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7.地獄の始まり

 私は今、コーヒーを淹れる準備を全部終わらせ、兄達の帰りを待っている。


 今は時間潰しに一昨日買ったクッキーが棚にあったため、それを綺麗に皿に並べている最中だ。

「早く帰ってこないかな。というかなんかさっきから変な悪寒が襲ってきて気持ち悪いんだけど。風邪でもひいたのかな。いや、でも咳もくしゃみも喉の痛みもないから風邪じゃないよな。なんだろう」

 一番の最悪なことで予想できることは、これから何かに巻き込まれることなんだが。

 いや、それはないだろう。今日はもう外出の予定はない。おとなしくしていれば時は勝手に過ぎてくれる。だから別に何もないだろう。


「たーだいまー!」

 そんなことを考えていたら、お兄ちゃんが玄関のドアを勢いよく開けてそう叫んできた。

 このお兄ちゃんの勢いよくドアを開けるという行為でドアが何度か壊れたことがある。

 見かねた両親が、玄関のドアに少しでもその威力を軽減できるよう、それに微妙な細工を施した。

 お兄ちゃんをどうにかするという手段は何十回にもわたって実行されたが、何にも意味なかった。だから、ドアの方を改造した。

そのため、少し私の家の玄関のドアは重いのだ。なので、荷物を多く持って帰って来たときにあのドアを開けるのはちょっとだけ地獄だったりする。


「おかえりなさい」

 居間に入ってきた三人に私は微笑む。三人に外傷は見当たらなかった。少しほっと胸を撫でおろす。

 私はガラステーブルにコーヒーを淹れるカップを運ぼうと、さっき一式置いといたトレイを持って、お兄ちゃんたちが座ろうとしてるまだ人生ゲームが置いてあるガラステーブル向かった。


 と、その時お兄ちゃんはこんなことを二人に喜々として話し出した。

「にしても今日の奴はすごかったな」

 それに煉璃さんと武藏さんが相槌をいれてしまう。

「ええ、凄かったわね。逃がしちゃったのは少し痛かったけれど」

「なんていうか綺麗だったですよね! 僕、見惚れてしまいましたよ」

 見惚れてしまうということは、今回の敵は女の人だったということだろうか? というか妹の前で少し濁しているとはいえ、ヒーローのことの話をするな。


 というか、なんだろう。凄い嫌な予感がする。ここから先、聞いちゃいけない気がする。が、しかし私は次の兄の言葉を聞いてしまった。

「あのスタイルと、端正な顔立ち、それにピンクのロングヘアーだもんな。で、それが不思議なほど似合ってたよな」


 ──ガシャン!


 私は体が硬直し、手の力が抜けてしまった為、持っていたトレイを落としてしまった。

「っ痛」

 下を見ると、ガラスの破片が少し私の足に刺さっていた。

 おお、どうやったら入るんだろう。カップを落して割って取ろうとして、手を切るのは聞いたことあるけど、割ってそれと同時に破片が足に刺さるなんて聞いたことないよ。嫌なミラクルだな。


