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信頼関係

 次の日、僕は朝礼のあと、編集長のデスクに走り寄った。僕は、かなり興奮している。その光景に、皆が驚いていた。もちろん編集長も。

 「編集長!」

 「ど、どうした?」

 「おはようございます!」

 「お、おはよう」

 「ついに、見つけました!」

 「だ、誰を?」

 「〟伝説の料理人〝の藤堂さんを」

 僕のその言葉に、皆が聞き耳を立てているのがわかった。皆、僕の探している〟伝説の料理人〝の噂を知っているみたいだ。

 「ついに、見つけたか」

 僕の威圧感に編集長はたじろいでいる。

 「で、どうだった? 〟伝説の料理人〝は?」

 「見つけただけで、まだ取材してません」

 「何だ、それ」

 会社全体が、ガクッという音がしたように感じた。

 「だったら、早く取材して来い!」

 「今から行くところです!」

 「だから、早く行け! バカ!」

 「行ってきます!」

 僕は、走って会社を出た。入社してまだ何カ月しか経っていないが、あんなに興奮した僕を誰も想像できなかったのだろう。皆、口が開けて僕を見ていた。

 「松下!」

 編集長が、松下を呼んだ。

 「はい!」

 突然の指名に、松下は声が裏返った。

 「あいつって、ああいう奴だったか?」

 「あいつのあんな姿を見るのは初めてです。ちなみに言うと、編集長と話すのも初めてです」

 「……」

 「……」

 会社全体が、シーンと静まり返った。

 

 昨晩は、少し残念な気持ちがあったが、今日は朝から興奮しっ放しだった。やっと、企画が進む。これが、終われば、優衣さんと、遊べる……かもしれない。それだけじゃない。この企画を成功させれば、富田さんを見返せる。絶対に成功させる、そんな気持ちが僕を奮い立たせていた。

 目指す場所は、札幌駅。昨日、軽トラックが向かった場所だ。そこに藤堂さんがいるに違いない。僕は、その場所へ一直線に向かった。

 中道に入ると、見覚えのある軽トラックが止まっている。シャッターが閉まっている隣に小さな看板のかかった、飲食店というよりは中世のヨーロッパの骨董を扱ってそうな店のドアがある。その前に軽トラックが止まっている。ここに違いない。僕はそのドアの前に立った。

 店の中は褐色の柔らかい明かりがともされている。しかし、人影はない。ドアのノブにかかっている小さな看板に何か書いている。

 

 《新聞記者・雑誌記者・フリーライター等出版社関係の者、お断り!  店主》

 

 思いっきり、僕は引っかかっている。ま、なんとかなるだろうと、僕は思い、ドアを開け中に入った。

 

 カラン コロン

 

 店の中はかなり狭い。料理を作るキッチンの前に、カウンター席が一つしかない。しかし、すべてが木でできていて、狭いのに圧迫感ない。非常に居心地のいい店造りだ。キッチンの奥に暖簾がある。

 「誰や!」

 キッチンの下から、関西弁の叫び声が聞こえた。思わず、僕はドキッとしてしまった。

 「誰や言うてんねん!」

 キッチンの下からしゃくれたおっさん、藤堂さんが出てきた。

 「自分……誰?」

 僕をなめるように見たあと、顔をしかめて藤堂さんは言った。

 「あ、あの……、藤堂幸助さんですか?」

 「そうや」

 藤堂さんは、「何やこいつ?」みたいな顔で僕を見ている。

 「わかった! お前、どっかの記者だろ! 帰れ帰れ!」

 「違います、違いますよ!」

 僕は、必死で否定した。僕は、嘘をついたのだ。

 「じゃあ、何やねん?」

 「実は、この本を読みまして……」

 僕は、〟伝説の料理人〝の本を見せた。

 「何? ああ、この本かいな」

 藤堂さんは、本を僕から取り上げ、眺め始めた。あまり良い顔はしていなかった。

 「このおっさん、オレのこと評価してくれたことは嬉んやけど、本に写真載せるのはいや言うたんだけどな……。ま、これっきりって約束したし、世話にもなってたからな。で、何で自分、これ持ってんの?」

