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さながらにして現実主義

 突然だが、一つ訊きたい。皆はグリセリンと聞いて性的興奮を覚えるだろうか? 私は覚えない。出来れば大多数の方々に覚えないと言っていただきたい。しかしながら、私の隣の席に座る男は、グリセリンと聞くだけで私を人気の無い空き教室やら多目的トイレやらに連れ込もうとする。だから私は「馬鹿野郎、学校だ」と頭を小突き、股間を蹴飛ばす。すると男は、「だがそれがいい」と糠味噌をかき混ぜる婆のような顔をしながら股間を抑えて悶絶する。だから再び、私は無言でヤツのケツを蹴飛ばす。

 私が何故、こんな変態を一番最初の殿方に選んでしまったのか? 皆はそんな疑問を抱くだろう。いや、抱け。

 よしよし。疑問を抱いたか。ならば説明してやるとする。それは私が大学入学して直ぐの出来事だった。近頃の大学は何かとあれば直ぐにコミュニケーションを引っ張り出したがる。こと私が通う大学も、絶賛コミュニケーション祭にさらされ。アホとバカが躍り狂う中、ホームルームみたいな授業で自己紹介を強要された。

「はじめまして。万頼まらい しずく、スロプロしてます」

 私は死んだ錦鯉のような顔で元気悪くそう言った。私が何故こんな自己紹介をしたか。その理由は敬愛する兄が言っていた。「スロプロって言えば、きっと大学でモテモテだぞ」という言葉を鵜呑みにしたからだ。私は兄に絶大な信用と尊敬の念を抱いている。だから兄の言う通りそう言ってみた。さすれば案の定、ほら、私に話しかけてくる者は誰もいない。

 とここで、説明をしなければならないことが増えた。私には九歳離れた中卒の兄がいた。私が三歳のときに父と母は事故に遭い他界していたので、私の身内は兄だけだった。その兄は、飛び級しようと大学受験の勉強をしていたが、この国では飛び級制度がないことを中三の夏に知り、「絶望したから旅に出る」と言い残し家を出た。とどのつまり、六歳で一人暮らしを強いられた私は、毎日一度親戚の叔母さんが来てくれて母親代わりをしてくれていた。私が一人暮らしを選んだ理由は、父と母が築いたこの庭付き一戸建てを守らなければならないと思ったからだ。

 その後、兄からの連絡は一回だけで、その内容も、麻雀を覚えたから鷲ナントカさんと戦って来ると肉筆の便箋で報告があっただけだった。

 そして兄が帰って来たとき、私はセーラー服を着ていて、兄は私のランドセル姿を一度も見なかった。すると兄は、帰ってくるなり早々セーラー服姿の私に無理矢理ランドセルを背負わせようとしたので、殴り倒してやった。

 兄はその後、うわ言のように「中学まではまともだった」とリズミカルに唄っていた。私の記憶が正しければ、私は兄がまともだった姿を一度も見たことがない。

 すると兄は、ジム・モリソンに憧れ、鷲ナントカさんとバンドを組んだ。私も五回ほどライブに連れて行かれたが、同じライブハウスに行ったことはなかった。

「兄さん、それは逸話だよ」

 私は、五回目のステージが終わったあと、ステージ上でとった兄の行動の真実を伝えてあげた。流石に、ステージ上でワンマンショーを五回すれば、ブラックリストに載り、各地のライブハウスから出禁を言い渡される。私は兄の演奏を一度も聴くことなく、兄のバンドマンとしての人生は終わった。

 しかしながら、兄は一人でもライブがしたかったらしく、「箔を付ける為に、イギリスで盤を焼く」と息巻いていたが、空港でパスポートの有無を聞かれ、その存在すら知らなかった兄はその場でワンマンショーをして捕まった。勿論、身元引き受け人は私だった。後日、兄はウィキなんちゃらでの更新をこまめにチェックしていたが、兄の武勇伝はおろか、ページすら作られずにいた。兄さん、それは神様の手帳じゃないんだよ。

 そんな兄も、二十七歳でこの世を去った。兄は二十六歳になると、うわ言のように「ロックンローラーの寿命は二十七歳だから」と呟いていた。兄は二十七歳の誕生日になると、宮沢賢治の詩集をテーブルの上に残して消えた。親戚の方は警察に捜索願いを出したが、私は兄は既に死んでいると思っていた。だって、私ら二人だけの家族だから、兄のことは一番よくわかる。だけどせめて死体が出てくれないと、私がかけていた兄の死亡保険金が貰えない。早く死体が出ることを私は切に祈りながら、両親の遺産でなんとか食い摘まんでいた。

 兄の捜索願いを出したのは、兄が失踪してから半年後だった。兄がいないことが親戚の方にバレて、捜索願いを出したのだ。

「大丈夫、お兄ちゃんはきっと大丈夫だから」

 親戚の叔母さんは、まるで大量のゴキブリと出会したような、変なテンションで私にそう語りかけるが、兄はもう死んでいると思っていた私にはあまり意味がわからなかった。

 ただ、未だに週一回のペースで送られてくる、兄が女性に縛られている謎の写真は誰にも見せていない。どうやら、天国というところは縛られるところらしい。私はその写真を鍵の付いた引き出しに保管した。兄の遺影はこの中から選ぶことにするから。

