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街の女探偵シリーズ

孤独

作者: 春嵐

 人に会う。それ自体は苦痛ではなかった。

 個人。自分となんの関わりもないそれを特定し、それに向かって何かを行うことが、嫌いで仕方なかった。自分の大切な個人なら、そのためになら、なんだってできる。

「れっか、また塞ぎの虫か」

 いざよいが、電話のダイヤルを押す手を止めたれっかに声を掛ける。

「こういうのは苦手なんだ。ぐれんはどこに行った」

「外。あいつは煮詰まると外に出るタイプの虫だな」

「人を虫呼ばわりしやがって」

 いざよいが新聞を投げてくる。サミットと万博が近づいているのに、諸外国のごたごたでどの国も開催地を出そうとしてないのが一面。よぼよぼの爺大臣が写っている。社会面には、街の知事の汚職疑惑。知事が「妻が病気で寝込んでいるときに不正など働くものか」と息巻いているインタビュー記事。地域面には、でかでかと「クマ出没注意」の文字。

「お前は熊だな」

「どこが?」

「大きな身体と普通の胸、茶色いファーコート、寒いのが苦手なところ」

 いざよいの笑い声。大きな身体に似合わず、声は柔らかく女性的だった。声に合わせて上下する胸がうっとおしい。

胸を見ていたことに気付いたのか、窓の方をいざよいが見る。綺麗な黒のロングヘア。自分も、少し伸ばそうか。

「降ってきたな」

 さっきから暗くなっていた窓の外。雨音。この街は、雨が多い。

 もともと、大きな街ではない。駅前に多少の歓楽街、郊外に住宅街。通りだけが多いのは、知事による公共事業の乱発が原因だった。それが功を奏し、街は若者が多く活気もある。住民も、仕事が欲しい者、恋人が欲しい者、退屈を紛らわせてほしい者。そんなのが多かった。見た目には若者が多く成長しそうな街。裏側は、数百年前から続く金持ちによる暗闘の舞台。(まつりごと)絡みの大きな闘争は、なぜかここで行われる。

 実態とはかけ離れているが、街での通り名は女探偵だった。もともと個人で動いていたのが、段々と三人で組むようになった。三人とも、女探偵で通っている。大きさで区別されるらしい。いちばん大きいのがぐれん、中くらいなのがいざよい、いちばん小さいのがれっか。胸の大きさだった。身長はぐれんとれっかが平均値で、いざよいが最も大きい。

 街に潜り、暗闘を見つめる。そして、金が欲しい者、憎しみを持つ者、義務感で犯罪を行う者を、ぶっつけて共倒れにする。仕事というより、三人の趣味に近かった。頼まれれば仕事もするが、あまり完遂することはない。仕事の依頼元だろうと、虫だったら潰す。

 電話が鳴り、いざよいが出る。

 受話器を伏せて、いざよいがペンを走らせる。

 網に掛かった。

 そう書いてある。

 駅前の歓楽街の土地抗争に首を突っ込んでいた。国の偉い連中が、歓楽街を潰してビルを建てようとしている。それに歓楽街の住人が反発し、土地権利書を一匹の鼠に預けて逃げさせた。今は、鼠の居場所を特定することと偉い連中が何を目的にしているか探る事だった。両方とも行き詰りはじめていて、方々に網を掛けている。それのひとつに、どちらかが掛かったらしい。

 ペンが続く。

 お偉方。現場参集。駅前二番街のレストラン。十五時。

 いざよいが、電話を切った

「よし、こっちの目処は立ったな。ぐれんの方には鼠の捕獲をお願いしよう」

「もう、その内容でSMS送ってある」

「こういうのは?」

「苦手だよ。電話しながらお前がやれ」

「無理いうな」

 雨の街に、歩き出す。

 長くなりそうだ。



 光った。

 ハイビーム。

「おいおいおい、対向車線だとは聞いてないですよ」

 急発進。

 ハンドルを切る。雨のスリップも利用して、一気に逆車線へ切り込む。

 煮詰まって外に出た。鼠のやりそうな行動を幾つか思い浮かべつつ車でぶらぶらしていたら、雨が降ってきた辺りで、気付いた。

 鼠なら、まず第一に、猫から逃げる。

 そう思って、街から出るための唯一の手段である幹線道路を張った。しかし、雨の中すごい勢いで走ってきた鼠の車は、街の外から街に向かって入ってきた。

 少し遅れたか。車の姿はほとんど見えない。幹線道路を一気に飛ばす。

 さっき届いたSMSが気になるけど、内容はまだ見れない。実際の追跡、特に突発的な遭遇後の追跡は、ドラマほど簡単ではない。一度見失えば、追跡はほぼ困難だ。相手に集中しなければ、簡単に撒かれてしまう。網掛けの方に進展があったんだろうか。

