6.ことの企て
ここは、魔界。この世には面白い人間界、のほほんとした天界、そして血気盛んな魔界がある。
「…………」
そんな世界で俺は、自分の家の一室にある少し装飾が施された木でできている椅子にまたがって、後ろの背もたれのところを正面にし、背凭れの上の平坦なところに腕を放り投げるように置きながら黙り混んで考え事をしていた。
その考え事の主軸にいたのは、ある男の存在だった。
あの、魔界の連中にも負けず劣らないぐらいにムカつくほどうざくて、たまに目で追いかけてしまうぐらいに綺麗な光沢を放つ黒髪を持っているあのムカつく男。俺だって髪の毛黒いんだよ。かぶってんだよ。
というか、この世に住んでいる奴なんかほとんど黒髪か。しかし思い出すだけでもムカつく。このやろう。
「なあ」
俺は俺の後ろで静かに読書をしている、綺麗な女の形をした、薄いピンクと黒のレースが印象的なワンピースを着ていて、少し青色が混じった黒髪を持っている俺の使い魔に話しかける。
「なんでしょうか」
静かに俺の後ろで読書をしていた使い魔が俺のほうを見る。それを確認した俺は、
「俺とあのジショーヒーローさんの黒髪どっちが綺麗?」
という率直な疑問をぶつけてみた。が、
「…………は?」
と、使い魔にお前何言っちゃってんの? と言いたげな顔で俺を見てくる。
というか、は? という言葉の圧が半端なかった。辛すぎる。使い魔は言葉を続ける。
「それは言っては悪いでしょうが、あのジショーヒーローの方が髪の光沢がきれいだと思います。私でも羨ましいですもんあの髪。どの会社のトリートメント使っているか、聞きたいぐらいです」
この使い魔本当に素直だなぁ……。主人を目の前にしても自分の思っていることをねじ曲げて主人を誉めるとかしないもんな。感心してしまう。
俺はため息混じりに頷く。
「そうか」
「はい。でも」
「ん?」
使い魔はなにか話を続けるみたいだ。
「それだけではないですよね。そんなことだけで、そこで小一時間も難しそうな顔をして考え事をしていたんじゃないでしょうに」
あ、こいつ、解ってやがる。
そう、俺はこんなことを最初っから悩んでいたわけではない。
あのヒーロー達のことを考えていたらそのことが頭の中に浮かんできたしまっただけだ。最初に考えていたことはもっと別の事。
「ああ。なあ」
「なんでしょうか」
俺は元々考えていたことのもうひとつの主軸にあたるものを使い魔に告げる。それはたった一言で足りた。
「お腹空いた」
これだけだ。
「なるほど」
使い魔はふふっと微笑んだ。俺が何を考えていたのか解ったようだ。さすが俺の使い魔。長年俺と一緒にいるだけあってよくわかっている。
「では、行くのですか。人間界に」
とても楽しそうに彼女は、脇にさっきまで読んでいた本を置き、立ち上がる。
「ああ、行く」
「どんな子を狙うのです? 男? 女? 幼女? 童女? ロリ? ショタ? 中学生? 高校生? 大学生? 妊婦? 社会人? それとも老人?」
使い魔は喜々として、狩る人間の容姿を聞いてくる。
それもそうだろう。狩り目的で人間界に行ったのは数十年も前の話だ。
最近の人間界に行く目的は、主に買い物とか、高い所でわっはーいってやりたいときとか、あるものを見る時だとか、そんなものだ。狩り目的に行くなど、そうそう滅多にない事だった。
それなのにあのヒーロー達に敵扱いされるのは少し納得いかないが。まあその時はストレス発散で相手になったりするんだが、盛大に相手になってやったりするのだが。ストレス発散で。
そりゃあ吸血鬼だってストレス発散するさ。
そう、俺は吸血鬼。年齢は二百十歳。使い魔のほうは百六十歳。
因みに俺と使い魔の年齢は人間でいうと二十一歳と十六歳ぐらいだ。まだまだ若い。若いんだぞ。
「ああ、もう決めてあるんだ、一応。あの野郎に少し嫌がらせをしよう! みたいな感じで決めてある」
「ほう、なるほど」
「あいつには、妹がいるんだよな」
知っているが一応確認する俺。
「はい。というかいつも私にその子を監視するように言ってるじゃないですか。それで私は行きたくもない日本の高等学校に通学して、同じクラスメイトとして監視しているではありませんか……」
