見つからない店
次の日の朝ほど、目覚めの良い日はなかった。今日は、晴天。太陽の光がより一層輝いてまぶしい。僕はいつものように、支度をして家を出る。今日は、忘れ物はない。僕は、いつものように地下鉄に乗り、いつものように会社に着いた。着くと同時に、僕はお店のリストを整理し、自分が行きたいと思った店をピックアップした。
しばらくすると、二日酔いの松下、続いて谷口さんが出勤してきた。松下は、席に着くなり寝てしまった。谷口さんも、頭を抱えている。僕は、昨日のお礼に谷口さんのデスクへ向かった。
「谷口さん、おはようございます」
「おう……、中川か」
谷口さんは、チラッと僕を見上げて、またうつむいた。
「昨日は、ありがとうございました」
「ああ、いいよ。あのあと、連絡したのか?」
「いいえ、連絡がきました」
「そうか、よかったじゃん」
「谷口さんのおかげです。ありがとうございます」
「構わんよ」
谷口さんの素っ気ない態度に、あまりからまない方がいいと思った僕は、「失礼します」その場を後にして、自分のデスクで資料のチェックをした。
また昨日同様に、ラジオ体操をやり(富田さんは、この日も機嫌がよかった)編集長に挨拶したあと、気持ち高々にお店探しに繰り出した。
ここからの四日間が、地獄の始まりだった。
今日は、西区方面に向かう。地下鉄の東西線に乗り、ピックアップしたお店の駅まで向かう。琴似駅で降り、駅の外に出た。小さい頃に来たときの記憶より、かなり栄えていた。高層マンションが建ち、人で結構にぎわっている。ここに、僕の探しているお店がある。その店は、意外にもすぐに見つかったが、僕のイメージと違うので、ボツにした。
もう、ゆっくりしてられないので、ストイックにいくことにしたのだ。よって、イメージに合わないお店は、失礼ながらボツにしていく。そのかわり、数多くのお店をまわると決めたのだ。馬鹿な僕には、これしかない。というより、これしか思いつかなかったのだ。 そう思うと、無知な自分が情けなくなったもくるが、しょうがない。頑張るしかないのだ。
この日だけで、十件近くにお店をまわったが、お店が決まらなかった。中には、いいと思うお店もあったのだが、僕のイメージする味ではなかったり、取材の申込みを断られた。無理に載せてもらっても、こちらも気持ち良くない。
札幌には、たくさんのお店がある。僕の理想のお店は、まだいっぱいあるに違いないが、取材できるお店は、一握りもないだろう。これから、それを見つけなければいけない。とりあえず、今日はこのへんにしとこうと思い、会社に戻ることにした。
会社で、編集長に報告をして、帰り支度に取りかかる。明日は、きっと見つかると信じて……。
それから一週間、僕は何も収穫がないままでいた。札幌中を歩いた自信もあるし、かなりの件数のお店もまわった。けど、ときめくお店が一つもなかった。
会社に戻り、疲れ果てた僕を会社中が見ている。「あいつ、大丈夫なのか?」「生きてるのか?」という視線を投げかけるが、声は掛けてくれない。声をかけられないオーラが出ているのだろう。新鮮さのない、新人らしからぬお疲れオーラが、みんなと壁を作る。そんな視線さえ感じないぐらい、僕は、疲れ果てていた。部活でもこんなに疲れたことはない。
「中川――」
編集長に呼ばれた。
「どうだ、ダメか?」
「はい、まだ見つかっていないだけです」
「そうか。明日は休みだが、どうするつもりだ?」
「特に考えていないですが、少し英気を養おうかと……」
「それじゃだめだ!」
編集長が怒鳴った。その声に、社員全員が僕たちを見てる気がした。富田さんさえ、驚いたに違いない――いや、驚いてないか……。
「この企画には、うちの雑誌の命運がかかってるんだ。休みを削ってでもお店を早く見つけて、取材しろ! わかったか?」
「はい……。失礼します……」
僕は、肩を落とし、自分のデスクに戻った。みんな僕を哀れんでいる。みんなそんな目で見ないでくれ。僕は、心の中で思った。
次の日、僕はお店探しに出かけた。パチンコ以外で出かけるのは久しぶりだ。おふくろには、「パチンコかい?」と言われたが、何か喋る気がしなかったので、そのまま出てきた。
もう五月だが、曇り空が肌寒く感じる。まるで、休みの無くなった僕の気持ちのような感じがした――でも、どこへ行こう?
気がついたら、新聞と馬券を手にウインズにいた。窓側の椅子に座り、新聞を見ているが、もう三レース負けている。僕は立ち上がり新聞をゴミ箱に捨て、外れ馬券を最近持ち始めたタバコに入れて、ウインズを出た。それから、ふらふらと歩いた。
さっきから、自分が何をしているのかわからない。もう札幌駅の大きな建物が見えていた。でも、この感じは何だろう。ここには何かある。僕のアンテナがお店の電波を察知している。日曜日なのに、人がいっぱいいる中、僕はその場に立ち尽くした。
今日は、疲れた。家に帰ると、僕はベッドに横になって、寝ていた。
週の始めの月曜日、みんな浮かない顔をしている。仕事というのは、大変だ。
僕は、今日もお店を探す。そして、何にも収穫のないまま、今日が終わる。そんな日が、三日続いた。三日目の仕事終わり、編集長が僕に近づいてきた。
「どうだ? 一杯やるか?」
「どうもそういう気分には……」
「仕事がうまくいかないときは、酒をかっ食らうのが一番だぞ。ほら、行くぞ」
「はい……」
僕は、編集長に連れられ、会社を出た。