 車のテールランプが、だんだんと近付いてくる。

「よしよしよし、いい子だ」

 片手でSMSを開く。れっかからだ。

 お偉方は、駅前二番街のレストランに十五時集合。そっちは鼠を頼む。そう、書いてある。

 電話する。片手だから、操作しにくい。それに、やはり目はテールランプを追わないといけない。



「ぐれんからだ」

 電話を後部座席のれっかに投げる。

「もしもし。れっかだ」

『こちらぐれん。鼠の尻尾つかんだ。街の外に出ると思って幹線張ってたら、逆車線突っ走ってきた』

 オンフック。いざよいにも、会話の内容が分かる。れっかは、苦手というくせに、自分より機器の使い方が上手い。

「なるほど。鼠はお偉方に懐柔済みって感じだな」

『良い具合に追いつけそうだけど、捕まえて少し締め上げる?』

「やってみてくれ。場合によっては駒にしないといけない」

『了解。そっちは駅前二番街?』

「そのつもりだが」

 ミラー。さっきから、一台に絡み付かれてる。

「こっちも少し荒っぽくなりそうだ。何か情報得たらお互い掛け直そう。アウト」

 なぜか、れっかは電話の最後にアウトと言う。野球が好きなんだろうか。いざよいは、サッカーも好きだった。身体が動かせるもの全般は好きだ。

「というわけだ。後ろのを捕まえる」

「はいよ」

 急ブレーキ。後ろの一台が通り過ぎる。暫くして、対向車線から戻ってくる。

 車が止まる。

 出てくる。

 男が二人。スーツにサングラス。

「絵に描いたようなボディガードだな」

「素人だ。私が取ってくる」

 後部座席のれっかが、車を出る。

 すぐに決まった。

 ひとりは顔に掌底を、もうひとりは股間に膝をもらった。

「十六夜」

「よし、喋りは任せろ」



『どうやら、選挙絡みの土地交渉らしい。アミューズメントパークやら博物館やら複合施設やら作るんだとか。まだ公になってないが近々選挙があって、票集めするんだってさ』

「ご苦労なことで。こっちは、どこ探しても権利書が見つからないんだけど。代わりに、火を付けちゃいけないお荷物が」

『爆弾?』

「威力は中規模。いちおう駅前二番街のレストランぐらいは吹っ飛ばせる」

しばらくの沈黙。

『どうやら、烈火が道筋を付けたみたいだ。代わる』

電話を交換するとき特有のガサガサ音。

『烈火だ。権利書は既に知事が持っている。もともと、この会合自体が知事から国側への権利書譲渡が目的のはず』

「じゃああれか、この鼠は知事と権利書を丸ごと吹っ飛ばそうってのか」

『当たらずとも遠からずってところだが、まだ確証がない。駅前二番街には病院もあるしな。その鼠は爆弾ごと放免しろ』

「跡は?」

『付けなくていい。私が捕まえる。代わりに権利書を持ってるふりして囮になってくれ』

「場所」

『幹線道路とその沿線。警察を味方にしたいから、法定速度遵守で頼む』

たしかに警察を味方にするなら、大きめの道路でゆっくり走った方がすぐには捕まりにくい。しかし、撒かなければいずれ捕まる。

「時間」

『鼠を逃がしたらすぐに始めてくれ。ラジオから駅前二番街爆発のニュースが流れるまでだ。おそらく、15時頃になると思う』

警察を敵に回さないのは、爆発現場にすぐ向かわせるためか。たしかに、この街の警察の量には限りがある。

「敵」

『まず、権利書を奪われたと誤解した知事小飼いの奴ら。こいつらはたいしたことないからどうでもいい。歓楽街の連中と警察だけが厄介だ』

歓楽街の猫が相手か。法定速度遵守でやりあうのは、やはり厳しい。

「しんどくなったら脇道に逸れるよ」

『構わない。こっちの動きは』

「いやいい、なんとなく分かった」

『久しぶりに、孤独を癒せそうだ』

 烈火の、孤独。

「十六夜に代わってくれ」

『はいはい』

「こっちから耳寄り情報。この鼠、知事の愛人だ。どうやらおなかに子供もいる」

『いいねぇ修羅場だねぇ』

「あと、烈火が孤独どうこうって言ってるのが気になる。注意して見てて」

『わかった』

 烈火だけ、この街の生まれではない。素性が分からないので、行動予測にも幅が出てしまう。

 電話を切った。

 時計を見る。

 十四時。

 さて、始めるか。

 雨が、少し強くなっている。



