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13.吸血鬼篇の後日談1

 私は今日もかったるい学校から帰還し、妙に重たいドアを開けて家に入る。

 そこに、煉璃さんが仁王立ちという格好と、ドス黒い声で私を迎えてくれた。

「おかえり、凛和ちゃん、で、なぜ学校に行った」


「ただいま……って、ふぁ!?」

 私は挨拶と驚きで煉璃さんの姿を凝視する。まず、質問の意味に驚いたのではなくて、なぜ今、煉璃さんが家にいるのかに驚いた。今の時間帯は確か煉璃さんは、専門学校に行っている時間帯のはずなのだが。

 というか、なぜ私は学校に行っただけで怒られそうになっているのだろうか?

「驚いた!? ねぇ! いま驚いた!?」

 前言撤回。煉璃さんはすでに怒り狂っている。なぜこんなに取り乱して怒っているのだろうか?

 私が何か悪いことをしたとでもいうのだろうか? 私はただ、学校に行って帰って来ただけなのに。あ、行く前に何かやってしまったとか? いや、でも心当たりはないし──。

「…………。え、はい」

「…………」

 私がそう曖昧な返事で返すと、煉璃さんは私に失望したかのようなそぶりを見せながら、頭を抱えた。

 え、え、え? そんなに悪いこと私してないよ? 学校行っただけだよ? それなのになんでこんなに煉璃さんの顔暗くなるの。おかしくない?


 そんなことを私が思っていると、急に煉璃さんは頭だけ居間の方角に向けて、大声を出した。

「ちょっと、凛和ちゃんのおにーさん? どうなってんのこれ! 凛和ちゃんのこともうちょっと甘やかしてあげな? 真面目すぎるよこの子。何であんなことあった次の日に、殺されかけた次の日に、寝落ちするまで人生ゲームやった次の日に! 何で普通に学校行ってるの!! おかしいよ! 普通なら心理的ショックで一週間や二週間、なんだかんだ休んでても仕方がないこと起こったんだよ!? それなのに! なのに! なに呑気に学校行かせてんだてめえ!」

 あ、あー。なるほど。理解ができた。昨日私は死にかける程の、と言うか一回死んだ? ことが起きた。しかし、私は普通に、遅刻もせずに、学校に行ったのだった。

「とりあえず、荷物を自分の部屋に置いて、居間のソファーの前らへんの床に座りなさい」

 煉璃さんはものすごい形相で私を睨んできた。その気迫に押され、私は小さく頷いた。

「分かりました」

「あ、あと」

 煉璃さんが自分の部屋にいこうとした私の足を止めた。

「なんですか?」

「髪の毛少し昨日より切った?」

「あ、はい。少し整える感じで自分で切りました」

 今日起きて洗面所にいって鏡見たときに私の髪の毛の現状を見たとき、私は青ざめた。なぜなら、もう言葉に表せないぐらい変な切れ目になっていたのだ。ギザギザすぎた。なので、自分で髪の毛を切って、前のいわゆる触手とかいわれる部分の髪の毛だけ残して、あとは肩にとどくかとどかないまでの長さにバッサリ切った。

 なので驚かれてもしょうがないのだ。だが、

「…………」

 煉璃さんはあまりにも絶望的な顔もしていた。私は心配になって声をかける。

「どうしました?」

「凛和ちゃんが自分の自らの手で……まあ、その髪型も似合ってて私は好きだよ! うん」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 どうやら煉璃さんは吹っ切れたらしい。私の心配はなんだったんだ。



 私は自分の部屋に荷物を置き、着替えないで居間に戻って、煉璃さんとお兄ちゃんと武藏さんが座っているソファーの前に正座する。ソファーの前に置いてあったはずのガラステーブルは、部屋の隅っこに置かれていた。

 私が座ったのを確認すると、煉璃さんは口を開く。

「では、凛和ちゃん」

「はい、ナンデショウカ……」

 めっちゃ怖い。目が、顔が鬼だ。昨日のあの吸血鬼よりも怖い。こっちの煉璃さんのほうが断然怖い。

「まずは、巻き込んでしまって本当にごめんなさい」

 煉璃さんが頭を下げた。

「え?」

 え? 怒られないで、謝られた。

 私は驚いて目を見開く。予想外だった。謝れるなんてこれっぽっちも思ってなかったからだ。


 煉璃さんに続き、お兄ちゃんと武藏さんが頭を下げる。

「すまなかった、凛和」

「ごめんね、凛和ちゃん」

 え? え? え?

「…………」

 私は驚きのあまり、目を見開いたままだ。なにも口から出せない。


「俺たちがこういうことをやっている以上、お前に被害が出るかもしれない、ということは分かっていた」

 分かっていたんだ。いや、私も分かっていたんだけれど。本当に巻き込まないでほしいと、切実に願ってた。まあ、昨日巻き込まれてしまったんだけれど。


 お兄ちゃんは苦汁を飲むように、言葉を続ける。

「だから、早く悪を排除しようとしていたし、俺たちといるときに悪が出ていたら、できるだけお前を避難させるようにしていた」

 知っている。昨日みたいなことが起こったのは、何も昨日に限ったことではないのだ。私もバカじゃない。最初のうちは興味本意でお兄ちゃんたちの戦いを見に行ってはいたが、そんな時でもしっかりと兄たちは私を非難させてくれていた。だから、その時の私には被害は無かった。

