同級生の助言
そう簡単にうまくいかない。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。優衣さんにいい記事を読んでもらいたい、その一心で、気持ちを切り替えるしかなかった。
「さて、次は……」僕は、歩きながら次の店を探した。
――食べずに、まず店の人に取材の申し込んだ方がよさそうだ。このまま食べ続けたら、体が壊れてしまう。もうあんな目に合うのもやだし……。家庭的なお店が理想だが、なかなかコース料理をやっているところが少ないから、やっぱりレストランかな。待てよ……、単品をコース料理風に、オレがコーディネートするのも面白いな。でも、相手は職人だし、素人にああだこうだ言われるのも、面白くないだろうな……。やっぱり、コース料理をやっているレストランにあたってみよう
僕は、いろいろ考えながら、リストに目を通した。
――ここの近くに、一軒あるな。ここあたってみるか。
遠くもないので、運動がてら歩いて次の店に向った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
最初は順調に坂を上っていたが、食事の後とあって、かなりキツかった。それに加えて、予想外れの天気に、体力が奪われていく。こんな思いをするなら、バスに乗ればよかったと、僕は後悔した。
もうすぐ坂の頂上というところで思い出した。ここは、僕の親戚の家の近くだ。それなら、親戚に聞けばよかったと、またしても後悔した。ここまで来て、引き返せるわけもなく、僕はそのまま自分の足で、次の店に向った。
――昨日は怒られてばかり、今日は後悔ばかりだな……。
僕は、やりきれない気持ちで一杯になった。
やっと、坂の頂上付近まで辿り着いた。近くの大学では、学生が楽しそうにキャンパスライフを過ごしている。僕はそれどころではない。久しぶりに運動したような気分になった。足が棒になるとはこのことかと、僕は感じた。足が震えて、動かない。
――完全に、運動不足だな。
自分の不甲斐なさを、再確認した。僕は、大学の校門の向かいにあるコンビニに入った。ほのかに冷たい空気が僕を包んだ。本売場で、飲食店を紹介している雑誌を読んで、疲れを癒す。しかし、Yシャツに薄らとついた汗は、なかなか乾かなかった。
しばらくして、本に夢中になり、かなりの時間が経っていることに気づき、僕は何も買わずにコンビニを出た。外に出た途端、急に足が歩くのを拒んだ。華やかな大学を横目に、動かない足を必死に前に押し出し、坂の頂上へ進む。
頂上に着くと、前に見えるのは下り坂だ。僕は、ふうと息を吐いた。スーツの中のYシャツは、びしょびしょのままだ。その僕の横を、大きな音をたててバスが通る。上るときに下を向いていたため、バスの停留所に気づかなかった。気づいていたら、すぐにでもバスに乗っていたのにと後悔した。僕は、今日何回目の後悔かを歩きながら、指を折って数えていると、数える指の先に小さなレストランが見えた。目的地が見え、僕は後悔の数を数えるのをやめ、お店に向って歩いた。と同時に、帰りはバスに乗ることを決意した。
お店の前に着き、取材を申し込もうと店内をのぞくと、店員が忙しそうに動き回っている。完全に取材の時間帯を間違えた。だが、仮にもレストランと名乗っているなら、もう少し落ち着いて接客してもらいたいものだ。
僕はとりあえず、道路向かいにある喫茶店に入ることにした。信号を渡って、喫茶店に入ると、レストランと対照的に客がいなかったので、少しゆっくりできる時間ができて、僕には好都合だった。ウエイトレスにアイスコーヒーを頼み、比較的窓から近い席に座った。
プリントを見直しながら、このあとのスケジュールを決めかね、編集長に怒られるのを覚悟で相談しようと携帯電話をポケットから出したとき、窓越しに彼女らしき女性と歩いている男と目が合った。お互いに驚いた顔をして、手を振りあった。高校時代の同級生の丸山八馬斗だった。丸山の視線を追うように、彼女もこちらを見て会釈した。丸山がこちらを指差し彼女がうなずくと、二人は店の中に入ってきた。
「カズ! 久し振りだな!」
丸山は、僕の左腕を叩きながら、僕の前に座った。彼女も、丸山の隣に、自分の荷物を抱えながら座る。僕のアイスコーヒーを持ってきたウエイトレスに、丸山が同じアイスコーヒーと彼女のアイスティーを頼んだ。
「高校の時以来か?」
「そんなに経つか?」僕も懐かしさを感じていた。
「こちらは?」
「あぁ、彼女」
「中畑二海です」
「初めまして。中川です」
二海さんは、読者モデルのように可愛く、茶髪のボブで、そのヘアスタイルに、ハンチングの帽子がとても似合っていた。だが、僕は優衣さんの方が魅力的だった。
「いくつなの?」
二海さん本人には訊かず、丸山に訊いた。
「同い年」
「もう長いのか?」
「一ヶ月ぐらいかな?」
