最終話 恋心
虹川夢乃視点、最終話です。
日高くんの油絵が完成した。
「ここで自分が気に入ったから終わり。じゃないと、いつまでもこれに拘っちゃうからな」
第一印象は、上手。次の印象は、私はこんなに綺麗じゃない。
太陽の光の下で、長い髪の少女が楽しげに笑っている。日高くんから見た、私。
「その絵、どうするの?」
「家に持って帰って、自分の部屋に飾る。今までで一番上手く描けた気がする。モデルやってくれて、ありがとな」
日高くんは、さくらんぼ色の唇を吊り上げて笑った。私の絵が彼の部屋に飾られるなんて……何だか、恥ずかしい。
「ねえ、その絵……私にくれない?」
「どうしてだよ?」
「だって、私の絵なんて……そんな、日高くんの部屋に飾ることないと思うの」
日高くんは考え込んだ。
「あげてもいいんだけど……。でも、やっぱり俺がもらう。俺が描いた絵だし。何より、虹川の絵だし……。あ」
彼は口を押さえた。
「私の絵だし……?」
「忘れろ! 失言だ! とにかくこの絵は、俺の物」
顔を真っ赤にして、日高くんは言い放った。
「でも……もし、またお前がモデルしてくれるなら……。その絵はお前にやる」
呟くように付け足した。私は笑顔になった。
「じゃあ、また私を描いて? それで、私の絵を頂戴」
「うん……」
私は日高くんのモデルを続けることになった。
放課後、毎日一緒に美術準備室。おしゃべりをしながら彼は描き続ける。
「虹川って不思議だよな」
今度は、普通に私が窓辺に座っている絵。
「『日高厄』に平気で近寄ってくるし、世話を焼くし。……後、何故だか、お前を描きたい気分になる」
「『日高楽』くんでしょ。私も何だか、日高くんのことが気になるの。絵に描いてもらって嬉しいわ」
絵が完成するまで、二人きりで話をした。
私はいつの間にか『楽くん』と呼び、彼は私のことを『夢乃』と呼ぶようになった。
完成した絵は約束通り、私にくれた。私に見えるけれど、もっと綺麗な、楽くんから見た私。
「ありがとう、楽くん。こんなに綺麗に描いてくれて……。一生大事にするわね」
私はお礼を言って絵をもらった。自室に飾って、毎日楽しんだ。
モデルが終わっても、私は美術準備室に入り浸った。楽くんと同じ空間にいるのは居心地がいい。
やがて高等部の卒業が間近となった。私と楽くんは行く学部が違う。これまでのように身近にはいられない。
私が悲しんでいると、楽くんは一枚の鉛筆画を差し出した。
「……夢乃に、やる」
見事な鉛筆画。私と楽くんが、楽しそうにおしゃべりしている絵。
「ずっとこんな風に、楽くんといたかったわ……」
「じゃあ、ずっと、こんな風に過ごすか? 夢乃」
私は鉛筆画から顔を上げた。
ビスクドールのような色白の頬が、朱色に染まっている。
「どういう、意味……?」
「そのままの、意味。俺は、夢乃と一緒に過ごしたい。夢乃は?」
ようやっと、私は恋心を自覚した。
「……私も、楽くんと一緒に過ごしたい。いつまでも。──好きよ」
不思議な虹彩の瞳を見つめて言った。彼は、私の手を握った。油絵具を洗い落しているせいか、少し荒れた手。
「俺も好きだ、夢乃。いつまでも、一緒にいような」
噂ではなく本当に付き合うことになった。今日も楽くんに「夢占い」をしてあげる。
「楽くん。試しに油絵をコンクールに出してみたら? いい線行くと思うわ」
「また、夢占いか?」
「そうよ、当たるわよ。出してみてね」
彼は入賞するはずだ。予知夢では喜んでいた。
「じゃあ、夢乃の絵を出そう。自信作だ」
私達は美術準備室で、笑い合った。
高校のとき「一応」美術部員でした。「一応」油絵を描きました。でも私が描いた『あしか』は、あしかの色なのに、美術部員からも、文化祭に来てくださったお客様からも『ひよこ』だと言われました。
絵の上手な方を、心より尊敬します。