使い魔が苦しい顔をする。何か学校であったのだろうか。
でもこいつを作った俺が言うのも何なんだが、こいつが人間に変化するときは少し顔や髪型が変わって今の姿でも綺麗な女の子なのだが、それが人間の姿になると容姿端麗すぎる少女になるのだ。その事で何かあったら嫌だな。
顔が変わるような仕組みは、一応敵が現れた時にでも人間の姿になっている時と戦っている時の姿が違えば極力面倒くさいことから逃れられるあろうという俺の考えから出た配慮だ。
この配慮があったことが幸いして安心して監視任務を任せてられるのだが。
「ああ、そうだな。まあ、人間界での学校が辛くなったらいつでもやめていいからな」
「なに、やだ、キリト様が優しい。え、怖っ」
使い魔がなんかたじろぎやがった。少し顔面蒼白になっている。
因みにどうでもよさそうな事だが、俺は日本の漢字というもので書くときは雺斗と書く。
「おい、まて、俺そんなにお前に厳しくしている覚えはないんだが」
「だって、私を最近ずっとこき使ってばっかだから」
「それは、俺が高校生の格好じゃ、なんかおかしいからだよ!! 人間界で言ったら俺二十一歳だぞ!? ただの変な人になってしまうだろう!?」
「でも、たまに人間界でも三十路過ぎたおっさんでも学生服来てたりするじゃないですか」
「それは何かを間違えちゃった人か、仕事でやらなくちゃいけない人だから!! 俺そんなのやりたくないから! だいたいキイ! お前は人間界でいうと十六なんだよ! 花の高校一年生の年齢なの!」
「それは知ってますよ。制服だって私のほうが違和感がないのもわかっています! でもあれなんですよ。数学とかいう教科は暗号なんですよ。二次関数とかなにこれ状態なんですよ。わかります!? あれを強制的に解かねばならない私の気持ちが」
キイはとてもそれはそれは壮絶な顔をしていた。
本当に勉強というものが嫌いなんだな。というか、学校に行く前に学習の基礎となる部分は手あたり次第教えたはずなんだが……。
あ、あれだ。こいつもととなる部分は悪魔だ。そうだそうだ。
こいつは物理的に生き物の上に立つのは好きだけど、誰かに上に立たれるというのが生理的に無理なのだ。堪えるのだ。
「ああ、まあそれは学生になったら付き物の部類だからそこらへんは頑張れ」
「……あうあ」
キイは涙目になる。
因みにこれもどうでもいいが、こいつの名前を漢字で書くとなると紀異だ。
「……解りましたよ。頑張りますよ。で、今回は少しの嫌がらせということで、そのヒーローの妹である弥生凛和を狩りに行くということでいいですか」
「ああ、それであっている。あの娘は結構容姿とか、体つきとかもいいし、きっとうまいと思うからな。ああ、今からでもワクワクする。どう痛めつけてから食そうか。蹴って、殴って、踏んづけて、ぶん投げて……」
「いつも思うんですが」
使い魔が俺がワクワクしているのを遮る。
「なんでいつもそう人間を痛めつけてから血を吸うんですか」
俺は即答で微笑んで答える。
「ん? そりゃあ、生き物の悲痛な顔見るのって面白いじゃん」
「やはり私のご主人様ですね。狂っています」
「でも俺はどちらかというと平和主義者だから相当ストレスたまってるときにしかそんなことやんないけどね」
付け足し感が半端ないが、それは俺の本心だ。
いつもはだらだらと日光を避けて生活しているだけの穏健派の魔族だ。平和主義者だ。
それにしても吸血鬼の日光に弱い体質は本当にどうにかしたい。本当に要らないと思う。辛いし。まあ、俺は吸血鬼の中でも最上位のところにいるから日光の元に出てすぐ焼け死ぬなんてことは無いけれど、やっぱり厄介なものなのだ。
それが理由でヒーローの妹の監視をあいつに押し付けているのもある。
「なんか、付け足し感が半端ないですね」
言われてしまった。このやろ。
「煩い。取り合えずそろそろあっちの世界は日が沈む時間だ。行くぞ」
俺は話題を変え、外に向かって歩き出す。そんな俺のあとをあ、待ってくださいよとわざとかわいらしく言ってからパタパタとキイが駆けつけてきた。
ああ、本当に楽しみだな。