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43 金沢のホテルにて

「ご予約の虹川様ですね。承っております。こちらがダブルルームのキーです」

「えっ? ダブル? シングル二部屋で予約したはずですが……」


 どうも予約の行き違いがあったらしい。私は困って尋ねた。


「シングルは空いていないんですか?」

「申し訳ございません。休暇中で全て満室となっております。ダブルの部屋にソファがございまして、ソファベッドにも出来ますが……」


 休暇中で満室ならば、きっと他のホテルも空いていないだろう。私が悩んでいると、成り行きを見ていた征士くんが言った。


「いいじゃないですか、ダブルで。その方が安くなりますし、僕、ソファベッドでもいいですから」

「でも……」

「ちゃんと着替えや何かは、脱衣所でやります。他に方法もありませんし」


 悩んだ末、結局ダブルへ泊まることにした。



「結構広い部屋ね。ダブルベッド、大きーい」

「そうですね。上の階だから、眺めもいいですね」


 夕焼け空が見える。きっと明日も晴れだろう。


「順番にお風呂へ入ってしまいましょう。月乃さん、お先にどうぞ」

「わかったわ。ありがとう」


 順番にお風呂へ入って髪を乾かすと、すっかり日は暮れて夜になっていた。

 私と征士くんは窓辺へ寄り、一緒に夜景を眺めた。


「きらきら街灯やテールランプが光って綺麗ね。ロマンティックだわ……」


 うっとり外を眺めていると、征士くんがこちらを向いた。


「月乃さん」

「何かしら?」


 私も小首を傾げて、征士くんへ向き合った。

 征士くんは、私へ小箱を差し出した。


「結婚してください」


 ……驚いた。呆然とした。唖然とした。


「僕、まだ十七歳ですけど……。十八歳になったら婿に来ていいと虹川会長が言ってくれました。それまで婚約の証として、これをもらってください」


 小箱を手に押し付けられる。

 思わず開けてみた。ダイヤモンドの指輪が入っていた。


「両親に頼んで、出世払いでお金を貸してもらって指輪を買いました。どうかもらってください。僕、一生、月乃さんを大切にします」


 おそるおそる、指輪をはめてみる。ぴったりだった。私の九号サイズだ。


「……何で、私の指輪の号数知っているの?」

「神田先輩にお願いして聞きました」


 玲子ちゃん……。この間、アクセサリーを見に行こうって言ったのは、この為だったのね。


「そのまま、はめていてくれませんか? 月乃さんのこと幸せにします」


 沈思してから、答える。征士くんは私の口元をずっと見ていた。


「……幸せに、してくれるの?」

「勿論、します」

「一生? 絶対?」

「一生かけて、絶対幸せにします。僕を信じてください」


 私は満面に笑みを浮かべた。


「不束者ですが、こちらこそお願いします。一生かけて、幸せにしてね」

「……はい! 絶対に、一生かけて、幸せにします。プロポーズ、受けてくれてありがとうございます」


 征士くんは私をぎゅうっと抱きしめた。嬉しい。幸せだ。


「月乃さん。約束のキスをしてもいいですか? 今度は訊いてから、します」

「馬鹿ね。こんなときは訊かなくてもいいのよ」


 長い指がゆっくり私の顔を仰向かせる。そのまま端整な顔が近づいてきた。

 そっと重なるだけの優しいキス。すぐに温もりは離れる。


「……今晩は、月乃さんと離れたくない。何もしないから、一緒のベッドで眠ってもいいですか?」

「何もしないなら、いいわ」


 二人で大きいベッドへ横になる。征士くんは正面から、私を抱きしめてきた。


「何もしませんから。こうやって、抱きしめているだけですから」

「うん……」

「今日ね、ダブルに変更したの、僕なんです」


 その突然の告白に、私は目を見開いた。


「プロポーズしたくて、サプライズでってホテルの人に頼みました。だから他の部屋は満室だったし、ここは眺めのいい部屋なんです」

「そこまでしたの?」

「だって絶対、プロポーズ受けてもらいたかったですから」


 綺麗な顔を私に近づけ、額を合わせる。私が最初に好きと言った綺麗なお顔だ。大きな瞳、美しい鼻梁、瑞々しい薄い唇。そして滑らかな肌に、さらさらの髪。

 私は、彼の黒髪へ手を伸ばして触った。


「好きよ……」

「はい、月乃さん。僕も愛しています」


 瑞々しい唇が弧を刻んだ。そのまま一晩中、征士くんと抱き合って眠った。

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― 新着の感想 ―
>「えっ? ダブル? シングル二部屋で予約したはずですが……」 ふっ。征士くん。またそういう小細工を……とか微笑ましく読んでいたら。 >「結婚してください」 えっ? ( ゜Д゜) >「僕、一生…
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