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ベネットカンパニー

 目の前の門越しに、大きな工場とオフィスがある。日本の工場とは違い、何か外国の映画に出てきそうな、静かなる雰囲気がある。正面から、大きなトラックがこっちに向かって走り、大きな門が自動的に開くと、大きな音を立てて走り去って行った。走って行くトラックを見ていると、ちょっと大きめの駐車場に、〟ベネット〝と看板に書かれたパン屋がある。雨上がりにも関わらす、車の行き来が激しく、店の中もごった返している。

 「早く来なさい!」

 富田さんに怒鳴られ、急いで駆け寄り、工場の中のオフィスヘ向かった。

 

 入口の自動ドアが開いて、二人で受付に向かう。富田さんが本当にきれいな二人のお姉さんに、

 「〟月刊フードボーノ〝の取材で来たのですが――」

 「承っております。どうぞこちらへ」

 受付の一人のお姉さんに先導され、建物の奥に進んで行った。

 建物の中は、とてもきれいにされていて、観葉植物が置かれていることで、とても清潔感が感じられる――先導してくれているきれいなお姉さんも、黒髪にロングヘアー束ねくるりとひねりながら後ろで止めている。うなじが気品さを表し、キリリとした目がとてもきれいだ。スタイルも抜群。そんなきれいなお姉さんに案内してもらえるなんて、僕はなんて幸せ者なんだと、一人で考えていた。


 エレベーターに乗り三階に上がり、さらに奥に進んで行くと、パンの香ばしい香りが建物の中を漂っていた。

 「実に、いい香りですね」

 「……黙って」

 「ふふふっ」

 僕たちのやり取りを見て、きれいなお姉さんが微笑んだ。

 「すみません……」

 富田さんが、きれいなお姉さんに誤り、そのあと僕を睨んだ。

 この人にとってこのパンの香りは、ケンカを売られているくらい、理性を奪われてしまうみたいだ。富田さんの顔を見ればわかる。お腹の音を立てまいと必死で頑張ってる――こういうときは、黙っているのに限る。この前、同じ状況でからかったら、ヒールの高い靴で蹴られ、その痕は、今でも残っている。からかいたい気持ちを押し殺して、待ち合わせの部屋へ進んだ。

 右手前方に、窓越しになっている壁が見えた。その窓からは、パンを作っている様子が見学できた。ここまで大きな会社になると、働いている人数も仕事の速さも半端じゃない。材料を混ぜてパン生地を作る人、パン生地を捏ねる人、パン生地を切り分ける人、さらに捏ねる人、成形する人、刷毛で何かを塗っている人、鉄板に並べる人、焼く人……。全員の紹介をしていたら、きりがないほど人が動いている。僕は、こんな大きな会社なのに、人の手に近い形で作られていることに感激した。

 窓越しに、その作業を見ていたら、

 「早く来い!」と、富田さんに襟を掴まれて引っ張られた。

 前を見ると、きれいなお姉さんが両手を前に組んで待っていた。襟を掴まれた僕を見て、

 「ふふふっ」と、右手で口を押さえて、微笑んでくれた。

 「本当にすみません」富田さんが謝ったあと、

 「すみません……」僕も謝った。

 「楽しい方ですね。それでは参りましょうか」

 きれいなお姉さんは、嫌な顔一つせず案内してくれている――心の中では、僕のことをどう想っているのだろうか? 真相は掴めない。

 

 しばらく順調に進むと、第二応接室に通された。

 「ここでしばらくお待ちください。失礼します」

 きれいなお姉さんが行ってしまう――あんなきれいな人にはもう会えないんだろうな。たぶん……。僕は思った。

 「ありがとうごさいました」

 富田さんがお礼を言い、ドアを開け部屋の中に入った。

 応接室の中には、何かの観葉植物が二つあり、上には賞状、下の棚には何かの大会でもらったトロフィーや盾が飾られていた。僕は、まるで来客した人に自慢するように置かれているので、何の大会か見る気にもならない。富田さんがソファーに座ったので、僕も隣に座り、五分ばかりの沈黙が続いた。富田さんは、カバンから鏡を取り出し、もう一度お化粧のチェックをしている。僕は、あまりの暇さと歩き疲れ、大きなあくびをして手足を伸ばした。その姿を見た富田さんが、僕を睨んだ。僕は、伸びた右手を大きく開けた口にゆっくりと当て、富田さんはさらに目を細めた。

 富田さんに説教をされていると、

 

