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任された仕事

 「今度の企画なんだが、編集者がある特定の店を取材して、料理を紹介する企画なんだが、どう思う?」

 「う~ん、面白い企画だと思いますよ。うちの雑誌は売り上げもいいし、食いつきもいい企画だと思いますけど、紹介する以上、そこら辺のレストランでは納得しないと思いますよ。何か隠れ家的な要素がないと――」

 僕は、書類を片手にまたも調子に乗って、自分の思っていることを言ってしまった。しかし、編集長は大きく頷き、

 「君もそう思うか。じゃあ、君に任せた」

 「へぇ?」僕の耳は正常に働いているのだろうか。

 「聞こえなかったか?お前がやるんだよ、この企画」

 編集長は、僕が持っている書類を叩いた。

 「いやいやいや……」僕は、笑いが止まらない。

 「こんな新人の僕にできる企画じゃないですよ! 第一、紹介できる店なんてないし……」

 僕は、断る気満々だった。しかし、編集長は、

 「紹介できる店というのは、自分で見つけるものだよ、中川」

 「それにしたって――」僕は、まだ決心がつかない。

 「君のベネットカンパニーでの話を聞いたとき、この企画に適任だと思ったんだ。まあ、君より有能な奴はいっぱいいるがな」

 褒めているのか? けなしているのか? 僕の目が、疑いの目になる。

 「別に、強制じゃないから。いやならいい。最初の通り、富田君にやってもらおう。君が断った企画として――」

 「やります!」僕の決心がついた。

 富田さんに、弱みを見せるのはいやだ。絶対に絶対にいやだ! さっきのこともあるし、また富田さんに下に見られるのはいやだ。まあ、償いのつもりで見返してやる。僕は、俄然やる気がでた。

 それにしても、この編集長はかなりのやり手だ。人の気持ちを動かすのが、かなりうまい。僕なんか、手の上で転がされているみたいだと思った――とにもかくにも、任された初めての仕事だ。絶対いいものを書いて、編集長や富田さんを見返してやる! 決意した僕の中で、メラメラと燃えるものがあった。

 「そうか! じゃあ、頼んだぞ。さっそく行って来い」

 「はい――えっ?」

 「善は急げだ。行け」

 「はい……」

 なんか会社を追い出された気分だ。だが、仕方ない。僕は、また傘とコート、カバンを持ち、出発しようと思った。だが、その前に、

 「富田さん、今日は、本当にすみませんでした。これ、取材のときのカメラです」

 富田さんは、カメラをひったくるように、僕から奪った。

 「編集長はなんて?」

 僕は、編集長に言われたこと、そして初めてもらった仕事のことを話した。話の途中で、富田さんが血相を変えて、

 「なんですって!」と言うと、ドタドタ音をたてながら、編集長のデスクに向って行った。富田さんが、何かもの凄い勢いで、編集長に文句を言いているのがわかった。会社中が、そのやり取りを見ている。編集長は、頭を掻いている。僕は、逃げるように会社を出て行った。

 

 もうお昼を過ぎていた。今日はまだ何も食べていなかった。食欲がない。まあ、昼間の出来事を経験すれば、誰でも食欲がなくなるものだ。

 ――それより、どこに行けばいいんだ? 今まで、富田さんの後をついて行っただけだから、何をしていいのかわからない。とりあえず、富田さんがやっていたことを思い出してみる。

 ――えっと……

 

 !!!

 

 「イタッ!」

 「キャッ!」

 思い出しながら歩いていたら、前から来た女性とぶつかってしまった。

 「すみません! 大丈夫ですか?」

 僕は、女性の手を取り、体を起こした。

 「いいえ、こちらこそ」女性は、恐縮した。

 「……」

 「?」

 ――なんてきれいな人なんだ。けど、どこかで見たことがある……。僕は、女性を見つめながら、必死で思い出そうとした。

 「あの――」女性が、不思議そうにぼkの顔をのぞき込んだ。

 「す、すみません」

 僕は、慌てて女性の書類を拾い上げる。隣で女性も書類を拾っていた。

 「あっ」

 女性の手と僕の手が触れた。とてもきれいな手だった。

 「あの~、それ――」

 女性が、僕の持っている書類を指差した。

 「あっ、すみません。はい」僕は、女性に書類を渡した。

 「すみませんでした」

 と、頭を下げると、女性は、足早にその場を後にした。

 

 それにしても、きれいな人だった。手と手が触れたときは、心臓がドキドキした――ドラマだったら、あそこから恋が始まるんはずなんだが、現実、無理だろうな。きれいな女性には、結婚の話がついてまわるものだ。あの女性にだって、もうフィアンセの一人や二人いるだろう。式場とか決めてるのかな? 大切そうな書類だったし……。ていうか、こういう妄想をしていること自体が、モテない男の証拠だよな……。あれ? 何を考えてたんだっけ? そうだ! 富田さんが、やっていた行動を思い出してたんだ。えっと……

 

 !!!

 

 「イテッ!」

 また、ぶつかった。今度は、両手に大きな荷物を持っている、しゃくれたおっさんだった。

 「どこ見て歩いてんねん! 気ぃつけろや!」

 「すみません……」

 しゃくれたおっさんの関西弁に圧倒され、僕は深々と謝った。

 「そんなとこに立ってたら、邪魔やで」

 よく見たら、ここは大手デパートの前だった。

 「気ぃ付けや!」

 しゃくれたおっさんは、大股で去って行った。 

 今日は、怒られてばかりだ。きれいな女性に会っては、怒られる。今は、関西弁で怒られた。

 ――今日は、踏んだり蹴ったりだ。ここは、気を引き締めて、富田さんの行動を思い出そう。えっと……

 

 !!!

