36.こんにちは、さようなら
「ああ、ちょっと! 行かないでおくれよお嬢ちゃん! そこの絶対にかわいい容姿をしているであろうお嬢ちゃん!」
言われた内容が気に入らなくて無言で歩き出した私を引き留めようと、慌てて声が私の行く手を阻もうとしてくる。
声色からして年齢は三十代後半の男性といったところだろうか? まあ、そんなのは関係ないか、私は無視してアスファルトでちゃんと整備されている歩道を歩く。
「まって、わかった、お嬢さん! 白いパーカーに黒いリュックサックを背負ったお嬢さん! 待ってください!」
私は歩を止め、男性だと思われる人物の方向に顔を向けた。
そこには半袖の襟が付いた水色のシャツに紺色のジーンズをはいた抽象的な顔立ちをした男性が立っていた。
「あ、やっぱりかわいい小学……」
私は顔をもとの場所戻し、もう一度なにもなかったかのように歩き出しす。
すると男の人はたぶん慌てたような素振りをしながら声を鳴らす。
「あああああああああ、ごめんなさい! お嬢さん! とても綺麗ですよ! はい!」
私は今度は顔だけではなく、体全体を彼のほうに向けた。
それに合わせてワインレッドのキュロットスカートがふわりと宙を舞う。
「そうですか? ありがとうございます」
最高の作り笑いとともに、私は男の人に礼を言ったのだった。
「うん! その作り笑いもかわいいよ」
バレた。であって分もたっていない人にバレた。なぜだ。
「俺はロリには強……あああああ! 待って。マジで待って!」
とある言葉が気にくわなかった為、静かに立ち去ろうとした私を必死に男の人は止めに入ってきた。うーん、ちょっとめんどくさい。
私は歩きながら、男の人に言葉を投げることにした。
「ごめんなさい、お兄さん。この国には仏の顔も三度までという諺がありましてね」
「もうずっと仏なんていな……ごめん! ごめん! だから行かないで!!」
私が歩くスピードを早くすると、男の人は悲しくも全力で追いかけてきた。
私を無事に止めることに成功した男の人はぜーぜーと息を吐きながら呼吸を整えている。別に数十歩普通に歩いただけなんだけどな。おっかっしいな。そんなに息を整えるほどのことをしていないと思うんだが。
「うう、お気の強い女性だ……。あ、自己紹介をしていなかったね……。俺の名前は坂上 智成と言いうんだ。バス停の目の前にある、この村の観光案内所に勤めているよ。それで、見知らぬ少女がバスから降りてきたから案内しようとしたんだよ。なのに君が……」
と、私が質問をしていないのにご丁寧におじさんは自己紹介をしてくれた。というか、すごいかっこいい名前してるな。というか、まあ、知っている人だな、この人。うん。
というか、観光案内所か。そういえば、バス停の近くにそんなことろがあったかもしれない。なんか悪いことをしたな。
「そうだったんですか。すみません、ちょっとした変態なのかなと思ってしまいました。えっと……」
そして、私が自己紹介をしようとしたその時、とある女性の声が聞こえた。
「コラ! 智! あんた何そんなところでへばってるの! しっかりしなさい!」
その声はとても力強く、印象的な女性の声だった。この声は聞き覚えがある。これは……。
「うっわ、姉さんだ。姉さんが来た」
息を整え終わったおじさんは彼女のほうを見て溜息を吐く。きっとこれから起こる悪夢を想像しているのだろう。小さいながらも何度も見た光景だ。忘れるわけがない。
溜息を吐かれた女性は愛想笑いを浮かべながら年齢に合わない綺麗な顔を私に向けてきた。艶が綺麗なおかっぱの髪がさらりと垂れる。
「ごめんなさいねえ。えっと、この村の観光名所なら反対方向ですよ。あ、よかったら案内しますし。こいつが」
「俺がかよ」
「そうよ」
「姉ちゃんがやればいいのに」
「あ゛?」
「わかったよ、やればいいんだろ? やれば」
……これは、客になるであろう人物の前でやってはいけないこうなのではないのだろうか。おじさんはため息を吐きながら頭を掻き、女性は腕を組みおじさんを見下ろしているこの始末。うん、ダメだと思うな。というか、この人たちが何も変わってなくて安心する反面、悲しくなっていくのはなんでだろう。
私はこのまま高みの見物とかでこの二人の漫才にも付き合うのもいいと思ったが、今日来た用事をぱっぱと遂行したいという思いが自分の中で勝ってしまったので、二人の話に割って入ることにした。
「えっと、あの……」
その声で二人が一斉に私のほうを優しく睨む。
っひ! と小さな悲鳴を上げた後、私は少し照れ臭く感じながらも今回この村に来た理由を説明しようとした。が、その次に口を開けたのは私ではなかった。
「あれ、まって、もしかしてもしかすると、もしかするんだけれど、あなた昔ここに住んだりしてた?」
ふとした瞬間に思い出したのか、姉さんと呼ばれたその人は私に向けて何とも言えない固まった表情でそういってきたのだ。
「え」
「え゛?」
その唐突な言葉にトーンこそ違うが、同じ言葉が私とおじさんから漏れてしまった。
