8 奴隷ちゃんと俺
ちょっと色々実験した。
そしてわかってきた。
俺は本を開いて、更に手に持っている状態の時だけ、その能力が行使できる。
ぽい。
本を開いて念じると、奴隷ちゃんが出てくる。
閉じれば、煙と消える。
出せるのは一体きり。
他のビジュアルの奴隷ちゃんは出せない。
この子だけだ。
オーケー。わかってきたぞ。
だが。
こんなことは神くんの解説にはなかった。
だからこれこそ『無』の効能なのだと信じたい。
詳しいメカニズムはわからんが、手持ちの能力が「無い」扱いにされているのかそれとも本の側の回数制限を「無くして」しまっているのか、とにかくそうなっているからにはラッキーだ。
活用させて貰う。
一時はけっこう絶望したが、また希望が見えてきたぜ。
ぐへへ。
――――
開く前はこう思っていた。
……どうせ死んだ人生じゃないか。
何が出ようと儲け物。
開けるだけで、丸儲け。貰えるだけで、丸儲け。
生きてるだけで、丸儲け!
神がでようが! ゴミが出ようが! 能力なんて、使い方! 生かすも殺すも、アイデア次第! 絶対活用! してやるぜ!
などと。
やたらめったら意気込んでいた、ちょっと決めポーズまでとっていた、開く直前までの俺だったが。
いざゴミが出てみると。
……やだよお。
いやだああああ!
無理いいいいい!
死にたいいい!
と発狂寸前まで追い込まれるほどにガッカリしたわけだが。
思いもよらぬ効果が発現した。
助かったかも!
まあ、まだわからないが。
たとえば条件や、相性など、そうした要素が絡んでくる可能性もあるだろう。まだ何も確定したわけじゃない。
要検証だな。
――――
奴隷ちゃんは小さくてかわいい。抱きしめたい。
自分のイメージした最高の奴隷がでてきたんだから、考えてみれば最高だ。
はっきり言って俺は、この子に仕事をさせるつもりはない。そんな事でイメージしたわけではない。もし働かせるつもりなら、屈強な男の奴隷にしただろう。これからのサバイバルを考えたら、そっちが正解だったと思う。ああ俺はバカだ。
しかし俺は、かわいさが欲しかったんだ!
だから後悔はしてないぞ!
「奴隷ちゃん」
「はいご主人さま」
「奴隷ちゃんはこの本について何か、知ってるかい?」
つい先ほど、あの神少年になんやらかんやらレクチャーされた俺なのだが、ほとんど忘れてしまった。
この本の名前すら思い出せない。何とかの書って言ってたような……。
というわけで奴隷ちゃんに問いただす。
「しりません」
「そうなんだ」
「私の心にあるのは、ご主人さま大好きって事ですー!」
抱きついてくる奴隷ちゃん。
しばし二人でくるくる回る。
「ご主人さまー!」
「奴隷ちゃあーん!」
楽しい。最高。異世界転移してよかった。もう死んでもいい。人生の目的達成。
ちなみに、俺は前世と同じ格好をしている。
前の世界でいつも着てた部屋着。スウェットだ。
恐らく、自分は自室で死んだのだと思う、前の世界で。外出着じゃないから。その時の恰好のまま、この世界に飛ばされたようだ。
ひとしきりきゃっきゃうふふした後。
急に。
ぐうう!
俺の腹がなった。
「異世界に来ても、腹は減るんだな」
「ではごはんにしましょう」
奴隷ちゃんは、うんしょとしゃがみこみ、近くにあった、大きめの石ころを掴みあげると、俺に差し出した。
かわいいな。
「これで、私を殺して下さい」
「えっ」
「そして食べて下さい。私の肉を」
意外な展開。
「いいの?」
「だって今ここで食えるの、私しかいないじゃないですか」
「死なないの?」
「死にますよ。でも生き返るんじゃないですか? 呼びなおせば」
……大胆な子だな。
「でももし生き返らなかったら、どうするの」
「……一人で頑張って下さい」
「やだよ!」
「まあまあ、試してみましょう」
ちょっと勇気がいるぞこれは。
でもやることにした。
確かに食糧問題は重要だ。
それに何度もこの子を消したり出したりは、もうした。
だからいけそうな感じはある。
それに。
やってみたいとは思ってたんだ。
殺人を。
前世ではやる機会なかったけど。
……かくして石を持ち、ふりかぶる。
しかし無理だった。
さすがに無理。
そんなことしたくない。
だって奴隷ちゃんだよ!
おれが殴ろうとすると……痛そうな顔をするんだ。
悲しそうな辛そうな、でも我慢しますって感じなんだ。
できない。
泣きそうになってきた。涙目になる。
「ごめん無理。やっぱ無理。もう……餓死でいいです俺なんて。生まれてすいませんでした。生まれてすいま」
「わかりました。貸してください」
彼女はべそをかいてる俺の手から石をとり、ガンガンガン! と自分の、逆の手を傷つけはじめた。
苦悶の表情を浮かべながら。
「いいよもう!」
「大丈夫です。いけそうです。……いけました」
ついに彼女は、自分の片手を切り離した。手首から先を。
思い切りがいいよね。君。
「さあ、焼いて食べましょう」
しかし。ポン! と消えた。切断された手首が。煙となって。
あ。こうなるのか。
「……なるほど、じゃあきっと、私自身も、死ぬとこうなるんですね」
奴隷ちゃんは手首を失った腕からボタボタ血を垂れ流しながら、フムフムうなずいている。
俺はすぐに、本を閉じて開きなおした。
消える奴隷ちゃん。そして呼びなおす。
すると奴隷ちゃんのケガは回復していた。全快。
「良かった……! 良かったよ……」
「なるほどー! 呼びなおすと、リセットされるんですねー!」
きゃっきゃと喜ぶ奴隷ちゃん。
これは便利だ。
「痛くなかったの?」
「痛かったです。でもいいじゃないですか。死んでも平気ですから」
「あ、痛かったって事は、前の奴隷ちゃんの記憶、引き継いでるんだ?」
「そうみたいですね」
なるほど。
「そうなんだ。まあ無理はしないでいいからね」
「はいですー!」
つまり、傷つき死んでも復活できる。そして過去の奴隷ちゃんの記憶もある。彼女はそういう性能なのか。オーケー。
では、周辺を探索するか。