「でも、今回は、俺がもっと冷静でいれば、お前の言い分を聞いていれば……。本当にすまん」

 また、お兄ちゃんが頭を下げる。

「うん、確かにあの時、お兄ちゃん達の話の聞かなさ加減と、状況把握をしようともしない行いには相当うんざりした。とてもムカついたし殴りたくなった」

「うっ」

「ぐっ」

 私の話を聞いている三名のうち、二名が暗い顔つきになり、残りの一名はまあ、まあ、と言ってその顔の暗い二人を宥めた。

「でもまあ」

 私は顔を綻ばせ、お兄ちゃん達の顔を上目遣いで見る。

「助に来てくれたことは、本当に嬉しかった……です」

 こういう柄でもないことを言うのは恥ずかしいことだが、本音だからしょうがなかった。


「ぐはっ」

「がっ」

「!!?」

「!? 煉璃さん!? 閏さん!? どうしました!?」

 私の言葉を聞くや、いきなりそう言って苦しそうに悶えだした二人に、私と武藏さんが驚き、あたふたする。

 が、それは無駄な事だった。なぜなら、

「天使が…………天使が舞い降りた……」

「なあ、都己……俺の妹はなぜ、こんなにかわいいのだ?」

 と、次の瞬間悟りを開いたような目をしたからだ。そこに無駄に心配してしまった私と武藏さんは、冷めた視線を送る。

「ああ、ロリコンさんとシスコンさんが暴走したのか」

「ああ、なるほど……」

 そのあと、二人の性癖はどうにかならないのか? と、無駄に心配してしまった私たちは、話し合うことを約束した。



「さて、妹よ」

「はい、お兄ちゃん」

 気を取り直して、お兄ちゃんが私に無駄に真剣な顔をしながら問いかける。

「お前、昨日何時間寝た」

「え? 1時間ぐらい……かな」

 昨日私たちが寝落ちしたのは六時頃だった。

 今思うと、あの戦いをしてそれから約三時間ぐらいゲームをやるのってすごい。

 しかし、その次の日は平日。私はその一時間後の七時に起き、自分の弁当を作って眠い目を擦りながら登校した。


 そういえば、今日自分のクラスに入った時に同じクラスの月詠つきよみ 紀異きさいさんが、私を見て、

「なんで来た!?」

 と、立ち上がって私に言ってきたな。何か取り乱している風だったが、なぜだろうか?

 というか、あの人と必要以上に喋ったことなんかないのに、そんなこと言われているのが驚きだったりする。あるとしたら、すこし勉強を教えてあげるために一緒に放課後まで勉強をしたことぐらいか?

 彼女は運動神経あるし、行動力もすごいし、ムードメーカーにもなれるし、なにより! ルックスが! ルックスが! 素晴らしくて、言葉に表せなくて──というか、引くぐらいモテる。

 私は、一般人でファンクラブというものを、知らないうちに作られている人が本当にこの世に存在していることを、彼女と出会って知った。それぐらいモテる。

 あと勉強だけできれば才色兼備なのに……あの人は惜しい。がっかりするほど惜しい。


「でも、別になんか疲れているとかないし、大丈夫だよ?」

 私はお兄ちゃん達が心配しないように言葉を付け足す。

「いや、凛和ちゃん」

 それに反応してきたのは武藏さんだった。

 武藏さんは、私の目をじっと見つめる。

「あのね、一番昨日辛い思いしているのは君なんだよ」

「…………? あ、え、あ、はい」

 私は曖昧な返事を首を傾げながら武藏さんに返す。

 その私の一般人からしたら愚行と感じるであろう言動を見て、煉璃さんがお兄ちゃんの服の襟元を掴みかかる。

 因みに服はみんな昨日と同じものを着ていた。これを見るとまだ昨日帰ってきてから一度も家に帰ってないらしい。

「ちょっと、お兄さん! さっきも言ったけれど、もうちょっと妹大事にしてあげな!? 可哀想すぎるよ! あんなに昨日私たちが助けたあと、泣いていたのに! 泣いていたのに! あの曖昧な返事! おかしすぎるよ!」

「煉璃! 俺は十分我が妹を大事にしている! 七年前までは一緒に風呂に入ってたりしたんだぞ!」

 うん、風呂に入っていたことは言わなくてもいいんじゃないかな。

「凛和ちゃんと……お風呂!? しかも七年前!? ということは……凛和ちゃん九才!? 正真正銘のロリ!? なんとうらやましい……」

 ギリギリと煉璃さんが歯ぎしりをする。と同時に兄の首を絞めていた。

 お兄ちゃんがすかさず自分の首を絞めている手を叩く。

「うっぐ! おい、煉璃……! 俺の首絞めてる、絞めてる! すっごい苦しい! やばいやばい! 死ぬ死ぬ!!」

「あ、ごめん」

 つい嫉妬でうっかり、と彼女は呟く。

 この人少し危ない。私の体に少し悪寒が走る。腕を見ると鳥肌が立っていた。

「で、凛和ちゃん。あのさ」

 凛和さん達の茶番を私と共に冷めた目で見ていた武藏さんが、私に向かって優しく話を振ってきた。

「はい」

「寝よっか」

「え? でも、私そんなに今眠くな……」

「寝て?」

「え、でも……」

「凛和ちゃん?」

「ワカリマシタ」

 なんか武藏さんに押し負けてしまった私は、そのあと三時間ほど寝たのだった。


 というのは嘘で、二時間寝て、一時間私はお兄ちゃん達の目を盗んで外出した。外出した時間は午後七時をまわっていた。

はい! 後日談ですが、新篇始まりました!

楽しく読んでいただけたら幸いです

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