 「あ、知り合いのバーテンダーに聞きまして……」

 「兆二郎やな」

 藤堂さんは、また顔をしかめた。

 「ていうことは……、お前、雑誌記者ちゃうんか!」

 「違いますよ! ……って、夜野さんをご存知なんですか?」

 「わしの甥っ子や」

 「だったら夜野さん、早く教えてくれればいいのに――」

 僕は、下を向きながら小声で囁いた。

 「何か言うたか?」藤堂さんが睨みを利かせてきた。

 「いいえ、何も」

 僕は、両手を振り、慌てて何もなかったことを装った。

 「ま、ええわ。用件は何や?」

 まだ僕のことを疑いの目で見ているが、藤堂さんは話を変えてきた。

 「食事をしに……」

 僕は、取材をしたいとは、口が裂けても言えなかった。

 「何でや?」

 今まで睨んでいた藤堂さんが、キョトンとした顔で訊いてきた。

 「いや、お腹が減ったんで……」

 僕は、当たり前な返ししかできない。正直、しんどい。

 「向こうにお店があるから、そっち行ってくれや」

 藤堂さんは、僕の間違いを正すのように言う。

 「え? ここ飲食店ですよね?」

 僕は、店の中を見渡して、飲食店であることを確認した。

 「そうや」

 「じゃあ、何か食べさせてください」

 「やだ」

 「え?」

 「いやや言うてんねん」

 「……」

 僕は、何も言えなかった。

 「料理、作らへんよ」

 藤堂さんは、釘を刺すように言ってきた。無表情で言われると、ちょっと腹立たしい。

 「何で作ってくれないんですか?」

 僕は、藤堂さんの無表情に少々苛立ちながら訊いた。

 「え? 作りたくないから」

 藤堂さんは、あっけらかんと言った。

 「それだけですか?」

 「そうや。何か気分が乗らん」

 「何ですかそれ……」

 余りの怠慢さに、僕は呆れてしまった。

 「あなた、本当に藤堂さんですか?」

 「せや」

 「じゃあ、この本に書かれているのは、嘘なんですね?」

 「何がや?」

 また、藤堂さんの睨みが僕を襲う。

 「〟みんなが幸せになる料理を作る〝。ジャン・P・ドンモンの言葉です」

 「……」

 藤堂さんは、僕を睨んだまま黙り込んだ。

 「あなたも、この人と同じ考えをお持ちなんじゃないんですか?」

 「うっさいわ! お前に説教される筋合いはないわ!」とうとう藤堂さんが、怒りで発狂した。

 「じゃあ、料理作ってくださいよ」

 僕も、引かない。

 「だから、作らん言うとるやろ!」

 「それじゃあ、どうしたら作ってくれるんですか?」

 「誰がワレなんかに作るか! 帰れや!」そう言うと、藤堂さんは僕に塩を投げつけた。

 「うわぁ!」

 僕は、逃げるように店を出た。

 

 

 初めて話した人で、こんなに腹立たしかったことはない。〟伝説の料理人〝? 〟みんなが幸せになるような料理〝? 全部カッコつけじゃないか! 僕の苛立ちは、ますます大きくなっていった。

 会社に戻り、僕はすぐに編集長に呼ばれた。僕の顔を見て、編集長はすぐに何かを察知したらしい。そりゃそうだ。自分でもわかるぐらい、顔が怒りに歪んでいる。

 「どうしたんだ?」

 「いえ、何でも」

 僕は、怒りを隠せなかった。

 「まあ、別にいいが……。どうだった? 〟伝説の料理人〝は?」

 前に話したときよりも、編集長が興味を持っているのが、聞いててわかった。明らかに、態度が違う。僕の態度も違うが。

 「あの人は、〟伝説の料理人〝じゃないです」

 「は? 人違いか?」

 編集長が、拍子抜けしたのがわかる。

 「じゃあ、早く……」

 「いえ、本人は本人でした」

 「言っている意味がわからんな。ちゃんと説明しろ」

 僕は、藤堂さんとのやり取りを熱く語った。その話し方は、まるで僕がジャングルの中で、大きな恐竜と格闘したかのような語りだった。僕の演技臭い話し方に、編集長もだるそうに聞いている。僕が話終わると、編集長は耳の穴をほじっていた。

 「ちゃんと聞いてます?」

 「聞いてるけど、お前、何をそんなに怒ってんだ?」

 編集長は、耳の穴をほじってた小指にフッと息を掛けながら言った。

 「怒るに決まってるじゃないですか!」

 僕は、編集長のデスクを叩きつけて言った。

 「僕は、死に物狂いで探したんですよ! それが、見つけたと思ったら、〟誰がお前に料理作るか! 〝ですよ。怒るに決まってるでしょ?」

 「まあ、な」

 編集長は、冷静だ。まるで、そうなることがわかっていたかのように。

 「しかも、会っていきなり〟お前、雑誌記者やろ〝って怒鳴られるし……。僕が何したっていうんですか!」

 「ま、何か嫌な思い出があるんだろ」

 その言葉に、僕は冷静さを取り戻した。なぜなら、妙に編集長が想いに耽り始めたからだ。

 「編集長……?」

 「おう、すまん、すまん」僕の言葉で、編集長は我に返った。そして、静かに話し始めた。

 「中川、前にも話したと思うが、オレたちが相手にしているのは、職人と呼ばれる人たちだ。職人というのは、各々にプライドを持って、仕事をしている人たちのことだ。わかるか?」