 トントン


 ドアのノックが聞こえたあと、小太りのおじさんとかなりのジェントルメンのコックコートを着た男が入ってきた。

 「いやいや、お待たせしました」そう言うと、右手を富田さんに突き出した。

 「いいえ、こちらこそお忙しい時期にお時の間をとらせまして……」

 富田さんは、両手で握手した。

 「こちらのお若いのは?」

 「私の部下の中川と申します。中川、こちらはベネットカンパニー日本支社代表のドンモンさんよ」

 「初めまして、えっと……」

 僕は、急いで内ポケットに手を入れ、名刺を取り出し、両手で差し出した。

 「中川です」

 「はいはい、どうもどうも」

 片手で受け取られ、すぐにしまわれた。この人は、僕のことを覚えてくれはしないだろうと、僕は思った。

 ドンモン氏は、どう見ても日本人ではない。顔の彫りが深く、眉毛が太くキリリとしている。体格は、少し? 多少? だいぶ太っている。着ているタキシードも、少しかわいそうに見えてきた――ドンモン氏も、首のあたりが少々きついのか、息が荒くなっている。息を吸うたびにボタンが飛びそうになる。できれば、息をしないでほしいと、僕は思った。

 もう一人の男は、かなりのジェントルメンだ。こちらは、日本人に見える――しかし日本人離れした顔立ちである。どちらかというと、イタリアの伊達男のような感じがした。体格も細くもなく太くもなく、バランスのとれたスタイルだ。しかし一か所、指だけは異常に太い。これはきっと、毎日パンを捏ねている証拠だろうと、僕は考えた。それぐらい力を入れないと、良いパン生地ができないのだろう。はめている指輪もかなり大きめのサイズだ。

 それにしても、すごい臭いだ。ドンモン氏と隣のジェントルメンのつけているポマードで、パンの香ばしい香りが台無しだ。僕は、鼻をつままないよう必死だ。

 「まあ、座ってくれたまえ」

 ドンモン氏に促されて、僕たちはソファーに腰を下ろした。

 「失礼します。それにしても、ドンモンさんは日本語が上手ですね」

 「コラ! なんて失礼なことを!」

 僕の質問に、富田さんが激怒した。

 「いやいや、構わんよ」ドンモン氏は、笑いながらかばってくれた。

 ほら見ろ! 何も失礼なことは言ってないんだ、と思いながらも、初対面の人に軽はずみな質問をしてしまったことを、少し反省。今日は、富田さんに怒られてばかりだ。それだけ、この取材に力を入れているのだろう。その前に、少しは僕のことを褒めてほしいと思う僕もいた。

 「いや実はね、私の母親が日本人でね。小さい頃から、日本語の勉強もしていたんだよ」

 「あっ、そうなんですか」 

 感心しながら聞いている僕の隣で、富田さんは、なぜか顔が引きつっている。

 「父親は、フランス人なんだがね。私は、フランスのボルドー出身なんだ。小さい頃は、ハーフということでよくからかわれてね~。私がこっちでいう小学校の時、好きな女の子にまでからかわれて――まあ、太っていたのもあるんだが、そのことでひどく落ち込んでしまってね~、二・三ヶ月で一〇キロも太ってしまって、だけど、両親が必死に――」

 長い。非常に長い。富田さんが怒った意味がわかった。身振り手振りでいろいろな話をしてくれるが、僕たちの頭の中に全然話が入ってこない。僕と富田さんはどんどん顔が引きつってきた。隣にいるジェントルメンは、大きく頷きながら笑っている。

 しばらくすると、二人の世界に入ってしまった。それを見て、富田さんが僕の太ももをつねり上げた。

 「この前なんかねぇ……」

 「あの――」

 富田さんが待ちきれず、話に割り込んだ。

 「あっ、すまんすまん。ついつい話が盛り上がってしまって」

 ドンモン氏に、反省の色は見えない。

 「取材の方よろしいでしょうか?」

 「ええ、いいですよ」

 ドンモン氏が、襟を正して取材を受ける態勢に入った。

 「その前に、こちらが……」

 富田さんが、右手を向けて訊いた。

 「おお、そうだ! ここにいる男が、今度のパンコンテストに出場する、ムッシュ北島だ」

 ジャジャーンというような音が聞こえそうな紹介だ。だが、当の本人は、

 「どうも、北島了です。よろしく」と言うと、富田さんの手の甲にキスをする紳士なクールさを出している。キスされた富田さんは、あからさまに顔を赤めた。僕の時は、鼻で笑うような目つきで軽く握手した。

 ――キザな野郎だ

 僕の北島さんに対しての印象が、このときから少しずつ変わり始めた。

 


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