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見習い女神とヒースガルトン  作者: 吉福丸シンジ
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ヒースガルトンは、便所詰まりの依頼を受ける

 「えーと、ヒースガルトン様は、特技に剣術とありますね」


 ヒースガルトンと呼ばれた男は、その若い女の胸をまざまざと見つめていた。

 薄い布地の内側にある柔らかなふくらみを思うと、ヒースガルトンはたまらず胸にさわりたくなるのだが、コブシを握ってじっと我慢していた。


 「あわわ、そ、そんなにジロジロ見られると困ります」


 視線に気づき、女はあわてて腕で胸を守った。


 「見てるだけだ。さわってないぞ?」


 「と、当然です、さわるのはダメです」

 女が言うと、


 「わかってる」

 と、ヒースガルトンはうなずいた。


 「え、えーと。それでは、続けますね」

 女は警戒の視線を送りながら話し始めた。



 「ヒースガルトン様は貴族屋敷の便所詰まりなどではなく、森のそばにある水路の警備をなさってはいかがでしょうか?」


 説明を聞いているのかどうなのか、ヒースガルトンはひたすら女の体を見つめている。

 それでも女は説明を続けた。


「神樹のすぐ下に水路があります。神樹はご存知ですよね。城門を出たところにある大きな樹です。森の仕事にしては比較的安全ですし、お金もいいですよ」




 ヒースガルトンがこの街へ来たのは、ほんの一週間ほど前のことだ。

 外国から来たというだけで勝手に自由戦士というものに登録され、ゴブリンと戦うように言われた。

 剣の腕には自信があるが、多少の金のために命を危険にさらすことは彼の考えにそぐわない。

 だから街の簡単な仕事をして、その日の酒代を稼いでいるのであった。



 「いや、俺はゴブリンがうろついている森の仕事よりも、街の安全な仕事がいいんだ」


 ヒースガルトンはそう答えながら、今度は女の尻や足をなめまわすように観察する。

 女の健康そうな尻の線が浮き上がっている。

 柔らかな肉をつけた足が、ふくらはぎから足首にかけて引き締まり、その白さにヒースガルトンは頭がくらみそうだった。


 その視線に当惑しつつ、女は依頼書をヒースガルトンに差し出して言う。


 「し、仕方ありませんね。それではこの書類を持って行ってください。地図は裏に書いてあります。報酬金は先方からいただいてくださいね」


 と、女は逃げるようにヒースガルトンから離れた。




 どうやったら女にさわれるのだろうか。


 ヒールガルトンは考えた。

 しかし、無理矢理さわる以外の答えが出てこない。

 女にはさわれそうにないにしても、今晩こそビールと肉にありつけそうだとヒースガルトンは腹をなでる。


 昨日は質屋の建物を補強工事する依頼を受けたが、逆に建物を壊してしまい、依頼主にも会わず逃げだしたのだ。

 金もなく、結局昨晩はゴミをあさったのだった。



 ヒースガルトンはまだその場を離れず、女というものにはどうしてこんなにも見とれてしまうものなのかと、少し離れた場所からさきほどの若い女を食い入るように見つめていた。


 そんな彼を見て、二人の自由戦士がニヤニヤと笑っている。


 「あの男が一週間前にこの街へ来たとき、通りを歩く若い女を見つけては、胸や尻をさわりまくったというからな。そりゃ警備兵に捕まるさ」


 もうひとりの自由戦士も、声を抑えて言う。


 「本人が言うには、女を見ずに今まで生きてきたらしいな。誰もそれを信じてなかったけど、あの様子だと本当のことかもな。今なら俺は信じるよ。とにかく頭の具合は悪そうだ」


 自由戦士たちがそうやってクスクス笑っていたところ、それまでヒースガルトンの言動を見ていた一人の背の高い男が声を発した。


 「おいお前!」


 地の底から響くような声で、背の高い男がヒースガルトンに近づいて肩をつかんだ。


 「女性をジロジロと見ることは失礼だぞ」


 ヒースガルトンは、理由もなく大きい声を出すような人間は大嫌いなので、肩をつかんだ相手をにらみ返す。


 「女をさわると捕まるから、見るだけで我慢しているのだ。しかし、見ることもいかんと言うのか。ではいったい、どうすればいいのだ」


 背の高い男はヒースガルトンを見下ろして、相手の目をじっと見つめる。

 その目の中に、威圧に動じない反抗的な光を見つけた。


 背の高い男には、反抗的な人間を何人も自分に従わせてきたという自信があった。

 彼はこの下品な男に教育する姿を、みんなの前で披露するのも悪くないと考える。そして相手の目線まで腰を下げ、子供に接するように話した。


 「本当に何も知らないのかお前は。女性をジロジロと見ていいのも、さわっていいのも、その女性と結婚している男だけだ。それ以外の男は、あれやこれやと話しかけることも失礼に当たるんだ」


 すると、ヒースガルトンの目に反抗的な色が消えた。


 ほら見ろ、と背の高い男は思う。


 「結婚? それはどうやってやるんだ? 結婚すれば女にさわれるのか?」


 ヒースガルトンは腹立ちも忘れて、男に問う。


 「お前、結婚も知らないのか?」


 背の高い男はあきれ、ひざを再び伸ばして相手を見下ろす姿勢に戻った。


 「いくら何でも、世間を知らなすぎるだろう。それとも、この俺をからかっているのか?」


 「いや。実は、結婚というものは聞いたことがあるにはあるんだ。子供の頃にな。神聖なものだったのは覚えている・・・・・・が、女にさわれるというのは、嘘ではないだろうな」



