかんだ手を緩めようとはしない。



 「わたしには1万ゴールドなんて大金はありません。お金はすべてこの街が生き残るために使いましたから。その代わり、わたしがこの街を守れるまで生きさせてもらえるなら、どうぞわたしを好きにしてください。結婚でも何でもしますから」

 ナータンは懇願するように言ったのである。



 「・・・・・・今、結婚と言ったな」



 悪魔やら首謀者やらと、ヒースガルトンにはよくわからなかった会話も、『結婚』の一言で興味深いものに変わった。



 「はい、できることなら悪魔の誘惑に乗らず、打ち勝ってください」


 「その、悪魔を倒したら、俺と結婚してくれるのか?」


 泣いていたナータンは、少しきょとんとした。


 「悪魔を倒したなら・・・・・・それは無理でしょうけど。しかし、万が一にでも悪魔を倒したら、はい。喜んで結婚します!」



 まわりを囲んでいた自由戦士たちはみな、この最後の言葉だけは聞こえた。その中にはターバットもいた。


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