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9.ここから出たい

「嫌だ。私はあなたを楽しませない。本当に楽しいと思うまでに私は逃げる」

 私は唾を吐くようにそう反論した。


 私が今いる部屋は、視覚で確認できる出口は一つしかない。しかもそのたった一つの出口は、さっき歌うように楽しませてと言っていた吸血鬼の数十メートル後ろに存在した。

 しかも、さっき吸血鬼に下がっていろと言われたキイという女の子がその出口の隣の壁に寄りかかっている状態なのだ。私はその状況を見て尻込みしてしまう。

 どうやら躊躇なく金属バットで殴られたのは、結構私にとっていたかったらしく、トラウマが刻まれてしまったらしく、あの女の子は私の中で無意識に危険人物認定されているらしい。そんなわけで、あの子はなんか関わりたくないようなできる限り戦いたくないという気持ちが強い。いや、吸血鬼もそうなんだが。

 なんというか、一言でいうと、怖い。ただただ私はあの二人のことが怖かった。


 私はそんな心境を吸血鬼たちに悟られないように睨む。自分はお前らにはやられないぞ。と言いっているように。

「うーん、つまんないなあ。もっと! 助けを乞うように弱々しく目をうるわせるようにしながら俺を見てよ。そんなに強がらないでよ。楽しくない」 

「うるさい。さっきも言ったけれど、私は、あなたを楽しませる気は一ミリもない」

 私は睨む目を強める。

「そんなに俺を睨んでいたらかわいい顔に皺ができるよ」

「こんなちょっとの時間だけで皺ができたら逆にすごいよ」


「ねえ」

 吸血鬼は私に何か思ったようでなんとも言えない表情で私を見る。

「なに」

 私は睨みながら、警戒しながら言葉を促す。そして彼は、やるせなく私に言った。

「もうちょっと怯えて。なんかこっちが悲しくなってきたから」

「…………」

 ごめん、なんて言っていいのかわからないや。

 私はその吸血鬼の言葉にただただ呆気にとられた。

 いやだって、怯えたら負けだと思うじゃん! 思うつぼだと思うじゃん! だったら笑うか、睨むか、相手の嫌がることをするにきまってるじゃん!

 え? なのに、え? 今吸血鬼なんて言った? 『もうちょっと怯えて。こっちが悲しくなってきたから』は? え? それを私に言ってきて何になるの? え? 


 というか、私はどうすればいいのだろうか。

 これは相手が精神的に弱まってきた、ということで受け取っていいのだろうか。わからない。いろんな意味で私は困ってしまった。真顔で。


 とりあえず、こんなことを考えてもなにも私にとっていいことは起こらないと思ったので、私はここから脱出することを考え始めることにした。

 何もない、あるとしたら巨大な何本もある柱のみの部屋は出入り口が視覚的に認識できるものが一つだけ。たった一つ。

 その隣には、私を金属バットで躊躇なく殴った女の子が私たちの様子を傍観者のように窺っている。さっきの様子を見てでの印象ではたぶん、あのキイという子は吸血鬼の言うことなら何でも聞きそうだ。