 しかし、その前にお兄ちゃんの言葉が衝撃的過ぎたというか、精神の根の部分に強すぎたのだろうか、身体が動かない。痛みもいうほど感じない。

「凛和ちゃん!? 大丈夫!?」

 緊迫したような声で煉璃さんが私に駆け寄る。

 私はそれに答えようとするが、声が出ない。体が動かせない。目が自分の足に刺さったカップの破片から離れてくれない。

「あ…………う…………」

 涙が出ないが、変な嗚咽が私の口から流れ出る。

「もしかして、もしかして昔のことを思い出したの!? 十一年前の事件のことを!」

 ピクリ、と身体が動く。反応する。無駄に察しがいいのだ、この人は。


 さっき、私はあんな悲惨なことを覚えていないのはおかしいと言ったが、そんなことを言ったのに、私はいろいろな人に嘘を付いていた。

 口に出したくないから、その時のことを大勢の人から聞かれたときに、その場しのぎに覚えていないと言ってしまっていた。

 矛盾が起こってしまったが、その時の私は、今もそうだが恐怖感に取憑かれて本当のことを言えなかった。


 だが、身体は素直だった。

 煉璃さんはその反応を見逃さなかった。否、見逃してくれなかった。

「なに!? 教えて、何があったの? あの日、あの時、何があったの!?」

 緊迫した声のまま、煉璃さんは私に問いかける。

「煉璃さん、そんなに問い詰めると言えるもんも言えないものになってしまいますよ」

 武藏さんは煉璃さんを落ち着かせようとする。その言葉で私が少し落ち着いてしまった。が、

「でも! ここで聞かなかったら、また忘れてしまうかもしれない!」

 煉璃さんは引き下がってくれなかった。どういうことだよ、一回思い出したものをまた忘れるって。あ、刺激が強すぎて脳が拒否反応を起こすということか。なるほど。


 私はまだ棒立ちのままだ。声も出ない。出そうと努力しているが、出るのはただの嗚咽だけだ。

「そうだぞ、都己! 今聞きださなくて、いつ聞き出す」

 お兄ちゃんも参戦してきた。マジかよ。

「でも、その前に割っちゃったカップを……」

「ねえ、何があったの?」

「どうなんだ! 思い出したんだろ! 教えてくれよ!」

 二人は武藏さんの声に耳を貸さなかった。いや、貸したけど無視った。

 その後も私から十一年前のことを聞き出そうと、ずっと問いかけてきた。武藏さんは二人を咎めようとしてくれたが、二人は見向きもしなかった。


 息が、呼吸ができない。二人の声だけが妙にこだまして聞こえる。足から流れ出る血液が昔の出来事を思い起こさせて来る。嫌だ、苦しい、怖い。

 そして、

「うっさい!」

 やっと出た私の声は、そんな怒りのこもったものだった。怒鳴り声だった。これは、怒ってもしょうがないと思う。が、

「なんで怒鳴るんだ!」

 お兄ちゃんはお怒りになった。うええ……。やっと上げられた目に映ったのは兄の怒り顔。

「俺たちは、お前が心配で聞いているんだぞ!? なのになんで怒るんだ!!」

 は? いきなり怒鳴っちゃった私は悪いと思うけど、この兄の対応はおかしい。

「…………」

 私は黙る。もういろんな感情が溢れてよくわかんない。


 兄は言葉を続けた。

「大体なんで黙ってる! 大丈夫とかなんでもいいから少しでも受け答えしろよ!」

 兄は怒鳴る、その当たり所の悪い怒りは私の足に入っていくように私の足からは血が滴り落ちていく。

 おお、これは怒っていいよな、いいよな。もう、どうにでもなれ。

「は!? 大丈夫!? お世辞でもそんなこと言える状態だと思ったの? お兄ちゃんは、私のさっきの反応を見て。ちゃんと顔の色見た? 口から漏れる嗚咽は聞こえなかった?」


「聞こえなかった。顔色なんて今日帰ってきてからずっと青いしよくわかんなかったぞ!? というかなんで怒鳴る?」

「おまえが怒鳴ってるからだよ!! お前が理不尽な怒りを私にぶつけてくるからだよ!!」

「おまえ!? 俺に向かってお前呼ばわりしたなおい!」

 あ、やばい。地雷踏んでしまった。

「閏! 落ち着いて」

 そんな言葉を煉璃さんが兄に掛けるがもう遅い。なんでここになるまでこの人もこの人で……なんかもう嫌だ。

「お前いったん外に出ろ、頭冷やせ!」

 グイッと、お兄ちゃんは私の腕を引っ張る。

「!?」

 そのまま私は外に連れ出された。

 お兄ちゃんはいいと俺がいうまで入ってくるな! という捨て台詞とともに家の中に入ってしまった。


 現在の所持品。携帯、腕時計、のみ。

 装備、紺色の猫が大体的に描かれた白色のパーカー、その下に着ている黒のブラウス、ワインレッドの短パン、黒のニーハイソックス、黒のスニーカーのみ。それに両足ガラスの破片がぶっ刺さっており、出血多量。

 軽装備すぎる。危なすぎる。春の夜にはこれは厳しい。春と言っても今は六月の梅雨なんだが、どちらにせよ少し肌寒い。


 にしてもこれはお兄ちゃんは酷すぎる。これは何も言えなかった私も悪いかもしれないけれど、あの人の方がもっと悪い気がする。あああああ! でも、元々の原因は私だし、むしゃくしゃするな。

「ちっ。このやろう」

 私は玄関のドアの近くの壁に寄りかかり、腕時計を見る。現在の時刻は十八時五十二分。

 どうしようか。靴は履いているから散歩でもいこうか。夜の散歩もたまには悪くない。

「うん。そうしよう」

 と、私が行こうとしたとき、玄関のドアが開いた。

「?」

 私は振り向く。そこには煉璃さんがいた。


「凛和ちゃん、あの、ごめんなさい」

 外に出てきた煉璃さんの一言目はそれだった。深々と頭も下げている。

「…………」

 私は、何も言えずにただただその光景を見ることしかできない。そんな行動に事の重大さに気づいたのか何だかわからないが、感傷的な顔で私を見てきた。

「ごめん、そうだよね、そんなにいきなりあんなこと聞かれても言えるものも言えなくなっちゃうし、パニクっちゃうよね。それなのに、私は都己の指摘にも耳を貸さずに自分のことだけで……本当に、ごめんなさい。よかったら、昔のことは、言えるような心境になってから教えて」

