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11.隠し事

「!? は!? 痛っ!」

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! すっごく痛い! というか、熱い。

なんなのこれは、本当に辛い。

 これは、嫌だ。私は空いている方の手で何とかナイフを取り出す。そして、吸血鬼の左腕の方に近い部分を刺した。

「な!?」

 牙と私を拘束していた手が一瞬離れる。その瞬間を私は見逃すというへまをしなかった。

素早く廻し蹴りをお見舞いして距離を取る。それと同時に少し目眩がした。どうやら少し貧血を起こしているらしい。

「はあ、はあ……」

 私は息を整える。首を少しだけ触ると、手が赤くなった。ベトベトというか、ぬちゃあという気持ち悪い感覚が手の中に広がる。


「あれ、逃げられちゃった。というか、ナイフ刺さったままだよ、俺の腕に。ということは余裕はもうなくなっているということだね。あともう少しだ」

 吸血鬼は自分で私がさしたナイフを抜く。そして、自分の服の下に仕舞った。


 何をするつもりだろうか?

 というか、私は武器を奪われてしまったということになる。これは不利になってしまった。これからどうやって時間を稼ごうか。


「というか」

 吸血鬼が口を開く。私は眉をひそめた。

「何?」

「十一年前のこと、君は覚えているんだね」

 十一年前? それは、どういうことだろうか。十一年前など、一番忘れていい事が詰まっている時なのだが。

「どういうこと?」

「しらばっくれないでよ。君の両親が殺されたことだよ? 覚えているんだよな、お前は。あの、えーと、そう、ひどく似合った長いピンク色の髪をした人が君の両親を殺したんだよね」

「…………」

 吸血鬼は自信満々にそう言った。少し偉そうに、そう言ったのだった。


 なぜ、知っている? いや、当てずっぽうかもしれない。はったりなのかもしれない。

 しかし、私は──初めてこの吸血鬼に対して本当の意味で恐怖心を感じてしまった。


 それと同時に、吸血鬼に主導権を握られてしまったことは言うまでもないこと。彼はとても楽しそうに笑っている。

「黙らないでよ。というか、凄い目で俺を見るね。鬼を見る目だ」

 鬼を見る目? 間違ってはいないかもしれない。たぶん私は今、言葉に表せないほどひどい顔をしているだろう。私は声を低くする。

「なぜ、知っている」

「おお、怖い」

 彼はわざとらしく身震いをする。これがお兄ちゃんだったのならば私はすぐさま飛び蹴りと廻し蹴りをくらわしていただろう。それぐらい、ムカつくやり方だった。


「うーん。いいよ、教えてあげよう。俺はね、ちょっと吸血鬼でも特別な種族でなんだよ。人間でも、化け物でもなんでもいい。ただ、血を吸うだけで、その血を吸った者の記憶が全部見れるんだよ。どう? 凄い?」

 ちょんちょんという効果音がつきそうな歩の進め方をして、私に近づいてくる。しかし、私は後ろに下がろうとしなかった。吸血鬼に対する好奇心というものが生まれてしまった為だ。


 それに感づかせないために私は鼻で笑う。これが今の精いっぱいの対抗だった。

「記憶が? そんな馬鹿な」

「本当だよ。あ、そういえば昨日チーズケーキ作ったの? 凄い美味しそうだったけど。あと趣味はネットと、菓子作りか。インドア派なんだね。もうちょっと外でな? ほら、ガキらしく鬼ごっことか」

「こんな歳で鬼ごっこなんてする機会なんてそうそう無いわ! 小学生とかじゃないんだよ!! 私は!」

 鬼ごっこなんて今は変なテンションにならないとやらない。中学の頃はよくやってたけど。


 というか、この吸血鬼、本当苦手な部類なんだけど。生理的になんか受け付けない部類にいる気がする。

「でも、もしもあんたに私の記憶が全部見れているのなら、手加減はいらない、ということでいい?」

「おお、強気だね。でも、君は少し不思議なんだよね」

「なにが?」

「見れない部分がある。でも、それでも凛和ちゃんの弱みはわかった。十一年前のことが一番の君の弱み。一番根強く記憶の中に存在していたから。そうだよね」

 見れない部分か。どこが。…………わからない。でも、あれはやめておくか。

 そして、十一年前、

「一番根強く存在してるとか。はは、情けない」

 私は溜息交じりに無意識にそう呟いてしまった。


「というか君はさ」

「ん?」

「なんでこんなに記憶が存在してるの?」

 吸血鬼が本当に不思議そう首を少し傾げる。

 どういうことだろう? 記憶なんて沢山存在して当たり前だろう。記憶がなければ人間は生きていけない。

 私は首を傾げる。

「それはどういうこと?」

「だから、脳って自分にとってあまり有益な情報ではないもの、関係ないものは少しずつ排除していくんだよ。なのに君はそういうことはない」

 吸血鬼が、とんとん、と自分の頭を指で触る。

「だから?」

「完全記憶能力って知ってる? ほら、人間ではサヴァン症候群? を患わっている人とかによくあらわれるのが多いってい言われているやつ。君にはそんなもんは無いと思うけど、記憶が忘れられないってことは無い?」

