18.すべての始まり
私は顔を上げた。
「うわ、我が妹の泣き顔だ。レアだ」
お兄ちゃんはそういいながらも、持ったのはカメラ機能付きの携帯ではなく、ティッシュペーパーだった。そしてそれで私の顔を優しく拭ってくれた。少しくすぐったい。
こういうことを平然とやってくれるからお兄ちゃんのことを嫌いになれない。というか、むしろ好きになってしまう。このやろう。
「閏がらしくないこと言うから」
「そうですよ、閏さんがあんなことを言っていい魂だと思っているのですか!」
それを見ていた二人がお兄ちゃんにちょっかいをだす。
「おい、それはどういうことだ!? ひどくないか!? 俺だって人間なんだからな、思っていることは言うぞ」
二人の話を聞いて、お兄ちゃんがさっきのテンションはどこに行ったかと思うぐらいにいつものハイテンションに戻っていった。しかし顔は焦っている。
さっき言ったことを思い返してしまったのだろうか? あんなことを言う時にはまず黒歴史になることを意識しながらやんなきゃいけないのに。
「というかね、ストレート過ぎた。凄くやばかった。うん」
「これが妹さんでなかったら、普通にノックアウトでしたね」
「それな」
「え? そんなに?」
煉璃さんと武藏さんの会話にお兄ちゃんは目を白黒させる。が、照れていることは明白だった。お兄ちゃんの顔は真っ赤に染まっている。まるでトマトのようだ。
それに私は追い打ちをかけるように少しだけ笑う。
「お兄ちゃんは、そんなに私に好意を抱いてほしいのかなって少し思ったよ」
「マジかよ……」
お兄ちゃんは落胆したようにそう呟いた。
少しして、私が落ち着いたのを確認してから煉璃さんは口を開いた。
「じゃあ、凛和ちゃん教えてもらえるかな。あの時、何が起こったのかを」
「……はい」
私は重々しく口を開く。
そして、話し出した。あの、醜く歪んだ現実味なんて一つもない、あの物語を。
「あれは、皆さんが知っている通り、十一年前のことです。あの時は梅雨の時期でしたが、雨は降っておらず、しかしそれに代わって蒸し暑さが目立つ日で、私が襲われる前に見た時計は午後七時を知らせていました。そんな時刻ですから、当時五歳の私はご飯は食べ終わり、もうすぐ就寝しようか迷っていた時間です。そんなときに事件は起こりました」
私は語りながら、お兄ちゃん達を見た。私は床に正座で座って、他の人たちはソファーに座っているという形を今は取っている。
お兄ちゃん達は椅子に座ることを進めたが、私はそれを断った。
彼らはとても真剣顔つきで私の話を聞いていた。それはとても喜ばしい事なのかもしれないが、私にとっては不安を煽られている感覚になってしまう。
しかし、私は言葉を、物語を続けた。
「爆風が起こったんです。家の一部を壊すほどの、とんでもない爆風。その時私は家のクローゼットの近くにいました。一応無傷でしたが何が起こったのかよくわからず、ただただ呆然と突っ立っていたところに母は私を一生の別れとでも言いたげな顔つきになりながら、『あなただけは生き残って』といいながら、私をクローゼットに押し込むように入れました。私には、訳が分かりませんでしたよ。でも、なぜかここから出ては命は無い。そう肌で感じてしまいました。そして、それはあっていた。嫌な間ほどよく当たりますよね。第六感っていうんでしたっけ、そういうのって。
話を戻しますが、壊れた壁の向こうに、立っていたんです。人が。見惚れてしまうぐらい綺麗で、恐ろしいぐらいピンクの長い髪がよく似合う女の人が」
そこで三人は目を見開いた。言葉では言わないけれど、どうやら感づいたようだ。
私はそこも含めて話を続けなければいけないらしい。
「そう、あの時私が持っていたお盆を落し、そのまま硬直してしまったのはこういうことです。ロングヘアでピンク色の髪の毛が異様に似合っている女の人とか、あの時の、あの、親を殺して私をも殺そうとした人と同じ風貌ですからね。すっごく動揺してしまったのです。あの取り乱し加減は自分でも驚きましたよ」