 最悪の場合、あそこに行くことができても、吸血鬼に命令されれば一瞬であの女の子によって殺される。


 どうしよう。今私がいるところは出口の扉から約百メートルある。私の五十メートル走のタイムは六秒四八だった。だとするとあそこまで約十三秒。難しいかもしれない。

 でも、やってみなくては始まらない。


「あ!!」

 私はいきなり大声を出す。

「!? なんだ!?」

 吸血鬼は突然の私の大声で驚く。

「コンナトコロニ、ユーフォーガー!!」

 自分で言っといてあまりにもばかばかしかったので、片言になってしまった。しかし、奇跡が起きた。

「!? なんだと!? UFO!? どこだ! どこにある!」

 え、マジかよ。ちょろいよ。この吸血鬼意外と純粋さんなのか!? というか、人外でもUFOを知っているところに驚きだよ。

 まあ、そんなことを考えている暇なんてない。私は吸血鬼の横を風の如くすり抜け、出口に向かって走る。全速力で、走った。


 それと同時に壁に寄りかかって傍観に浸っていたキイが吸血鬼にツッコミを入れる。

「!? キリト様、馬鹿なんですか、なんなのですか!? この部屋、窓なんてありませんが」

「え! あ、やっちまった」

 それで吸血鬼が騙されたことに気づく。この吸血鬼、馬鹿だ。

 私は出口まであと約十メートルのところまで来ていた。あと、少し。あと、少し。

 そのあと、何かの破裂音が私の耳に届いた。



 この作戦は、結果を言うと失敗に終わった。

 なぜか、最初に言っておくが、キイは、主である吸血鬼からなんの命令もなかったため、ツッコミを入れただけでそのあとは傍観に戻っていった。

 ならば、誰にこのままいけば成功だったものを妨害されたか。


 そんなのわかりきっていることだ。そう、吸血鬼。

 あと五メートル、たったそれだけの距離だったのに、その距離になっていきなり目の前に吸血鬼の姿が現れたのだ。そして私は、蹴られた。腰のあたりを。

 たぶん吸血鬼は私に向かって廻し蹴りを繰り出してきたのだろう。そのあとは、まあ、普通に私は横に吹っ飛んだ。たぶん数百メートルぐらい。で、壁に体がめり込んだ。

 それと同時に体の中からとても嫌な音が聞こえたのは言うまでもない。

「っぐ……はっ……」

 吐血こそしなかったものの、私は肺の中の空気を全部吐き出す。

 ガラガラという音が耳元から聞こえた。そのあとにゆっくりと私は一部の壁とともに床に落ちていく。


 私が床に落ちて数秒した後、頭上で嘲るような声が聞こえる。

「ああ、ごめん、勢いよく蹴りすぎたわー。大丈夫?」

 体が痛い。これは骨が何個か逝ったな。私は息を整える。

「…………。さっきの──」

「おお、喋れるんだ。凄いね。ん? どうしたの」

 吸血鬼が私の言葉に反応する。私の質問を促してきた。

「さっきの……ぐっっはっ。あれ、瞬間移動ってやつ?」

 吸血鬼が『にたあ』と、変な言葉がつきそうな、なんとも言えない笑みを私に向けてくる。実に気分が悪い。

「そうだぞ。あれはな、世にいう瞬間移動ってやつだ。よく分かったな」

 その言葉を嘲るように紡ぐ吸血鬼の声は、認めたくないが、聞いていてとても落ち着くような声だった。

 私は仰向けになっている体を起き上がらせようと、腕に力を入れる。それと同時に体からミシミシと音がした。ああ、これ絶対安静とか言われる類の怪我してるわ。めんどくさい。

「だって、いきなり目の前に現れたんだから、それしかないと思うじゃん」

 私はやっとのことで、上半身を上げた。が、

「──そうか、なら、物分かりの良い凛和ちゃんにサービスだよ」

 手で、首元を掴まれ、勢いよく床にたたきつけられた。

「ぐがっ」


 痛すぎて何が体の中で起こっているのかわからない。だが、一つだけわかること。

 ──流血がない。

 自分でもわかんない。私の身体ってこんなに丈夫なものだったっけ?

 だが、たぶん、内出血は死ぬほどある。だけれど、赤い液体が私の体から一滴も出てない。垂れていないのだ。

「まだ、死んでないよね?」

 次は勢いよく持ち上げられる。

「うん、息ある、死んでない。はは、辛そうな顔! いいね。かわいいと思うよ」


 ──それが一番人間らしい。


 そう吸血鬼が嬉しさを隠そうともしないで、狂気性を全面に押し出しながらに言った。

 この吸血鬼は狂っていると思う。心の底からそう思った。


 あ、そういえば、私がこんな状況に陥っていることを兄たちは知っているのだろうか? 知らないかもしれないな。だとしたら、私の助かる確率って一パーセント未満じゃないのかな?

 私の体重は四十三キロ。それを軽々片手だけで持ち上げているのだから、腕力は相当だと思う。さすが吸血鬼。アニメとかで夜の王とかラスボス的な感じで出てくるだけある。


 でも、もし知っていても、私が家から出てきた理由があれだからな。お兄ちゃんが怒り心頭で助けに来てくれないかもしれない。

 ああ、その場合は死んでからお兄ちゃんを呪い殺しに行こう。

 でも、もし、知ってすぐに迎えに来てくれるのなら、いま、向かってきているのなら、私は、それまでの時間稼ぎをしよう。

 それに掛けてみよう。何秒でも、何分でもいい、時間を稼ごう。


 そういえば、煉璃さんから貰ったナイフが、銀のナイフが、ん? 銀のナイフ? 確か、アニメとかって銀のナイフは吸血鬼にとっては致命傷を与えられる道具とかじゃなかったっけ? もし、それが本当ならば、いけるかもしれない。うん。


 私は、この嬉しさを内側にしまっておくことができなかった。

「……何を笑っているんだい?」

 それは、吸血鬼には予想していなかったことだったのだろう、心の底から驚いたような顔と声をしている。


 私は、吸血鬼など相手にせず、ここにいないあの、無駄に熱い人に向けて、微笑みながら言った。

「お兄ちゃん、来なかったらぶっ飛ばす」


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