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真昼の北斗星

作者:

誰にも人にはそう容易く見せられない、言えない、シークレットがある。人と人が出会い、惹かれあっていく時、その秘密を相手にどう見せるのか、許しあっていくのか。

誰もが自分を守りたい。でもそこを越えて誰かと向き合えたら、人が人と出会う意味はきっとそこにある。そんな事を思って書きました。

ぜひ読んでみて下さい。

「真昼の北斗星」


 鳥取砂丘のらくだの上で、下川君は突然、今度姫路で運行が開始されるN2000系統の新型車両の話を始めた。らくだが歩くたび起こる振動で舌を噛みそうになりながらもめげずに鳥取とも砂丘とも無関係の事柄を喋り続ける下川君に若干うんざりして、

「ねぇこれ、このさ、いつも跳ねてるこれって、鬼太郎の妖気アンテナですかー? 鳥取だけに」

と、話を遮って、しかもちょっと下川君が気にしている髪の癖毛のことを敢えてわざわざこのタイミングでらくだの上、背後から耳元で囁いてやったら、下川君は、悔しそうにしばし黙ったのち、

「佐里ちゃんは嫌いだ。お墓参りの前に、佐里ちゃんの緊張をほぐしたかっただけなのに」と一気にすねてしまった。


 そんな舌を噛みそうな、らくだの上から遡ること1年前。

参加した、とある合コンにて、どんなタイプが好きですかという質問タイムが勃発した時、ここが天下分け目の合戦とばかりにアピールしてくる男どもに混じって、こいつは明らか、数合わせ要員だろっていう、寝癖がエキセントリックにくるんと跳ねた、その無口な男子の番になった時、わたしは密かに注目していた。

「僕は、時刻表が読める子がいい」

と、彼は、ハマチは相模湾で獲れたのがいい、みたいな感じで朴訥と述べ、周囲からは失笑が漏れたが、わたしはなるほど、こいつは興味深いぞと思っていた。

だから、お開きになって足早に立ち去ろうとする彼を呼びとめ、半ば強引に連絡先を交換した。時刻表は生まれてこの方、開いたこともなかったけれど。


 ハマチも踊る、そんな合コンから3ヵ月後。

扉を閉めたのに、外の雨の音がほぼ、そのまま聞こえていて、玄関でわたしは思わず振り返ってしまった。それを見て、

「このアパート、古くて」

と、恥ずかしそうに笑った下川君を、いいからいいからと、まるで自分の部屋かのように押して、上がりこんだ部屋は綺麗に整頓されていた。

「電車のポスターとかは、ないんだね」

一通り部屋を眺め回したわたしはそんな感想を漏らした。下川君の電車LOVEを日頃聞かされていたわたしは、初めてのお宅訪問にあたって、わたしなりに色々想像していたのだ。が、その当てが外れて安心したような、そうでないような。

「そういうのはないかな。上村さんは、ブラックでいいんだよね?」

慣れない手つきで台所からコーヒーを運んできてくれた彼を見て、思わずわたしがやろうかと言いそうになる。

「ねぇ、そっちの部屋は?」

小さなテーブルに向き合って座ると、わたしは下川君の背後の襖に視線をやった。

「あぁ、そっちはね、足の踏み場がないから」

「そうなんだ。この部屋はすごい片付いてるのに?」

「まぁね、奥の部屋に押し込んだんだよ」

下川君の淹れたコーヒーはブラックなはずなのに、やたら甘かった。でも、残すのもなんだし、頑張って飲んで飲んで、ようよう、飲み終わろうかという頃、猫のようにチロチロ自分の分を飲んでいた下川君がおもむろ、呟いた。

「ねぇ、僕のコーヒー、苦いんだけど。もしかしたら、反対だったかも」

かも、じゃねーわ。


 そんなやり取りの後、速攻でコーヒーを取り替えてから3時間半後。

わたしはまだ彼の部屋にいて、コーヒーはビールになって、それも飲み干して、二人で深夜のコンビニに行きその結果、ビールから冷酒とスルメに変って、なぜか下川君はプッチンプリンを食べだして、この無防備な感じ、ここまできたら、この人を信用してもいいのかもしれないと思ったわたしは、よせばいいのに、話し始めてしまった。身の上話とか。

「・・・それで、もう鳥取、ていうか地元にはいられないって思って、そのまま夜行バスに乗って東京に出てきた」

長い割には救えないわたしの話を最後まで黙って下川君は聞いていてくれた。

「後悔してる?」

「赤ちゃんに、申し訳ないっ」

搾り出して声にしたら、まさかって思ったけど涙がこぼれた。びっくりして止めようとしたら、無理だった。これじゃ、弱いところを惚れた男に見せて同情買う安い女みたいじゃん、そんなの絶対やだ。そう思われるのが悔しくて全力でまぶたに力を入れた結果、目を見開いたまま、馬鹿みたくだーだー涙は流れてしまった。みっともねぇ。

「鳥取に帰ろうよ、一度。僕も一緒にいく」

そう言うと下川君は笑ってハンカチでぐいぐい涙をぬぐってくれた。


 話は冒頭に戻って、下川君がすねてしまったらくだの上から1週間後の昼下がり。

わたしは前日の金曜の夜から、下川君の部屋に泊まっていた。

下川君所有の「A列車で行こう」に飽きて、わたしが無駄と知りつつ、奥の部屋を見たいと迫ったら、いつもははぐらかすくせに、今回は存外マジメな顔で本当に見たいかと聞き返された。座り直して頷くと、下川君は後ろ手で、襖の取っ手を掴んで、今までのもったいぶりが嘘みたいな潔さでスパンと開けた。


 襖の奥には、足の踏み場がないほどに、ジオラマが広がっていた。縦横に走った線路。駅舎やレール上に配置された何台もの列車。線路を取り囲むように広がる精巧な町並み。駅から商店が続き、人がいて、町外れには畑があって奥には山もある。

下川君が何か機器をいじると、モーター音が響き、駅舎から赤くて、頭に二つライトを並べた列車が走り出した。警笛が響いて踏切が下がると、列車はそこを走り抜けていく。

「寝台特急北斗星。こんな昼間にはあまり走らないけれどね。だから見れたら幸運があるって言われてる」

そっと、一歩部屋に踏み込む。

「凄いね」

わたしはようやくそれだけ言えた。

「この前、鳥取に行ったでしょ?それで、二人で、佐里ちゃんの、赤ちゃんのお墓に行った」

話がどう続くのか分からなくて、わたしはただ頷く。

「心の一番痛い部分を、見せてくれてありがとう」

それを聞いたら、あぁって声が漏れて、思わずしゃがんでしまった。

下川君はわたしの手を取ると立ち上がった。窓辺まで走っていった北斗星がトンネルを抜け、網戸から吹き込む風に押されるようにカーブを描きながら戻ってくる。

こちらこそありがと、言おうとしたら、風に翻るノースリーブの裾ごと巻き込むように下川君に抱き寄せられた。引っ張られてよろめいたら、足裏がレールか何かを踏みつけた。あ、と思って下を見たら、額が下川君の胸にぶつかった。いいよ、大丈夫、こっちに来て。顔を上げさせられ、頭を肩に預けたら、その向こうに赤い列車がのんびりと走っているのが見えた。(終)

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