 「えーと、少し待ってください、今そんなことを話している場合ではありませんよ、ターバット隊長」


 若い女が近づき、二人の会話の間に入って言った。


 「失礼した。このような世間知らずな人間と会話していれば、こっちまでおかしい人間だと思われてしまう。お前はもういい」


 ターバット隊長と呼ばれた背の高い男は、右手でヒースガルトンの肩をポンと押し、女性の方に向き直った。


 「えーとですね、ターバット隊長。ゴブリンが『森の道』を占拠し始めたと、見張りの戦士から知らせがありました」


 背の高いターバットを見上げて女が言った。


 「そういえば以前キャット事務長は、やつらが森の道を狙っていると言っていましたね。本当にそうなったとは・・・・・・これでは、外国から食糧が入ってこない」


 キャットと呼ばれた自由戦士組合の事務長をしている若い女は、うんうんと何度もうなずく。


 「食料の貿易だけでなく、外国から募集している自由戦士も入国してこれません。つまり、えーと、今ある戦力で戦うしかないのです」


 「ゴブリンにそのような知恵があったとは」


 ターバットは首をかしげた。


 「いいえ、ゴブリンを指揮している者がいるのです。悪魔が森に降りたのは間違いありません」


 悪魔という言葉に、ターバットは頭をかいた。


 「悪魔ですか。その悪魔がゴブリンを指揮していると?」


 「悪魔が指揮しているのは確実です。悪魔はこの街を壊滅しようと考えています」



 「結婚したら、女にさわってもいいのか?」


 突然、二人の会話にヒースガルトンが割り込んできた。

 会話から取り残されたヒースガルトンは、ゴブリンや悪魔のことなど頭になかった。

 じっとキャット事務長の顔と胸と尻と脚を見つめながら、結婚というものについて思いを巡らせていたのだった。


 「お前・・・・・・今そういう時ではないだろう!」


 ターバット隊長が、重い声でヒースガルトンに怒鳴った。

 しかしその声を無視し、ヒースガルトンはキャット事務長の目を真剣に見つめ、こう発言したのだ。



 「俺と結婚してくれ」



 離れて聞いていた自由戦士の二人が、もうこらえきれなくなり大声で笑い出す。 


 ターバットもこれには驚きと怒りの感情が混ざり、その感情をどう処理していいのか、そして自分は自由戦士の隊長として目の前の男にどう言えばいいのかがわからず、ヒースガルトンをにらみながら固まっていた。


 「えーと・・・・・・」


 キャットも困った表情をしながら、

 「ご、ごめんなさい、わたしは結婚には興味がありません」

 と、頭をさげた。


 キャットの言葉でヒースガルトンは気落ちして、しょんぼりとなる。


 そして、やっとターバットが口を開いた。


 「おいお前、さわるのを目的に結婚してくれとは、女性に対して失礼だぞ!」


 ターバットは怒りのあまり手を伸ばして胸倉をつかもうとしたが、ヒースガルトンは上体をそらして軽くよけた。

 それでターバットはバランスを崩し、背中がキャット事務長の肩に当たってしまったのだ。

 しかしキャットは素早く足を出しバランスを整え、何事もなさそうにひらりと体を立て直した。


 「すまない」

 と、ターバットがキャットにあやまるものの、すぐにヒースガルトンをにらんだ。


 何か衝突が起こりそうな雰囲気になり、キャットは慌てた様子で、ターバットに声をかける。


 「タ、ターバット隊長、えーと、わたしのことは一切お気になされずに、お願いします」


 「しかし、こいつ・・・・・・」


 ターバットは胸倉をつかみ損ねたことを、まるで大失態をさらしたかのように感じ、怒りが増していた。

 そして今度こそつかむぞと、かかげた右手をヒースガルトンに見せつけている。


 しかしヒースガルトンはそのときターバットの右手ではなく、キャットの足を見つめていたのだ。


 自分の威嚇を軽く無視されたことで、ターバットの怒りは煮えくり返った。

 しかし、キャット事務長が自分に向けて懇願するような視線を送っているのを知っていたので、その怒りを抑えるしかなかったのだ。



 実のところヒースガルトンは、性の対象としてキャット事務長の足を見つめていたのではない。

 つい最近、キャットと同じような足さばきをどこかで見た記憶があることに気づいたのだ。


 ヒースガルトンが初めてその足さばきを見たとき、戦士とはちがって優雅で美しいと感動したものだった。

 これが女とやらの特有の足さばきなのかと思ったものである。

 音楽のように流れるステップだった。

 しかし、他の女を見てもそのような足さばきは誰もしていなかった。

 ただ、それをどこで見たのか忘れてしまったのだ。


 今目の前で見て、過去の記憶が急によみがえったのである。

 ヒースガルトンは、必死でそれをどこで見たのかを思い出そうとしていた。

 しかし低く震える声が、ヒースガルトンの思考をさえぎった。


 「この自由戦士組合にいるということは、お前も一応自由戦士で間違いないな。自由戦士の隊長として、お前のような男に対しても責任があるのかもしれん。名を名乗れ」とターバットは言った。


 「は?」


 ヒースガルトンは、ターバットの怒りも知らずに邪魔くさそうに見返す。


 「・・・・・・やはり名乗るな! 俺の頭に、お前の名前を覚えておくすき間はない。キャット事務長、申し訳ない。こんな奴といたら調子がくるってしまう。悪魔の話は向こうで伺いましょう」


 「は、はい、そうですね」

 とキャットは申し訳なさそうに、ヒースガルトンにペコリと頭をさげた。


 ターバット隊長はキャット事務長の背中に手をやり、奥の事務室へと入って行ったのだ。


 ヒースガルトンはそれを眺めていた。


 「なぜあいつはさわることを許されて、俺には許されないのだ・・・・・・」


 ヒースガルトンは、腹を抱えて笑っている自由戦士たちをにらみつけ、自由戦士組合を出ていった。


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