トラジディは突然に(K)
「さっきの女の子、なんだったんだ?」
すれ違いざまチラと見ただけだが、確かに美人だった。それに、結構デカめの乳だった。GW明け早々良いものを見れたな、なんて思いつつもう一度歩き始めた。
僕がもう一度歩みを止めてしまったのは、それから7、8分が経過した頃。時間で言えば、8時直前。学校の始業時間にはまだ全然間に合うけど、少しばかり焦りを感じていたんだ。何故かって? そりゃ勿論、僕が歩みを止めたのは、道にトラが居たからさ。トラってあれだよ、動物の虎。
アスファルトの灰色からは著しくかけ離れた、金色の虎が居たんだから、初めは何が視界に入ったのかなんて、そりゃあ理解できなかった。最初の一瞬は、「大阪のおばちゃんかな?」なんて思ったりもしたけど、やっぱ虎型だったんだ。見間違えられない、「ありゃ虎だ」ってね。
虎だって認識しても尚、この現実を一瞬非現実だと思ってしまって、驚くことが出来なかった。だってそうでしょ? 通学路に虎、あるかい? いやないよ。あり得ないね。でもあったんだ。やっぱり虎なんだ。どうしようかこれ。どうすれば良いと思う? そんなの誰も知らないよ。
普通ならさ、別の道を通るか、家に帰るかの二択だよね。でも違ったんだ。僕はやっぱり現実だって思えなくて、虎を幻覚か夢か、そんな風に考えてしまったんだ。朝の家内の騒動は、これが現実だということを証明していた。僕は今まであんなことを夢に見たことが無いし、これからもないだろう。だから現実だ。現実。だけど、今の僕のこんがらがった脳みそにはそんな事どうでも良かった。
虎は、幻覚。思い込ませるわけでもなく、既にそう思っていた。だから前に進んでしまったんだ。幻覚なら危害は無いでしょ、そんな風に考えてね。でも近づいてみるとやけに毛並みが繊細だし、フィクションに出てくるような逞しい虎じゃなくて、躰が妙に細かったりしていて、すっごいリアルなんだ。
その時やっと悟った。それは幻覚じゃなくて、厳格に実在の虎だった。理解して尚、歩みを止めようとしなかったけど、足が前に出なかった。僕の足は沼に捕まったようになって進路を失った。後ろに戻れば良いとも思ったけど、虎から目を離すことが出来ない。何をしてくるかわからない恐怖、奇妙な風景を最後まで見届けようという義務感。その二つが綯交ぜになって僕の目玉を惹きつけていた。
……暫く経った。何分経ったかわからない。もしかしたら1分さえ経っていないかもしれないけど、腕時計を見ることさえ叶わず、ただ静止していた。それは虎だって同じ。ただ座ってじっとしていて、動かない。たぶん起きてはいるはずだ。だけど、僕を食べようともしない。
そんな僕と虎の、沈黙の交渉劇にも終止符が打たれた。
突然虎が呻きを発する。僕は体から心臓が飛び出るかと思うほど驚いて、でも同時に「逃げる」という選択肢が頭に生まれた。逃げよう! 咄嗟に逃げようとした。けれどまだ虎を見続けていて、足がもつれてコケた。でも、コケたおかげで虎から視線が外れた。
立ち上がろうとして地面に腕を立てたとき、虎の奥に、ある人影が見えた。それは神父のような格好で、極めてシンプルな猟銃を構えている。
「You are the happy student(君は幸せな学生だ)」
神父風の男は僕にそう呟いた。男は虎に視線を戻して、もう数発弾を撃ちこんだ。ああ、この人が撃ったから虎は呻いたのか。僕はやっと理解して、感謝の意とともに、深い安堵のまどろみの中へと沈んだ。
どうもKでございます。僕が書いた第二話、ここまでお読みいただきありがとうございます。この後書きでは、何故こんな話になってしまったのかなどの心境を語っていきたいと思います。次話以降の内容に触れるものではありませんので、軽い気持ちで読んでいただいても、スルーしても問題ありません。
さて、すれ違いざまに女の子が言った、「やっと見つけた」という台詞。僕はこれを、逃げ出した飼い猫を見つけたということにして、「なんだ、(目当ては主人公の)僕じゃなかったのか」という展開に持っていこうと考えていたわけです。でも前の話を読み返してみたら、「振り向いたら女の子の姿が無かった」と書かれていて。ああ、この展開使えないな、と。
そこで僕は、どうしようかと軽く路頭に迷ってしまって。主人公がするべきことと言えば学校に行くくらいなもんですから、「じゃあ学校まで行って何かひと悶着起こそうかな」なんて思った矢先、閃いたわけです。佐村○内氏の言葉を借りると、「降りてきた」わけです。それからというもの、思考を大して働かせもせずあんな文章を書いたわけです。
虎、僕は子供のころから虎が好きで、たぶんそれが根源なんじゃないかと思うんですけどね。で、途中から我に返って、「虎どうすんだこれ?」ってなったんです。ああどうしよう。こんなところで主人公覚醒させたくないぞ、と。じゃあ主人公以外の要因でぶっ潰すしかないな、と考えて。そこで神父が思いついたわけです。正確には神父"風"の男ですが。
他の作品でも、神父の格好なのに性格が乱暴なキャラって多いですよね。だから、テンプレに従って神父はhappyな野郎にしたんです。決め台詞にはhappyを入れる、ということをマイルールとして決めておいて。だから"happy student"って格好つけたわけです。
その後主人公は緊張、それから弛緩のあまり眠ってしまいます。ここはどういうことかと言うと、「虎と出くわして正体不明の男に助けられた」後で学校に向かうのもおかしいと思ったので、眠っている間に「神父にどっかの施設か研究所に連れていってもらおう」という意思を込めて、次のOに引導を渡したんですね。その後どうなるかなんて知らずに。