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46 お互い様

 仕事を始めて少し経った頃。

 ランチタイムにホールで働いていた私は、混雑していて慌てていた。

 焦ったあまりお客様へお出しするお冷を、グラスごとトレイから落として、お客様の洋服に少し水がかかってしまった。


「申し訳ございません!」

「買ったばかりの服なのに、どうしてくれるのよ」


 若い女性のお客様で、洋服はブランドものだ。私が平身低頭謝っていると、征士くんが飛んできて一緒に謝ってくれた。


「申し訳ございません、お客様。お怪我はございませんか? 後日よろしければ、クリーニング代をお支払いしますので……」


 女性のお客様は、征士くんの綺麗な顔を見て赤面した。征士くんへ優しく言う。


「い、いいのよ、怪我はないし。綺麗なお水がちょっとかかっただけだから、すぐ乾くし、クリーニング代はいらないわ」



 帰りがけ、私は征士くん相手に怒っていた。


「あのお客様。征士くんが格好良いから、あっさり許してくれたんだわ。きっとまた、征士くん目当てにお店へ来るわ。征士くんは私と結婚するのに!」


 征士くんは面白そうに、私の顔を覗き込んできた。


「月乃さん。もしかして嫉妬してくれているんですか?」

「そうよ。私は征士くんのことが好きなんですもの」


 すると公道の真ん中で、征士くんは私を強く抱きしめた。


「月乃さんが嫉妬してくれて、僕、すごく嬉しいです。お客様に感謝です」


 ♦ ♦ ♦


 ある日の昼下がり。

 ランチタイムも終わって手が空いたので、調理場で宮西さんとフォークやスプーンなど銀食器を磨いていた。

 磨きながら世間話をしていると、ふと宮西さんが尋ねてきた。


「そういえば虹川。お前大学とかに、彼氏はいるのか?」

「え……、えっと」


 答えに詰まっていると、いつの間に調理場へ来て話を聞いていたのか、征士くんが出てきた。


「虹川さんは、もうすぐ僕と結婚するんです」


 宮西さんは仰天した。


「だって虹川はともかく……。瀬戸はまだ高校二年だろ?」

「もうじき十八歳になるんです。僕の誕生日に結婚式を挙げるんです」


 まだ宮西さんは驚いている。


「高校三年生で結婚か……。信じられないな。でもそうか、もうすぐ虹川は瀬戸になるんだな」

「違います。僕が虹川征士になるんです。同じ職場で苗字が被るとややこしいので、結婚したら僕のことは名前で呼んでください」

「婿に入るのか」


 宮西さんの言葉に、征士くんは深く頷いた。


「そうです。月乃さんの名前は僕だけ呼びたいので、職場の皆さんには僕の方を名前で呼んでもらいます」

「……すごい独占欲だな。そういえば職場も一緒だしな」

「虹川さんがいるから、僕も入ったんです。披露宴には職場の皆さんもお呼びしますので、ご祝儀を弾んでくださいね」



 帰り道、征士くんは怒っていた。


「月乃さんに隙があるから、宮西さんにあんな質問されるんです」

「ええっと……。世間話の延長みたいなものよ?」

「それでも宮西さんに質問されたことは許せません。大体、何で返事をしなかったんですか? あれでは気を持たせてしまいます」


 私は征士くんの顔色を窺った。


「……もしかして、妬いているの?」

「当然です。もうすぐ僕がお婿さんでしょう? 職場の皆にも宣言してください」


 私は幸せな気分になって、そっと征士くんの頬に口付けた。


「妬いてくれてありがとう。私、今、幸せだわ」


 ♦ ♦ ♦


 久しぶりに弥生さんと会って、二人で飲んでいた。


「色々あったことは、その度玲子ちゃんからメールで届いていたよ」

「……お恥ずかしい話です」

「でもまあ、瀬戸くんと幸せになって良かったね。お似合いだと思っていたよ」


 月乃ちゃんが酔い潰れたときは……、などと、私の黒歴史を話し始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください。あのときの話は禁句で!」

「え~。いい思い出だと思うけどなあ。とにかく私のことは式にも、披露宴にも、二次会にも呼んでくれるんでしょう?」

「それは当たり前です。石田さんも呼びます」


 石田さんの名前に、弥生さんはまた機嫌良く話し出す。


「石田と瀬戸くんのすごい試合の話も聞いているよ。ある意味、石田はキューピッドだね」

「どちらかといえば、玲子ちゃんの方が、キューピッドです……」

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