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予知姫と年下婚約者  作者: チャーコ
特別編
119/125

Buon Compleanno!

 仕事の出張でイタリアに行った征士くんと、毎日手紙を交わすことにした。メールでも私は構わなかったのだが、彼が文字や写真を形に残したいと言ったからだ。

 私の近況といえば仕事と家事くらいのものだが、そこに『手紙を書く』という新たな日課が加わった。征士くん提案の手紙のやり取りは存外楽しいかもしれない。


【征士くんへ お元気ですか? 仕事は無理していませんか? 私やちーちゃんは元気です。今日は少し仕事で失敗してしまいましたが……それは心配させると悪いので黙っていましょう。イタリアの風景はどうですか? 私はイタリアに行ったことがないので、時間があったら写真を送ってください】


 彼が仕事の合間に写真を撮って送ってくれると告げてくれていたのだ。見たことのない異国の風景に今から心躍る。次の日、エアメールが送られてきた。


【月乃さんへ 元気でしょうか? ローマに無事到着しました。仕事も順調に進んでいます。……仕事とはいえ、月乃さんと離れているのはすごくつらいです。ちーちゃんにも会いたいですね。もうホームシックでしょうか。今日の夕方、スペイン広場へ行きました。映画の『ローマの休日』で有名な場所ですね。階段を上りながら写真を撮ったので見てください。夕暮れの風景が届けられればと思います──】


 封筒に入っていた数枚の写真を手に取る。スペイン広場で撮ったと思われる写真には、舟形の噴水が写っていて、写真裏に『バルカッチャの泉』と書いてあった。夕陽が泉に反射していて非常に美しい。あとの写真は階段の一番上で撮ったのだろうか、百三十段以上あると書いてあるスペイン階段にはたくさんの人々が座っていて、夕暮れの雰囲気を楽しんでいるようだった。

 映画の『ローマの休日』では見たことがあったが……写真で見ると趣も違う。私も写真の人々と同じく、スペイン階段に征士くんと二人で腰掛けたくなった。



 私も毎日彼の泊まるホテルへ手紙を送る。今日は仕事で驚くことがあったから、それを書こう。


【征士くんへ スペイン広場の写真ありがとう。トリニタ・デイ・モンティ教会は迫力がありましたね。いつか行ってみたいです。今日は職場でびっくりすることがありました。宮西さんが結婚するというのです──】


 先輩社員の宮西さんが「授かり婚」をするのだという。今までそんな気配は微塵も感じられなかったので、職場全員が唖然とした。宮西さんは私を「結婚の、子育ての先輩」と呼んできたので、仕事では後輩の身の上、何だかくすぐったかった。征士くんに結婚お祝いを買ってきてもらおうか。

 今日も征士くんから手紙が届く。


【月乃さんへ 月乃さんの仕事は大丈夫ですか? しっかりしているように見えてミスすることも多いので、失礼ですけれど、ちょっと心配になります。昨夜はトレヴィの泉に行きました。夜だと観光客も少なく、じっくり見られるというので。月乃さんも知っていることだと思いますが、泉に背を向けてコインを投げ入れるというおまじないをやりました。一枚だと再びローマに来られる、二枚だと大切な人と永遠に一緒にいられる、三枚だと嫌いな夫や妻と別れられるという伝説ですね。勿論僕は二枚投げ入れましたよ──】


 ライトアップされた、青緑の水が光るトレヴィの泉の写真が添えられていた。手紙に書いてあった通り、人もまばらで泉が楽しめそうだ。やっぱり私も一緒に行けばよかったかしら……。



 以降も日々手紙のやり取りをする。征士くんは毎日綺麗な写真を送ってくれた。日本にいながら、イタリアを堪能できる、そんな気分である。ヴェネツィア広場、パンテオン、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会、コンセルヴァトーリ美術館──。


【天気がいいので、明日はフォロ・ロマーノとコロッセオに行きます。明後日は仕事ですが、終わったらヴァチカンを見学するつもりです──】


 手紙を読んで、私は上を向く。ヴァチカンといえば、国全体が文化遺産の宝庫である。有名なサン・ピエトロ大聖堂やシスティーナ礼拝堂など、写真やテレビでしか見たことがない。私はかなり本気で行きたくなった。しかし、この手紙が着いている現在では、彼はもう見終わっているだろう。……私が行きたくなった理由は、ヴァチカンに憧れただけではない。特別な日を、征士くんと過ごしたかった──それだけだ。溜息をついて、電話を手にする。コール五回で征士くんに繋がった。


「もしもし、征士くん? いま平気?」


 突然電話をかけたので、彼は意表を突かれたようだった。


『はい、月乃さん。カフェでピザを食べているだけなので大丈夫です。どうしたんですか、手紙じゃなくて電話なんて』

「お食事中ごめんなさいね。毎日私に手紙を書いてくれてありがとう。ヴァチカンはどうだった?」

『とてもよかったですよ。まだ手紙届いていませんか? ミケランジェロのピエタが壮麗で素晴らしかったです』


「ピエタ」は聖母子像のうち、死んで十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアの彫刻や絵のことを指す。『サン・ピエトロのピエタ』は「ピエタ」を題材とする数多の作品の中でも第一に挙げられる、ミケランジェロの大理石彫刻だ。写真があるなら、それは見たい。だけど、いま征士くんに電話をかけた理由は──。


「そう。それはよかったわ。あとで写真見せてもらうわね。ところで、いま私が征士くんに電話をかけた理由はわかる?」

『え? 何でしょう?』


 いつもは聡い征士くんは、肝心な部分で鈍すぎる!


「あのね。手紙もいいんだけれど、直接『お誕生日おめでとう』って言いたかったのよ!」


 今日は四月二日で、征士くんのお誕生日。お互い仕事があるから一緒にはいられなかったけれど、せめてお祝いは直に言いたかったのだ。電話の向こうで征士くんが笑った。


『それは、わざわざ電話かけてくれてありがとうございます。僕も月乃さんから直接聞きたかったです。……この距離がもどかしいですね』


 会って、抱きしめたかったと囁かれ、私は僅かに赤くなる。耳元の囁き声も色っぽくて、夫婦になって随分経つのに、私は照れてしまう。


『まだ出張中ですので帰れませんが……。手紙にも誕生日おめでとうって書いてください。記念にしますから』

「う、うん……」

『物をもらったりするのも嬉しいですが、月乃さん本人に勝るものはないですね。本当に電話ありがとうございました。月乃さんの声だけでも宝物です』


 最後に「愛しています」と言われてから、電話は切れた。これは、もしかしなくても、手紙に「愛している」と書かなくてはいけないだろうか。その夜、私は文面に悩んだ末、イタリア語で書いた。


【Sia insieme sempre con me】

(いつも一緒に居てください)


 無理な願いだとはわかっている。でも離れている時間が長ければ長いほど、愛しさが溢れる。次回からの旅は、絶対に二人で一緒に行こう。

 私は「Ti amo」(愛しています)と心で強く思いながら、青い空が続く地へ手紙を送った。


特別編10話目、一周回った征士の誕生日話です。サブタイトルはイタリア語で、「お誕生日おめでとう!」です。

イタリアは以前行きましたが、世界遺産ばかりで圧倒されました。今回は月乃と征士、離れ離れになってしまいましたけれど、いつか二人で旅行させたいですね。

ここまで御覧いただき、ありがとうございました!

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