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予知姫と年下婚約者  作者: チャーコ
特別編
114/125

十五夜

 今日は十五夜。家族でお月見をする約束をしている。

 知乃と夢乃が学校から帰った後、私達は月見団子を作り始めた。折角お月見なので、団子は月色にしよう。かぼちゃのマッシュも混ぜて黄色にする。娘達と料理をするのはとても楽しい。


「お母様、お団子はいくつ作るのですか?」


 夢乃の疑問に微笑んで答える。


「そうね。色々あるけれど……十五夜だから、十五個作りましょうね。三人いるから一人五個ずつね」


 あ、真ん丸にしちゃ駄目よ、と注意した。十五にちなみ、一寸五分の大きさの丸い団子を作ると縁起が良いとされる。ただし、丸とはいえ、真ん丸は死者の枕元に供える「枕団子」に通じるので、少し潰した方が良いようだ。


「お母様、出来ました」


 知乃が一番早く作り終えた。月色だが少しいびつな形の団子。知乃の不器用さを表している。私と夢乃は思わず笑ってしまった。


「お姉様、ちょっと不格好よ」

「う、うるさいわね。出来たんだからいいじゃない」


 決まり悪そうな知乃を慰めてあげた。


「いいじゃない、可愛いわ。頑張って作ったわね」


 歪んでいても、愛嬌のある団子だ。知乃の憎めない性格を表現している。私がそう言うと、知乃の顔が明るくなった。


「お母様はいつも優しいです」

「あら。思ったことを言っただけよ?」


 私と夢乃も作り終えて、お皿の上に白い紙を敷いて並べた。一段目に九個、二段目に四個、三段目に二個盛る。綺麗に盛られた月見団子に、知乃も夢乃も満足そうだ。テーブルを窓際に移動させて、その上にお供えする。


「ただいま帰りました」


 お供えしたところで、征士くんが帰ってきた。征士くんにはススキの準備を頼んでいた。ススキは忘れず買ってきたようだ。


「あ、ススキの他にも買ってきたのね」


 彼はススキの他に花も持っていた。合わせて秋の七草だ。秋を彩る植物に、知乃と夢乃も顔を綻ばせる。


「お父様。私、秋の七草言えます」


 知乃はこの間本で読んだという知識を披露した。読書家の知乃だ。たくさんのことを知っているのだろう。


「萩、桔梗、葛、藤袴、女郎花、尾花、撫子……。尾花がススキですね」


 私も代表的な覚え方で知っている。五・七・五・七・七だ。「ハギ・キキョウ、クズ・フジバカマ、オミナエシ、オバナ・ナデシコ、秋の七草」……覚えていると結構面白い。

 団子の横に秋の七草も飾って、お月見の支度は出来上がりだ。今日の夕食はお月見ということで、温泉卵入りのおぼろ月見そばを作ってみた。家族で食事前の挨拶をして食べ始める。月やお供えものを眺めながらの食事は、さながら月見の宴だ。


「お母様。どうしてお月様でうさぎさんがお餅をついているのですか?」


 夢乃の問いは、お月見らしくて良い質問である。私は月を見上げて、うさぎの姿を探した。確かにうさぎが餅をついているように見える。


「中秋の名月は豊穣のお祝いで、たくさんお米が収穫出来た感謝の意味を込めているらしいわ。たくさんのお米でうさぎさんがお餅をついているっていう話よ」

「そうなんですか。良いことを聞きました。たくさん食べられることに感謝しなければいけませんね」


 そんな話をしながら和やかに夕食は終わり、デザートに美味しい月見団子を食べて、知乃と夢乃は自室へ行った。

 私と征士くんは秋の七草を前に、お酒を飲み始めた。美しい月の下での月見酒である。実に雅なひとときだ。

 少しばかり酔いながら輝く月を仰ぎ見る。うさぎが餅をついているようにも見えるが、他の見え方もあるようだ。


「うさぎさんにも見えるけれど……他の国では蟹に見えたり、男の人が住んでいたり、おじいさんやおばあさんにも見えるみたいね」

「そうですね。色々な見え方があるらしいですね。僕が聞いたのは、水を汲んでいる人とか、編み物をしている女性という話ですね」

「へえ。それは知らなかったわ」


 月には様々な見方があるようだ。今度詳しく調べてみようか。

 私がそう考えていると、征士くんはキャンドルを取り出した。火を灯し、部屋の照明を消す。キャンドルの火と月明かりのみが部屋を照らして、幻想的な雰囲気になった。


「キャンドルも用意していたのね。素敵なお月見だわ」


 ほのかな明かりの中で浮かび上がる征士くんの美しい顔。月よりも征士くんを見つめてしまった。──私にとっては、征士くんは月より美しい。

 うっとりしていると、彼も私を見つめ返してきた。


「──僕は月乃さんを見ることが、一番のお月見です」


 何だ、征士くんも同じことを思っていたのね。月も綺麗だけれど、愛する征士くんが一番綺麗だ。


「月乃さんは嫦娥じょうがのように、月に逃げないでくださいね」


 私はその言葉を聞いて、笑んだ。中国神話の羿げいの話。妻の嫦娥が不老不死の薬を独り占めして、夫の羿を置いて月へ逃げてしまった話だ。


「勿論逃げないわよ。逃げても追いかけてね。名前を三回呼んで」


『満月の晩に月に団子を捧げて嫦娥の名を三度呼んだ。そうすると嫦娥が戻ってきて再び夫婦として暮らすようになった』という話が付け加えられることもある。私は決して嫦娥のように征士くんを置いて月に逃げたりしないけれど。征士くんは置いていかれると思っているのだろうか。

 くすくす笑いながらお酒を飲んでいると、征士くんが私の名を呼んだ。


「月乃さん。月乃さん。月乃さん」

「やだ、逃げないってば」

「名前を呼びたかっただけです」


 征士くんは私の側に来た。私のグラスからお酒を飲み、口移しで私に飲ませた。


「道教では、嫦娥を月神とみなしていますよね。月乃さんは、僕の月神です」

「……月神。だから私は嫦娥じゃないわよ」


 私は嫦娥ではない。神でもない。征士くんは、一体私のことをどう思っているのか。彼に再び口付けられる。


「僕も、嫦娥のように月乃さんが不老不死のお薬を独り占めしないと思いますが。念の為です」


 念の為にしては、随分長いキスだったが。私はまた一口お酒を飲む。


「馬鹿ね。不老不死のお薬が手に入ったら、分けて飲みましょうね。絶対置いていかないわ。永遠に愛し合って一緒に暮らすのよ」


 嫦娥もちゃんと羿と分けて飲めば良かったのに。酔いながら考えていると、征士くんが抱きしめてきた。私も抱きしめ返す。

 不老不死の薬が手に入ったら、征士くんとともに飲もう。征士くんの腕の中で、月にそう誓った。

 色とりどりの秋の七草が、月明かりの中で煌めいていた。


特別編7話目、十五夜の話です。今年の中秋の名月は、九月八日とのことです。月乃の「月」に引っかけて、月の話を書きたくなりました。

ここまで御覧いただき、ありがとうございました!

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