いや、誰かしら私のことを覚えているとは思っていたが、こうして尋ねられるとは思ってもみなかった。なんたって、私がこの村を離れて十年は経っている。記憶にあったって、無いようなものなのだから。
すると彼女は慌てて、笑いだした。どうやら私は見覚えのない人物だと踏んだらしい。ごめんね、やっぱ何でもない。と彼女は言ってこようとしたのが私にはなんとなくこの流れでわかったので、口を開こうとした女性に代わって、今度は私が先に口を開いた。
「そうですよ、私。ここで昔住んでました。まだ小さいとき、五歳までですが、ここの村に住んで生活していました」
その言葉に、女性はとてもほっとしたのか口を綻ばせる。
「そうだよね! やっぱり住んでたよね! なんか見覚えがあってさ、というか大きくなったね。今は確か十六歳だっけ?」
「はい! いやー、昔はよくお世話になってました」
私もなんだかうれしくなったので同調して、話に花を咲かせることにした。
「ねー、でも昔と変わらずなんか大人っぽいのはそのまんま何だねえ。しみじみしちゃうわ」
「そうですか? でも宵さんも変わってませんね。昔と変わらずお綺麗です。それにお母さんとやっぱり姉妹というのもあってなんかすごく似ていますし」
「え。本当? 要と似てるー? なんだかそれは複雑だなあ」
女の人、もとい悠月 宵さんは顔をしかめてきた。というよりも苦い汁を飲んだ後の顔と言ったほうがいいのかもしれない。まあ、分からないが、とても言葉で表せられない苦い表情を浮かべてきた。やはり死人と比べるのはだめだったか。
私は少し慌ててそのことについて聞くことにした。
「え、複雑なんですか」
すると宵さんはさっきと同じ顔のまま、一言で言ってきた。
「だって、あいつ童顔じゃん」
あ、そういうことか。
まあ、童顔もいいと思うのだけれど。私は一応フォローを入れることにした。
「というよりも年齢が顔に出ないだけだと思いますが」
「まあ、それもあるか、あるな。ということは私も同じってこと? あ、嬉しい」
単純だった。ここも昔と変わらない。宵さんは宵さんだった。
と、ここである男の声が私たちの会話を遮ってきた。
「えっと、とても賑わっているところ申し訳ないのだけれど、えっと、この子は……どちら様?」
それになんか、ブチッという音が聞こえてくる。ああ、怖い。やばい。私知らない。これから何が起こっても知らない。
目の前にはさっきやっと上機嫌になって笑ってくれた人が、鬼の形相で笑っている。同じ『笑う』という言葉のうちに入るものでも、こんなに恐ろしい『笑う』という表現があってたまるかと思うぐらい恐ろしい笑顔がそこにはあった。なんかどす黒い霧みたいのが見える。幻覚だけれど。知っているのだけれど、後ずさりしてしまうほどの殺気が見える。怖い。怖いよ。
「智くぅん? それは本気で言っているのかなぁ? あっははぁ。冗談だよねぇ? ネ? いやぁ、冗談じゃなかったらぁ……分かっている……よ、ねぇ」
ああ、怒り方も昔と変わらない。めっちゃ怖い。日本語ってこんな使い方もできたんだって思えるほど怖い。
「え、あ、お姉さま? え、俺なんかすごい地雷踏んだの、え、待って、姉さん、マジで待って、マジで……」
そう思っているのはおじさんも同じなようでものすごく困惑した表情で顔を引きつらせている。そして、ずるりずるりと音が聞こえなそうなほど足を震わせながらゆっくりと後ずさりしていた。
でもそんなものは宵さんはお構いなしで、むしろその行いによって火に油を注いでいるようで、彼女の周りは黒い靄で覆いつくされようとしていた。
そんな黒い靄の中から声が聞こえてくる。
「あらまぁ、その反応は冗談じゃぁないということかなぁ? あっははぁ。面白い。十秒で思い出せ。思い出せたのならばまだ許してやる。はぁい。では、じゅう。きゅう」
「え、ちょっま、え、き、ききき君は僕のこと覚えているのかい?」
あ、私に話を振ってきやがった。私は宵さんのカウントダウンの中、適当に冷たく答える。
「はい、覚えていますよ。こういう怒られかたも日常茶飯事だったってことも」
「え゛」
ああ、これはなんだかつらいな。血縁の方にこういうことされるとはなんだか萎えてしまいそうだ。
カウントダウンの中おじさんは必死に私の名前を思い出す。が。
「さぁーん、にぃーい。いぃーち」
死のカウントダウンが終わってしまった。
おじさんの時が止まる。
本当に覚えてなかったんだなあ。というか、まあ、うん。ドンマイです。
「この娘はぁ」
宵さんが片足を軽く後ろに下げる。
「私たちのぉ」
そして、勢いよく体に回転をかける。
「姪の凛和ちゃんだ、ボケがあぁぁ!」
「なんですとおおおおおおおおぉぉ!?」
そのまま宵さんのと一緒に回し蹴りをおじさんに喰らわせた。そのまま蹴られた彼は数十メートル先まで吹っ飛んでいった。おじさん蹴られた瞬間に声出してたけど大丈夫かな。
「というか、この人たち何も変わらないな」
私は落胆した表情のまま、そう無意識に呟いた。