「…………」

 私は一瞬、精神科というか、セラピーとかにいる感覚になった。


 というか、心当たりがありすぎて辛い。どうしようか。

「それがどうした」

 私は虚勢を張る。こいつには弱い部分を見せたくないと本能が告げていたからだ。

「いや、別に。ただ」

「なに?」


「君のことが気に入った」

 そう言って私のほうに急に吸血鬼が駆けてくる。

 まあ、まだ瞬間移動を使われないだけましだけれど。

「あっそう」

 しかし、やはり早い。そして、私はそれを避ける。いや、避けようとした。

「!? 痛った」

 動けないぐらいに足に痛みが走り、何事かと思った。一瞬だけ、私は自分の足を見る。すると、足は血まみれだった。

「ああ、さっきの傷が開いたのか。なるほど」

 私は口で言って無理やり自分を納得させる。

 にしてもどうしよう。あと二秒で吸血鬼が来る。足は鉛のようになって動かない。でも、人間の常識を……人間? 人間の常識って? 常識って何? 鎖? どういうこと?


「あああああああああああああああああああ! もう面倒くさい!」


「!?」


 突然の私の大声に吸血鬼が驚く。そのお陰で少しスピードが遅くなった。しかし、そんなものあまり関係なんてない。速いものは速いのだ。


 吸血鬼は不死身。そんなの知ってる、私は多少傷を負っても気にしない。どうせいつかは治るんだから。

 ──ならば、もういい。人間の常識を外してもいい。時間を稼ぐんだ。

「一回死ね!」

 私はあるものが私の手の内に出てくるように願う。そして、私はその出てきたあるものをしっかりと掴み、吸血鬼の首を掻き切った。


 吸血鬼の首からは鮮やかな鮮血が流れていく。私はその血を何とか足の痛みを耐えながら避け、私たちの様子を見ているキイにも、吸血鬼にも背を向けないようにしながら距離を取った。


 私がしたことは簡単だ。私には昔から超能力というものがあるらしく、想像したものが、出るように願ったものが願った空間に出るという何とも素晴らしい能力を持っている。

 まあ、それは私が両手で持てるサイズのものしか出せないのだが。ほかにもあと一個、違う系統の違う異能を持っているのだけれど、それはまた今度ということで。今はそれは必要ない。

 にしても私の想像した物が願った空間に出るというものは、武器を出すにはちょうどいいものだ。因みに今はちょっとした対吸血鬼用の小刀を出した。そしてそれで迷いなしに吸血鬼の首を掻き切ったのだ。

 今思うと何怖いことを迷いなくやっちゃってるのという話だけれど、その時必死だったんだろう。

「っち。足が痛いな。立つものやっとだよ。どうしてくれんだよ」

 私は悪態をつく。もちろん周りは警戒している。

 というかお兄ちゃんまだ来ないのかな。早く来てほしい。そろそろ出血多量で倒れそうだ。手も青いし、これは結構やばいと思う。


 数秒すると、吸血鬼は首もちゃんと胴体にくっついて、再生して、起き上がった。

「ははは、はははは、ははははははははは、あはははははははははははははははははははははははは!!」

「…………」

 どうしよう。首をはねられて、頭のおかしい吸血鬼がもっと頭のおかしいものになってしまった。


 私は無言で吸血鬼を見る。

「おお、おお、おお、おお! さっきのはなんだよ。というか、そんな武器、君の記憶見たとき一回も出てこなかったけれど、見なかったけれど、どうしたのかな?」

 どうやらお怒りのようだ。血管が首から浮き出てるのがわかる。

 というか、これ何回かやったことあるんだけど。記憶にしっかりと刻まれてるんだけど。

 ああ、なるほど。これが見えなかった記憶か。

「ん? これ? 私のとっておきの武器だよ。こうやって」

 私はさっき出した小刀を掌に持てる位置に出るように願う。

「おお、出た。出すんだよ」

 私は空間から出たそれを強くつかむ。

 因みにさっき使った小刀は左手に持っており、今出した小刀は右手に持っているという状態だ。


「異能、というやつか。は、そんなものを出す記憶は見なかったが。ああ、そうか、俺が見れなかったのはその類のものだったということか。ふん、面白い」

 ははは、とまたおかしくなったように吸血鬼は笑う。

 私は平然を装っているが、結構内面では慌てているので、それを見ることしかできない。

 というか、血を失いすぎて頭が働かなかった。だって、たぶん頭が働いていたら異能のことなんてこんな奴にばらさなかった。


 少し高らかに笑った後、いきなり吸血鬼は瞬間移動を使って私の腕をつかみ、この空間を支えられていると考えられる柱のひとつに向かって投げた。

 私はもう反抗する気力が残っていなかった。さっきあんな偉そうなことをことをさんざん思っていながら情けないことに吸血鬼のされるがままになってしまった。

「あれ? 反抗なしか。ああ、君がいたところ血がたくさんたまってるね。もしかして体のどっかけがしてる? あ、してるね。足が。なんか赤い液体が垂れてるね。そして少し黒いスニーカーも赤くなってる。うーん、俺の食料がなくなっていくのはいただけないな。よし」

 私のところに来た吸血鬼は私の腕をつかむ。

「君へのお仕置きはこうだ。死ぬまで体中の血を絞り出してやる」

 その言葉を聞いた後、私は完全に目を閉じた。

異能って憧れますよね。

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