1 不思議な書
それは古ぼけた本だった。
分厚く、大きく、タイトルはない。
俺の目の前にいる少年が、そんなものを手にしている。
そして何やら説明をはじめた。
「開いた者に特別な才能を開花させるという、奇跡の書物。
名は『神字ノ書(かんじのしょ)』。
それがこちらです」
ここは白い空間だ。真っ白な世界。
なぜか少年と俺がいる。
他には誰もいない。
「この書物の中には『ただ一つの漢字』が記されています。そして、その意味にまつわる超常の力を、開きし者が、獲得できるのです」
外見上はとても価値がありそうにみえない、みすぼらしい本。
それを持つ少年も、その辺にいそうな子だ。
だけどこの子が何者で、そしてここはどこなのか、それがさっぱりわからない。
自分がどうやってここにきたのかも。
気が付いたら突然、この状況になっていた。
「実演してみせましょうか」
彼はそう言うや、手に持つ本をおもむろに開いた。
すると開かれたページが輝きを発しだす。
そして紙面から中空に『火』という漢字が浮かびあがった。
――まるで映画のワンシーンのようだ。
「さあ……これで私は『火』の能力を手にしましたよ。ほら」
言いながら少年が手のひらを上向けると、そこからボッと火の手があがる。
また彼が口をすぼめて息を吹くと、やはり口先から炎が、火炎放射のようにふきだされた。
少年の身動きにあわせて、つぎつぎ火が出てくる。
奇妙だ。
まるでマンガだ。
「他の能力も試してみましょうか」
彼がパチンと指を鳴らすと、空中から新たな本が落ちてきた。
先ほどと似たような古めかしい装丁。
だが色が違う。
それを開くと、次に現れたのは『顔』という文字。
「はい今度は『顔』の能力です。ご覧あれ」
少年がそういいながら自身の顔を手でなでると、そのたびに彼の顔面はパッパッパッと、色々な人相に変化していった。
そしてよく知ってる顔にもなった。
俺だ。俺の顔。
鏡とは違うリアル感。
思わずしげしげ見てしまう。色んな角度から。
……こんな事ができるのか。
少年はちょっとドヤ顔だ。
すごいね。
ああ。
俺も何か能力が使えて。
……人生、やり直せたらな。
「どうでしょうか。
このように、火なら火、顔なら顔と、『出てきた漢字』にまつわる能力が、身についてしまう、というわけです。
本を開くだけで……です。
誰でもです。
そんな書物があるのです。
そういう異世界があるのです。
ご理解いただけましたでしょうか。
さて! 本題に入りま」「はい質問!」
俺は手をあげた。
彼の話をさえぎってしまったが。