 「はい……」

 何か、教会でミサをしているように、会社が静まり返っている。僕も、ただ黙って聞いている。

 「オレたちは、言い方は悪いが、その職人を使って、本を売っている。店の名前だったり、職人の名前だったり、いろんなものを使わせてもらってるんだ」

 「……」

 「じゃあ、その人たちに向って、料理を作れや偉そうに説教たれたり、そんなことして職人たちが名前を貸してくれるか? 店の名前を載せてくれるか?」

 「いいえ……」

 「そうだろ? いいか、仕事っていうのは、ほとんどの職種に言えるが、信頼を築くことが一番大切なんだ。それを築きあげるのも仕事の一つだ。信頼のない会社は、どんだけエリートがそろっても大成しない。会社はでかくなったとしても、中身のない会社も同然だ。そんな会社が成功するわけがない。すぐ倒産だ」

 「……」

 ちょっと難しくなってきた。僕は、頭がこんがらがってきている。

 「取材も一緒だ。相手と信頼を築きあげるからこそ、いい企画なり、いい記事が載せれるんだ」

 「じゃあ、どうやって信頼を築けばいいんですか?」

 「最近の若い奴には、難しいかもしれんがな……、お前の場合は、我慢だ」

 「我慢……ですか?」

 「なんだ、不満か?」

 「言ってる意味がよくわからないです。なぜ我慢が大切か」

 「人によって、信頼の築き方が違う。例えば今回、お前は飲食店なのに料理を作ってもらえなかった。そのことに対して、お前は我慢が出来なくなって突っ掛かった。そうだよな?」

 「まあ、はい……」

 「なぜ、お前は我慢できなかった?」

 「いや、普通に考えて、飲食店ならお客さんが来たら、何を食べたいか聞くのが常識じゃないですか」

 「それは、お前の常識であって、相手にしてみたら、そうじゃなかったということも考えられるだろう?」

 「そんな店ありますか? お客さんに料理を作らない店なんて」

 「オレが若い頃、取材先に一軒だけあったな。そん時は、オレもお前みたいに思ったよ。〟何で作ってくれねんだよ〝って。だけど、我慢して、その人を知るために通い詰めた。そうしたら、信頼関係ができて、料理を作ってくれたよ」

 「それ、僕が行ってきた店と、同じ店なんじゃないですか?」

 「それは知らん。その店は、もう無くなったからな。いろいろ勉強させてもらったよ」

 「そうなんですか……」

 無くなったと口にしたときの編集長の顔が、少し悲しげに僕には見えた。

 「言いたいことがあっても、まず我慢して、相手のことを理解するということが信頼を築くことに繋がることもある。相手もそうやって、こっちのことを見ている。そこから徐々に、相手の心の氷を溶かしていくんだ。信頼を築くには、時間と我慢が必要なんだよ」

 「そんなこと、僕には……」

 「できないだろうな」

 僕が言う前に、編集長が否定した。なぜか、僕は悔しくなった。

 「今の若い奴らのいいところは、我慢せずに言いたいことをいうところだ。お前も、〟ベネットカンパニー〝で言っただろ?」

 「はい……」あまり思い出したくはなかった。

 「そういうのは、この先絶対に必要になってくる。でも、ときにそれを我慢できるようにならないと、〟ベネットカンパニー〝や今回みたいなことになってしまう。そしたらお前、仕事無くなってしまうぞ。それでいいのか?」

 「いえ……」

 「お前は、いいものを持っているんだから、まずは言いたいことを我慢して、相手を知り、信頼を築くことを覚えろ。わかったか?」

 「はい……」

 僕は、納得いっていなかった。

 「お前、納得してないな」

 「はい……、あっ、いえ……」

 バレていた。

 「お前は、とことん正直な奴だな。最近の奴は、態度にすぐ出る――まあいい。我慢してその店に通い詰めろ。本にも載るいいシェフなんだろ? 聞くより、実戦で気付いた方が自分のためになるからな。我慢して通ってみろ」