「さて、ドレスにでも着替えて知事殿をお迎えしましょうかね」

 この雨だ。ドレスではなく、黒のパンツスーツが関の山だろう。

「まだあと三十分ある。シャワーでも浴びてこい」

「お前、ぐれんに少し心配されてたぞ。孤独がどうこうって」

「いまにわかる」

「無理すんなよ。でも鼠一匹ぐらい救え」

「そんなもの」

 どうでもいい。

「あぁそうですか」

「ここで下ろしてくれ」

「はぃそうですか」

「なんだ」

「うるさい」

「こっちの台詞だ」

 十六夜は、会話中の声色や仕草、雰囲気で相手の状態や思考を把握することが出来る。私のことも、こうやって読んでいるのだろう。

 車を降りる。

 しばらく雨に当たって歩く。まだ、鼠が駅前二番街に突入するには早い。ゆっくりと、考えを整理していく。

 国が、選挙の票集めに歓楽街の土地を使う。おそらく、何も決まっていないサミットと万博の誘致に歓楽街一帯の土地を使うのが目的だろう。都心からは程よく離れているし、新しい施設なら警備も外に露見しにくい。最新鋭のセキュリティも敷ける。

 しかし、歓楽街側は反対した。土地権利書を鼠に持たせて逃がしている。しかし、その鼠は知事の愛人だった。知事のもとに権利書が渡り、当然のごとく愛人は捨てられた。そして、絶望した愛人は街の外で火遊びの道具を手に入れ、それを土産に知事、あるいは知事の妻と心中を図ろうとしている。結局のところ、誰も彼も寂しいだけだ。住み慣れた土地を失いたくない者、愛するものを助けたい者、愛されたい者。孤独とは、なんなのか。

 考えは、まとまらない。病院の前に着いた。知事ではなく、妻を狙う。

 すぐに、十五時頃になった。鼠の車が見えてくる。雨が、土砂降りに近くなってきた。だが、もうすぐ止むだろう。

 車の前に、身を投げ出す。急ブレーキ。

 馬鹿が。

 死ぬつもりなら、他の命に執着するなよ。

 運転席を開け、女を外に引き摺り出す。爆弾。既に後部座席で不気味な音を立てている。

 車から離れる。伏せる。

 大きな、光が。



 知事が来た。

 しばらく席を見まわし、こちらに来る。

「女探偵さん。どうしてここに」

「権利書は私が持ってます」

 嘲りの表情。やはり、土地権利書は知事が持っている。

「なんのことだね」

「既に汚職でたくさん稼いでおられる方が、なぜいま歓楽街まで手を出そうとしているのですか。やはり、金ですか」

「実際にそんなことは行っていない」

 直接手を下してはいないが、汚職には関与している。言葉の端に、それが滲んでいる。実際という言葉は便利だな。

「あなたの愛人さん、みごもってますよ」

 驚き。

「ちょうどいま、あなたへ復讐するために爆弾持って向かってると思います」

 まだ、驚き。

「そこまでして、どうしてお金が欲しいんですか?」

 追って、焦燥。

「残念ですが、あなたの権利書はここでいま私に出していただきます。愛人さんの命と引き換えですが」

 眉間のしわ。まだ引かないか。強情だな。

「愛人さん、爆弾持ってここに来ると思いました?」

 困惑。

「駅前二番街の病院です。ここから歩いてすぐですね。あなたの奥さんも一緒に仲良く天に召されます」

 衝撃と絶望。席を立とうとした知事の腕を掴み、座り直させる。

「やめてくれ。せっかく、せっかく金が集まって妻の手術が出来るところなんだ」

「涙ぐましい努力ですね」

 公私混同の政治家であることは間違いない。差し出された権利書を、受け取る。

「では、これからも知事としての職務を全うしてください」

 席を立つ。

「待ってくれ」

「続きは電話で良いでしょう。庁舎に戻ってください。国との話し合いは最初だけこちらで道筋を付けますが、あとの交渉はお任せします」

 爆発音。

「あら、もしかして間に合わなかったかな?」



 もう、間に合いそうにない。

歓楽街いちばんのスナックのママに、電話して権利書を手に入れたと伝えた。すぐに位置を特定される辺りに、歓楽街の執念を感じる。

 幹線道路レースは、三周目に入った。法定速度を遵守しながら信号と車線変更だけで何とか切り抜けてきたが、そろそろ先回りされる。幹線道路だろうと、車2台で渋滞は作り出せる。ちょうど、追ってきてるのは三台。