 

 そうだ! 僕は富田さんと一緒にいたけど、何にも見ていなかった――富田さんが、たまに取材に連れてってくれたときも、電話で交渉してるときも、ボーっとしてたり、携帯でサイト見てたりして、遊んでたからな。よく富田さんに叩かれたっけ――待てよ、店に行ってドンドン取材申し込んでたな……。そうか! ドンドン取材を申し込めばいいんだ!

 このとき、初めて富田さんと仕事していてよかったと思った。

 ――富田さん、ありがとう! このとき、初めて富田さんに感謝した。

 

 とりあえず、お店を探さなければ始まらない。それも、誰も知らないような隠れ家的なお店を。ここにいてもしょうがない。こんな駅前通りに隠れ家的お店が――

 「あっ、〟ベネット〝だ……」

 僕は、この横文字に敏感に反応するようになっていた。そして、体全体が悲しみで満たされた。

 やはり、駅前通りに面しているだけあって、小洒落たお店が多い。僕が、求めるお店は一つもない。仕事途中のサラリーマンが集まりそうなコーヒーショップや、若者が行きそうなアパレルショップの入ったビル、商店街には、パチンコ屋にドラックストア、楽器・CDショップ。何人かの黒人がビラを配っている先にジャンクフードのお店がある。隣の中道を覗くと、いろんなビルの中にいろんな飲食店が入っている。九州料理のお店に魚介類専門店、安そうなスナックに小汚い居酒屋。どれも僕の求めている店ではない。その反対側の中道を見ると、ウインズの大きな看板が緑色に光っている。来月始めは、日本ダービーだ。

 そこを抜けて、国道三六号線を渡ると、日本でも有名なすすきのがあるが、今は静かなものだ。夜になると、僕の父親ぐらいの年齢のおじさんが、若いお姉ちゃんを連れて食事に行く。そのあと、一緒の女性のお店に行って、高いお酒を飲まされ、高いプレゼントをせがまれるのだ。まあそれで、おじさん方のストレスがとれるなら、それもいいだろう。僕には、縁のない話だ。そんなことにお金を使うなら、女の子のフィギアを買った方がまだマシだ。もちろん、そんなものに興味はないが、言葉の文として言っておく。

 それよりもお店だ。やはり、街中のお店は聞いたことのある名前ばかりだ。中には、富田さんと一緒に取材したお店もあった。だが、僕の気持を昂らせるお店はない。現在、二時。まだ時間はある。僕は振り返り、こことは反対側へ足を進めた。ここよりは、何かいいお店があるかもしれない。

 歩いているときも、辺りを見渡しながらお店を探すが、この辺りは企業密集地帯。おまけに、僕の働いている会社まである。こんなのところに、お店はない。あるにはあるが、僕の気持は高ぶらない。僕は、迷わずに足を進める。すると一〇分後、前方に大きな建物が見えてきた。


 ここは、JR札幌駅と統合した巨大ショッピングモール。高級ブランドから子供用品まで入っている。その隣には、タワーのように高くそびえる有名ホテルに、大手家電用品店。周りにも、大手デパートや本屋、パチンコ屋がある。老若男女、観光客から地元の人まで、駅の南口は多くの人でごった返している。タクシーの数もハンパじゃない。

 しかし、僕の求めている場所はここではない。小さなスクランブル交差点を渡り、駅構内に入る。駅の中も、多くの人が動いている。唯一、止まっている人と言えば、地元テレビの公開生放送のブースだけだ。今日のゲストは、人気韓流スターらしい。なるほど、どおりでおばさんが多いわけだ。異文化交流の前のざわざわ感を横目に、僕は北口へと向かう。今は禁煙ブームもあり、喫煙ルームは白煙で何も見えない。かなりの人が、タバコを吸っているみたいだ。喫煙ルームを通り過ぎて外に出ると、企業マンのスーツ姿が多く見えた。南口ほどではないが、こちら側も企業が密集している、なぜ、日本人は企業同士密集し合うのか、不思議でしょうがない。

 だが僕は、ここに僕の気持を高ぶらせるお店があると予想していた。この辺りのテナントは、これから人気が出るあろう場所である。まだ紹介されていないお店もあるだろうと思っていたが、世の中そんなに甘くない。飲食店が、意外に少なかった。僕は少し、夢を見過ぎていた。映画のように、見渡す限り飲食店が敷き詰められている光景を思い浮かべていた。自分の愚かさを、哀れに思った。

 でも、僕のアンテナは軽い電波を感じているような気がした。だが、どこを探してもお店はない。誤作動だろうか? しかしここは、数年後有名な飲食店街になるだろう。それを期待して、今日は帰ることにした。この予想も、誤作動かもしれないが。

 結局、今日は何も収穫がなかった。だが、この調子で探せば、札幌にも一件ぐらい僕の気持を高ぶらせるお店はあるだろう。僕は、会社に帰る前に、家電用品店で自宅のテレビのリモコンの電池を買って帰った。


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