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5 月乃の高等部卒業

 私は征士くんに、最後のお弁当を手渡した。


「一年ってあっという間ですね……」

「そうね。一緒に登校出来て楽しかったわ」


 朝のこの車の中で、お弁当を渡したり、漫画を貸し借りしたり、部活の話を聞いたり。

 最初は五歳年下の男の子に戸惑いもあったが、征士くんはずっと穏やかで優しく、一緒にいて楽しかった。


「学年末の試験、結果はどうだった?」

「まあまあでしたね」


 そう言いながらも口元が少し綻んでいる。私は深見くんに聞いていた。征士くんはいつも試験が、学年の十位以内に入っていると。

 部活も出来るのに、テストの結果もいいとか。天は何物も与えすぎだ。


「月乃さんは内部試験の結果は……?」

「うん、希望通り。文学部へ行けるわ。お目当ての教授のゼミがあるから、入れればいいなあって思っているの」

「それは、おめでとうございます。ゼミに入れるといいですね」


 長いようで短かった一年間。私は振り返って思い出に浸る。そういえば。


「バレンタインデーはすごい騒ぎだったそうね」

「言わないでください……」


 彼はむっとした表情をした。

 中等部の同級生はおろか、上級生、更には高等部の一年生までチョコレートを持っていったという噂だ。

 勿論私もチョコチップクッキーを作ってあげた。


「……ホワイトデーのお返しが大変だったんです」

「ん? そういえば私は何ももらってないわね」


 そう疑問を述べると、征士くんは鞄の向こうに置いていた紙袋を、私に差し出した。


「これがお返し?」

「お返しの意味もありますけど……。一年間お弁当を作ってもらった感謝の気持ちとか、希望の学部の合格おめでとうございますとか色々ひっくるめて。お年玉やお小遣い貯めて買ったんですけど……。月乃さんにとっては安物なんじゃないかと心配で」


 征士くんは恥ずかしげに俯いた。

 私は当然喜んだ。お年玉やお小遣いを貯めてもだなんて! 紙袋を受け取る。


「ね、開けてもいい?」

「はい」


 紙袋を丁寧に開けると小さな箱が入っていた。小箱の中は、シルバーとゴールドの十字架のネックレス。二つの色の二個のそれらは絡まりあっていて、シルバーの方に小さな宝石があしらってあった。


「わあ、すごく可愛い! ありがとう。高かったでしょ?」

「値段は気にしないでください。クロスのネックレスが、月乃さんに似合う気がして」

「十字架が? どうして?」


 征士くんは、ふいと目を逸らした。幾分頬が赤い。


「……月乃さんは、いつも優しいから」


 聞こえないくらいの小声。でも、しっかり耳に届いた。

 優しい? 私が? お弁当を作ったりしたことだろうか。しかし優しさイコール十字架とは……。聖母マリア様かしら? 聖母……聖母ねえ。お母さんみたいってこと? せめてお姉さんくらいに思って欲しい。


「大切にするわね」


 私は、まあお母さんでも、征士くんに優しいと思ってもらえて嬉しい。

 ネックレスは大切に使わせてもらいましょう。


 ♦ ♦ ♦


 今日は高等部の卒業式だ。長年着ていたブレザーも、着納めかと思うと悲しくなる。

 体育館での式の後は、親しい友人達と写真を撮りあった。同じ大学へ行くと言っても、皆学部はバラバラ。今までのように毎日会うことはないだろう。


「月乃さん」


 聞き覚えのある声に振り返った。そこには花束を持って征士くんが立っていた。深見くんと藤原部長も一緒だ。


「卒業、おめでとうございます。あの、これテニス部の皆から」


 そう言って、大きな花束を渡された。テニス部の皆から? 私は戸惑った。


「ありがとう、こんな大きな花束……。でもどうしてテニス部の方から?」

「夏の大会で差し入れしてもらったお礼です。あの大会、俺達優勝したんですよ」


 藤原くんが白い歯を見せて笑う。深見くんが悪戯っぽく言った。


「だからー。また是非試合のときに、差し入れ持ってきて欲しいなって、厚かましく思っちゃうんですけど。美味かったし、縁起担ぎみたいな? 感じで」

「まあ。でも私の作ったもので良ければ、いつでも持っていくわ。また試合あったら教えてね」


 征士くんに笑いかけながら言った。征士くんは笑顔だけれども、ちょっと不満そうだ。サンドイッチが食べられなかったのを、思い出しているのだろうか。


「藤原くんも卒業おめでとう。瀬戸くんも深見くんも、二年生になっても頑張ってね。大会に呼んでくれたら行くからね」


 折角だからと、友人に頼んで四人で一緒の写真を撮ってもらった。


「瀬戸と二人では撮らないんですか?」


 深見くんはデジカメを構えて撮る気満々だ。好意を無下にするのも悪い。二人で桜の木の下で撮影してもらった。

 デジカメを返してもらっていると、征士くんが写真を欲しいと言った。

 断る理由もないので頷く。彼は嬉しそうに笑った。

 こんな平凡女との写真が欲しいのかとも思ったが、彼にとっては『お母さん』だからかもしれない。……やっぱり年齢的に『お姉さん』希望。

 でもまあ、卒業式に後輩からお花をもらうのはいい気分だ。

 ともあれ最後の制服で友人や後輩と写真を撮ったり、お花をもらったり……とてもいい卒業式だった。


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