「いいですよ。それに、今回は私も悪いことをしたのでおあいこということで」

 私は笑う。にひひと笑った。

 涙なんて、出てこなかった。

 もう、怒ったって何もならないだろうし。面倒くさいことが起こるだけだ。

「それじゃ、怪我、少しだけど手当てしようか。足だして」

 そう言う煉璃さんの手には救急箱が握られている。どうやらこちらに来るときに持ってきたらしい。

 そのあと彼女はきれいに私の足を治療してくれた。包帯が巻かれ、そのあとにそれを被せる形でニーハイを履かせてくれた。

 本当にこの人は根は優しい人なのだ。

「よし、オッケー」

 彼女は立ち上がって延びをする。その顔はさっきより晴れていた。


 なんだかよかった。

「あの、ありがとうございました」

 私は礼を言った。少しお辞儀も含める。

「いいよ、今回は色々あったし、それに凄く見てて痛そうだったし。でもごめんね、いま都己が説得してくれているんだけど閏が…………」

「ああ。なるほど。では私は少し夜の散歩をしてきます」

「え、足大丈夫なの? 結構奥深くまでいってたけど。なんなら救急病院につれていきたいぐらいの怪我なんだけど」

 煉璃さんは困った顔をする。

 それもそのはず。さっき私の足に刺さった破片は厚さは二ミリ程度のものだったが、長さがすごかった。三センチぐらい。本当にぶっ刺さってた。

 抜いている最中に煉璃さんにこれは見ない方がいい! 見ない方がいい! とすごく言われた。しかしそれでも私は見たのだが。そして見事な大出血だった。

 いまは止まったが。


「いまは大丈夫です。煉璃さんの治療がすごくうまいおかげですね」

「でも……」

「それに」

 私は煉璃さんの言葉を遮る。

「ちょっと気分を落ちつさせたいので」

 この人は察しがいい。だからたぶんこれだけで意味が分かっただろう。煉璃さんは申し訳なさそうな顔をしてくる。

「…………わかった。でも何かあったら、連絡頂戴? それと、これ」

 私にあるものを握らせる。それは普通の人なら持ってはいないし、ましてや持っていてはいけないものだった。

「これは」

「護身用。銀で作ったナイフだよ。最近物騒だから、何かあって身の危険に遭いそうだったらそれを使って。魔物でも急所をつければ殺せる」


 煉璃さんに渡されたナイフの柄がキラリと月明かりに照らされ、怪しく光る。というか、さらっと煉璃さん魔物って言ったな。まあ、今回はもう面倒なのは嫌なので無視することにした。


「でも……」

 私は口を濁しながら煉璃さんを見る。そして、彼女は私に無駄な心配をさせないよう、とても安心できそうな声でありながら、とても力がこもった声で私に言葉を向けてくる。

「何かあって、あなたが死んでしまったらバカが何て言うか……、あいつは元々面倒くさいのにもっとそうなる。だから、護身用。持ってて」

「……わかりました」

 煉璃さんのあまりにも真剣な表情と声色に負け、私はおずおずと引き受ける。

 今日は本当にいろんな人のレアなものを見るな。

「では、行ってきますね」

「うん。いってらっしゃい」

 煉璃さんは笑顔で見送ってくれた。

この判断で、私を最悪な非日常に連れていくとも知らずに。



「ふぅ」

 私はそのあと近くの公園に行った。

 寒いからきーこきーことブランコを揺らして少し子供のように遊んでみたが、なんか空しくなって止めた。

 それからはベンチで身を丸くして時間をつぶしている。それにしても寒い。

「暇だな。うん。お金無いからコンビニでホットな紅茶を飲むこともできない。というか、あの割れた物の処理やってくれたんだろうな。あとでお礼を言わなくては」

 もう暇すぎてそんなとこを一人でぶつぶついっている始末だ。

 どうしよう。帰ろうか。帰っても家に入れるかどうか甚だ疑問だが、でもまあ、そろそろ帰ってみよう。


 いまの時刻は、腕時計を見ると九時四十六分。嫌な数字が続いてやがる。

 あ、まて。今日はなんか変な予感がしていたんだ。

 でも、それはあれだよね、この家に出されるという行為の事を示していたんだよね、そうだよね。

 あれ? でもおかしいな、変な悪寒がする。いや、これは寒いからであってそんな変な事が起こるっていう警告じゃないはず。

 そうだ。私はそう信じたい。

「よし、帰るか」

 なにかが起こる前に私は帰ろう。


 しかし、少し私の判断は遅かった。

「あ、いたいた。みーつけた」

 知らない男の人の声が聞こえてきた。

 私のことじゃないよな。うん。帰ろう。

「いや、君だよ。君! 君!!」

 君君? だれ? 知らない。よし、帰ろう。

 私は歩を進める。

「待てって、ジジョーヒーローの妹の弥生凛和!!」

 …………。あ、巻き込まれた。これは完全に兄に巻き込まれた。

 このやろう。どうしてくれるんだ私の人生。これは完全に死亡フラグというものが立った。よね。立ってしまったよね。


「と思いながら歩を早めるのやめろよ! 待たないと……」

「!?」

 なにか物凄い殺気を感じた私は声がしていた方を振り返った、振り返ってしまった。

 そこには鉄パイプを持った私と同じぐらいの背丈でとても綺麗な黒髪が太ももぐらいまで伸びた少女あくまが立っていた。

「殺すぞ」

 その男の声とともに、女の子は私を鉄パイプで躊躇なく殴ってくる。

 私は打たれ所が悪く、一発で気絶してしまった。


悪キャラはなぜだか愛着わく不思議。

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