「そうだね。ちょうど一ヶ月」
「お前、それぐらいしっかり憶えろよ」
「憶えてるよ! お前は憶えれるのか?」
「憶えれない」
二人で、声を出して笑う。二海さんも、僕たちにつられて笑った。何だろう、ただ丸山の笑った顔が見れたことに、二海さんは笑ったんだと思った。
「でも、羨ましいなあ。こんなかわいい子」
「ハハッ」
丸山は、笑っただけで否定しない。
「昔のお前からは想像できないな」
丸山は、高校時代同じ部活で汗を流した仲だ。当時は、お互い部活一本の仲だったが、丸山の方は男前で女の子に人気があったが、そちらには目もくれない硬派気どりの男だった。僕は、丸山を羨ましく思っていたのは言うまでもない。僕は、モテなかったからだ……。
「そうか?」丸山は、トボけながら言う。
「二人は、仲良かったの?」
「高校時代は、けっこう遊んだよな?」
「ああ、二人で買い物行ったり、ボーリングやビリヤードもやってたよな。お前がさ、オレん家に泊まりに来たときなんてさ、深刻そうにオレに相談してきてよ」
「おい、彼女の前で変なこと言うなや!」
丸山は、飲んでいるアイスコーヒーを噴き出しそうになりながら、恥ずかしそうに話をさえぎった。
「何? 相談って?」
二海さんの方は、興味津々のようだ。
「それがね――」
「やめろって言ってるべあ!」
丸山が、意地になって話を止めに入ってくる。僕は、面白がって話そうとし、二海さんも丸山の態度が面白いのか、しつこく訊いてくる。丸山は本当に聞かれたくないらしい。そんなやり取りを、三人で笑いながら楽しんだ。
「そんなことより、お前ここで何してんのよ?」
丸山が、我に返ったように訊いてきた。
「お前の家、こことは反対だべ? まだ実家なんでしょ?」
「ああ、仕事だよ」
「まあ、その格好を見ればわかるよ。スーツ姿で、温泉には行かないしょ」
丸山は、僕をなめるように見ながら、鼻で笑うように言った。
「そう? 行く人は行くんじゃない?」
二海さんは、笑いながら言った。丸山が、一つ咳払いをした。
「いや実はさ、この向かいのレストランが一段落するのを待てんだよ」
僕は、窓の方を指差して言った。
「何で?」
「〟月刊フードボーノ〝っていう雑誌知ってるか?」
「知らない」
「私は、けっこう見てるよ」
二海さんの方が、食いつきがよかった。
「その雑誌の企画で、取材してまわってんだよ」
「お前すげぇな! 広告代理店で働いてんのかよ?」
丸山は、信じられないといった表情で僕を見た。
「私の友達も、あの雑誌見て食べ歩きしてるみたいよ。女性には、けっこう人気あるみたいよ」
「その雑誌の企画やってんの? はぁ~、お前がね……」丸山は、腑に落ちない様子だ。
「人は、見かけによらないんだ」
二海さんが、ボソッと言った一言を、僕は聞き逃さなかった。
「それどういう意味?」
「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃ……」
「冗談ですよ」
僕が笑い飛ばすと、「ふぅ~」と二海さんが一安心のため息をついたのを見て、僕と丸山は大笑いした。二海さんも笑っていたが、「でも……」と、重い口を開いた。
「私は、あそこの店あんまり好きじゃないなあ」
「そうなの?」
「料理とかじゃなくて、接客があんまり好きじゃない、感じ」二海さんは、首を傾げながら答えた。
確かに、料理がおいしくても、接客の悪い店にはあまり行きたいと思わない。しらじらしい店や変に馴れ馴れしい店もだめだ。僕の理想は、そういう接客も加味して、みんながいい店と思う店が理想だ。じゃあ、この向かいの店はボツだなと、僕は思った。
「そうか……」そう言われてしまうと、行く気も無くす。
「他に、いい店ない? オレの理想としては、家庭的な店がいいなと思うんだけど……」
「レストランでしょ?」
「そこにはこだわらないんだけど……」
「ここら辺は、チェーン店しかないからな」
「みんな食べに行ったりするとき、街に行ったりするからね。私たちも、街行くし」
「そうだな」
二人の意見を聞いてると、僕は返す言葉も無くなった。考えが甘かった。そうそう簡単に、隠れ家的な店が見つかるわけがない。簡単に見つかっては意味がない。自分の考えの甘さで、八方塞がれてしまった。
しかし、僕は見つけるしか選択肢がない。向かいの店がダメなら、札幌中まわって探さなければならない。
「わかった。ありがとう」
「わりぃな。力になれなくて」
「そんなことないよ。今度、暇見つけて飯でも行こうぜ。番号教えて」
僕は、丸山と赤外線をして、お互い番号を交換した。
「そんときは、お前も彼女連れてこいよ」
「わかった。二海さんもありがとう」
二海さんは、優しく微笑んでくれた。
「ここオレだすから。あとお前、浮気すんじゃねえぞ」
「しねえよ」
丸山は、笑いながら言った。僕は会計を済ませ、二人に手を振って店を出た。