「さて、お山登りだ」

 右にハンドルを切る。

 幹線道路、上り坂に移動する。ここを上っていくと、放棄された山頂の集落に行きつく。

 さらに、右。

 だが、そこに辿り着いてしまえば逃げ場は無い。その前に、登板車線かチェーン脱着場で身を隠す。

 左に曲がる。

 ミラーに、はっきりと追ってくる車が見える。一台。他は、先回りして幹線道路を止めているのだろう。好都合だった。

 ただ、雨が小振りになっている。車体は草いきれで隠せても、エンジン音は消しきれない。

 アクセルを踏み込む。もう、警察はおろか、人ひとりいない山の中だ。エンジンが火を吹き、真っ赤な車体が急加速する。紅蓮の、車。

 一気に引き離す。

 登板車線。チェーン脱着場。草木に覆われた場所に、車を乗り入れる。エンジンも切る。勝負だ。

 追ってきた車。走り去っていく。

 よし。撒けた。一度見失えば、追跡はほぼ困難だ。

 車が戻ってくる。

 なぜ。

 エンジン。着けようとして、やめた。戻ってきた車のフロントがひしゃげている。それに、何か毛むくじゃらなものに追われている。

 熊だ。

「なんだあれ、六十キロぐらい出てねぇか」

 とりあえず、逃げきれたらしい。

 カーラジオのアナウンサーが、駅前二番街の病院で爆発が起こったことを告げている。



 電話を掛ける。久しぶりに、気分が乗ってきた。

「土地についての話があると言えば分かる。すぐ繋いでくれ」

『少々お待ちください』

 沈黙。

『袴田だ』

 嗄れた声。新聞で見た、よぼよぼの爺大臣だろう。

「烈火という。単刀直入に言うと、駅前の土地は売り渡せない。交渉に来た役人にも、そう伝えてある」

『それは困ったな。誘致できる土地がないのでは、我が国のメンツは丸つぶれだ』

「郊外に、放棄された集落がある。熊が出るような田舎だが、幸い誰も住んでいない。そこの土地を使ってくれ。役人と知事の方で合意は出来ている。あと、知事に金を払う必要はない。代わりに、伝手でいい病院を用意しろ。知事が欲しがっている」

『善処しよう』

「さて、ここからが本題だ」

『なんだ。既に話すべきことは話したはずだが』

「六年前、太平洋上。巡視船いざはやて号」

 回答はない。

「命令を出したのは誰だ」

 沈黙。

「答えろ。場合によっては、この土地交渉も水の泡だ」

『わからん』

「そうか。お前の政治生命は終わりだな」

『わからんと言ったのだ』

「知っていたら、教えてくれたのか」

『わしは元軍属だ。あんな卑劣な行為を、断じて許しはしない』

「あんたとは、気が合いそうだ」

 電話を切った。

 虚無感。

 また、なにも掴めなかった。現職の大臣でも知り得ない案件になってしまっているのか。

 雨。もう、止んでいる。

「終わったぞ」

 十六夜。

「こっちもなんとか」

 紅蓮。

「私もだ。歓楽街へ飲みに行くか」

「おっ、いいねぇ」

「さっきまでぼく血眼で追われてたんですけど」

「知事側から権利書を返されてるから、手放しで喜ばれるはずだ。予約は紅蓮に任せる」

 いきなり、両側からどつかれた。

「顔が暗いんだよ」

「予約はしてやるけど、金は烈火ぜんぶ払えよ。それより聞いてよ熊に会ったの。すごくない?」

「誰が熊だ」

「いや十六夜じゃねぇよ。でもその茶色いファーコート、たしかに熊っぽいね」

 ふたりとも、私を慰めようとしている。

 人と交わる。それ自体は、苦痛ではなかった。

一度書いたのが一気に消えてしまったので、後半はかなり駆け足になってしまいました。

感想で頂いたTPOだけをごりごりに書いたつもりですが、後半は勝手に登場人物が走りはじめてしまいました。もう少しゆっくり走ってくれ…タイピングが追いつかない…



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