 そんな私は、兄と違って確りしている。炊事洗濯、掃除に買い物などをこなし、親の遺産に頼ってはいられないと、空いた時間にパチスロを打って生計を立てながら大学生をしている。故に、私はあまり他人と関わらずに大学生をしたかった。持つべきものは兄である。兄は確りと私の願いを叶えてくれ、私とクラスの間には、遠の昔に消えたはずのベルリンの壁が出来た。

 しかしながら、私があまりにも美しいせいだろうか、それでも数人の男子から声をかけられた。父よ母よ、私を美しく生んだことがあなた方の最大の罪です。

 それでも、私のベルリンの壁は崩壊しなかった。最早ここは私の砦であった。織田だろうが武田だろうが、私の牙城は崩されない。だが、私は気になる男を発見した。姓は中多、名は彼方という男だ。因みに、これは芸名である。私がそのとき名付けたから、付き合っている今でも未だに本名を知らない。だから、この男のことは中多と呼んでいる。因みに、なんの芸をするかは知らない。だが、生きているだけで芸のようなやつだ。芸名は必要だろう。

 中多は今にも死にそうなくらいの美少年だった。ワンクールのアニメならば、確実に四話か八話で死ぬ為だけに存在しているような、そんなやつだ。私が中多に、他人に興味がわく理由、その基準は明白であった。

 その私が中多のことを気にしだしたのは言わずもがな、授業中に谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』でワンマンショーをしていたからである。そんな中多に私が惹かれるのは無理もない。私でさえ小学校三年生のとき、よくわからなかったが授業中暇になったときにやった一回きりである。まさか大学生で、授業中にワンマンショーを行うゴミクズがいるとは思わなかった。

 流石、大学。

 私はそれを、真夏の陽射しに照らされたソフトクリームを見るような目で見ていると、中多は見られていることに気付き、紅潮した。授業中の雑踏は、下手なアダルト作品よりも、よっぽどエロティックなバッググラウンドミュージックとなり、私の頬も紅潮させた。私と中多の席は決して近くはなかったが、お互いがとろけるように見つめ合い。私の浜辺に白鷺が泊り、潮風が吹いた。夕闇に隠れていた砂浜は、じとりと湿った貝を惑わす。

 吐息の限界に挑戦しているところで授業が終わった。ああ、白い。

 授業が終わると私は中多の腕を引き、いや、中多が私の腕を引いたのだっけ。まあいい、とにかく、私は痛い目にあいそうになった。ただ、私はそんなに安い女ではない。私を買い取る場合は、消費税以外でも色んな税金がかかる。消費税は勿論、所得税、法人税、源泉所得税、譲渡所得、印紙税、相続税、酒税、贈与税が付き。一番高いのは関税だ。他ではゴミ同然の処女も、私のところに来るとおぞましい額になる。要は高くつくし、火傷する。

「出直してきなさい」

 もし仮に、私から誘っていた最低であろう。だが、私はそういう女だ。私は校舎裏で下半身を丸出しにしながらのびているこの美少年の置き場所に困った。ナガレヒキガエルを草履で蹴飛ばしたような格好の美少年、とりあえず写真はとっておこうかと胸の谷間に隠しておいたインスタントカメラを取り出した。私のいやらしい体温のお陰で、このインスタントカメラほかほかだった。出すところに出せば、億の値が付くこと間違いない。

 私は何枚か写真を撮影したが、この美少年はまだのびていた。いい加減起きないと、私はこいつを何かしちゃいそうになるので、バケツに水を汲んで思いっきり頭にかけてやった。

「冷てー」

 美少年はキュウリでもお尻の穴に突っ込まれたかのような顔をして飛び起きた。この美少年は、どこか兄に似ていて私の色んなものの奥をじとりと湿らせた。ああ、いじめたい。

「そうだ、中多彼方にしよう」

 私は美少年の下半身を見てそう決めた。

「は? 俺の名はな……」

 美少年、もとい中多彼方氏は私が折角付けてやった芸名にケチをつけようとしたので蹴飛ばしてやった。すると再びこの中多は、ポン酢をかけられたアフリカツメガエルのような格好で私の足をしゃぶるように倒れた。ああどうしよう、ゾクゾクする。私は軽く性的興奮に身を委ねかけると。

「俺と付き合って下さい」

 と言われた瞬間、私の中のシクラメンが枯れ落ちた。ああ、つまらない。こんな簡単に愛の告白をする輩。下の下、ゴミクズの塊。私を性的な目でしか見ていない最低の男。そんなやつに返す言葉はこれしかない。

「いいよ」

 って、私は何を言っているのだろうか。大学生にもなって、授業中にワンマンショーを繰り出す変態の申し出を、何故受け入れなければならない。

「マジ? やった!」

 このド変態は、潰されたダイオウグソクムシみたいな顔で私の周りを跳び跳ねる。ああ、邪魔くさい!

「フギャッ!」

 まるでベンジョムシの断末魔のような雄叫びをあげて、中多は再び私に肛門を晒した。って、また蹴飛ばしてしまったのか……。とは言ったものの、コイツの頭の中は絶賛お花畑滞在中なのだろう。顔を見ればわかる。折角の美少年な作りがブルドッグと大差ない。だがまあ、私もブルドッグは嫌いではない。寧ろ好きな方である。私の純潔をコイツに渡す気は毛頭ないが、とりあえず私の声を聞くだけで絶頂するような素敵な男の子に育てあげることをここに決意した。


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