「話を戻します。そのあとは悲惨でした。地獄絵図でしたよ、もう。少しづつ、少しづつ親の身体から腕、足、感情が斬られてなくなっていき、それと同時に机や椅子など家にある家具という家具たちも一緒に斬られていき、最終的には高らかに笑っている女の人の近くに人の肉と思わしき物体が転がっているという絵が見えました。とっても赤い絵でした」
私は荒くなる少し呼吸を整える。身体が疲れてだるい、苦しい、つらい。そんな思いが脳裏によぎっていく。
私は失笑しながら話しているにもかかわらず、思ったよりもダメージを受けているらしい。自分で攻撃しているらしい。
言葉の刃ってこんなにも鋭いものなのか。
「そして、そのあとです。私はその女の人に見つかってしまったのです。もうそんなものを見て立っていられるわけがありませんでしたからね、足の力が抜けてしまったのですよ。ガクンって床にしりもちをついてしまいました。だから見つかった。だから斬られた。
相手の女の人は見惚れてしまうほど奇麗な笑みを浮かべていましたよ。まあ、もともと見惚れてしまうぐらい美しい人だったのですが。笑うことによって余計に綺麗になっていました。顔についている血は言いたくはありませんが、彼女の美しさを引き立てるためにあるものだと思うぐらい彼女の顔はとても狂気が感じられなくて、嫌気がさすぐらい神秘的で綺麗でした」
「斬られた私はこのままじゃ死ぬと思って逃げました。幸い斬られた場所は肩でしたから、急所を逃れていましたから、走って逃げることはできました。死ぬほどしんどかったですがね。
逃げられたのは、近くにおもちゃの拳銃が転がっていたからです。BB弾でしたっけ? それを発見して女の人のこめかみをめがけて撃ちました。こめかみは意外にも人間の急所だったりしますからね。そして不意打ちだったからか、ちゃんと私が打った弾は的を射ました。女の人が倒れたのを確認すると、さっき言った通りです。
私は逃げました」
「そうして私は命を取り留め、逃げることができました。まあ、助けてもらいに行った家で事情を話してからぶっ倒れてしまいましたがね。
そのあとは、まあ、皆さんが知っての通りです。警察などいろいろ来て私に証言を求めましたが、私は覚えていないとずっと嘘をつき続けました。今の今までずっと、記憶はどうやっても消すことができなかったのに、記憶喪失ということにしていました。話したらあの女の人が近くに来そうな気がして、怖くて、話すことができませんでした」
私はいつの間にか膝の上で握っていた拳に力を入れる。まるで今こみあげている恐怖心を握りしめるみたいに、つかんで離さないように。
これは忘れたい出来事だ。しかし、これのおかげで今の私があるのだ。お兄ちゃん達に出会えたのだ。そう思うと、すべてが悪いってことではない。認めたくはないが、これがなければ体験できなかった、出会えなかったものが確かにあるのだから。
だから、はなさない。これは、私のものだ。
「これが、事実です。嘘偽りのない、私の身に起こった出来事です。あの事件の真相です。お兄ちゃん達は知っていると思うけれどあの女の人は、今も捕まっていません。倒れる私の証言で私の家に警察が行ったそうですが女の人の姿はおろか、人の姿なんてどこにもなかったそうです。というか、家自体がもうないに等しい状態だったそうです。ぐちゃぐちゃに壊されたあとに放火されたそうです。私は刺激が強すぎるからって、どんなにせがっても家の姿を確認させてくれなかったので本当かどうかはわかりませんが。って、これは知っているのですよね。はは、まったく理不尽な世の中だ」
「お兄ちゃん、煉璃さん、武藏さん。いままで黙っていてすみませんでした」
そうして私は話に幕を閉じた。涙は不思議と出ていなかった。
この物語を読んでくださってありがとうございます。
次回でこの章は終わります。
今気が付いたけれど、まだこの物語の土台出来上がってない。
ぺたぺたこれからもしっかりとした土台を作ったり崩したりしていきたいと思います。ですから、それについていってもらえると幸いです。そして楽しんでもらえるのなら、私としては感無量です。