 「わかりました」

 「もういいぞ。行け」

 「失礼します」

 話疲れたのか、疲れ切った顔の編集長に右手であしらわれ、僕は自分のデスクに戻った。

 僕は、納得いっていないが、経験者の編集長の話を信じることにした。それが僕の初めてやる、仕事場での信頼を築くことだと思うからだ。今日は、もう帰る支度をして、会社をあとにした。

 

 次の日、朝一で藤堂さんの店を訪ねた。昨日ことをまず謝らなければならない。そして、料理を作ってもらえるよう、信頼関係を築かなければならない。

 

 カラン コロン

 

 とドアベルが鳴り、僕はお店の中に入った。

 昨日とは打って変わって、暗く静まりかえっている。人の気配はない。

 「こんにちは……」

 僕は、囁くように言った。

 「誰や……」

 昨日と同じ声で、しかし昨日ほどの威勢は良くない。

 「こんな朝早――お前か」

 カウンターキッチンの奥にある暖簾の中から藤堂さんが現れた。僕の顔を見たくない、そんな感じの返しだった。

 「何やねん?」

 「あの……、昨日は生意気なことを言ってすみませんでした」

 「そのことかい……。もうええから、早よ仕事行かんかい」

 昨日の編集長のようにあしらわれた。

 「でも、どうしても藤堂さんの料理を食べたいんです!」

 「しつこい奴やな。作らん言うとるやろ……」

 「それでも食べたいんです」

 僕は、自分の思いのたけを打ち上げた。

 「作らんもんは……作らん。ほら、早よ仕事行け……」

 そういうと奥の部屋に消えていった。僕は、しょうがないので一度会社に戻った。

 会社に戻り、いつも通り仕事をこなす。時間を見ると、昼を少し過ぎたぐらいだ。もう少し頑張れば、二時前には終わる。僕は、急いで仕事を終わらせ、もう一度、藤堂さんの店に行った。

 

 「しつこいねん! 作らん言うとるやろ!」

 お店に、また藤堂さんの怒鳴り声が響く。

 「そこをなんとかお願いします」

 「いやや言うてんねん」

 「どうしても食べたいんです」

 僕は、しつこくお願いした。

 「どうしても作りたくないねん」

 藤堂さんも折れない。

 「お願いします!」

 「あかん! 帰れ!」

 こんなやり取りが、一週間続いたが、お互い引かなかった。

 

 日曜日。仕事は休みだが、僕は藤堂さんの店に図書館で借りた本を持ち、私服で向かった。

 お店は、カーテンが閉められ、ドアのカギも閉まったままだ。二日前から店のカギが掛ったままになっていた。僕は、今日も店の前に座って藤堂さんを待つ。

 時間は、三時を過ぎている。もうすぐ、メインレースが始まるが、今日はそれ以上に藤堂さんの料理が食べたい。

 始めは、超一流のシェフの記事を載せたいという気持ちが強く、相手のこと考えずに頼んでいたが、今は違う――ただ純粋に、藤堂さんの料理を食べたい。僕は、そう考えるようになってから、気付いたらもう三日も何も食べていなかった。

 空が曇り、ポツポツと雨が降ってきた。雨よけも傘もなく、僕は、強くなる雨の中、ただ黙って藤堂さんを待った。

 「寒いなぁ」

 僕は、このままだと風邪をひいてしまう。そう思ったとき、僕の隣に猫がやってきた。少し太っている三毛猫で、僕の背中に隠れ、雨宿りをしている。

 「お前、ひどい奴だな。オレが風邪ひいてもいいわけ?」

 僕の問いに、猫は大きくあくびをしただけだった。

 「こいつ……」

 僕は、三毛猫の喉元をくすぐった。三毛猫は気持ちよさそうだ。すると、いつの間にか、四時を過ぎていた。

 僕は、図書館から借りた本を取り出し、読み始めた。ホントに、何度見ても面白い。そしてほんとにいいことが書いてある。

 

 信頼を得るには、まず自分が相手を信頼すること。

 

 人は、誰かに助けられていて、自分も無意識に相手を助けているということ。

 

 気持ちを伝える難しさ。

 

 怒られるということは、愛されているということ。

 

 そして、結ばれた友情は永遠であること。

 

 すべてのことが、料理に例えられ、とてもわかりやすく書かれている。雨の中、僕はずっと藤堂さんを待ちながら、本を読んでいた。

 

 そのとき、お店のカーテンが開いた。


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