月乃さん視点・征士くん視点
● 月乃さん視点
征士くんが、二枚のチケットを見せた。
「もらいものなんですけど。プラネタリウムのチケットです」
「プラネタリウム?」
「はい。一緒に行きませんか?」
私はチケットを受け取って見てみた。
「八月の星空……」
プラネタリウムは学生の頃行ったきりだ。
チケットがあるならば、行きたい。
征士くんと二人でプラネタリウムへ出かけた。
「ここの席は、とても良い席ですよ」
案内の女性が微笑んで説明してくれる。
どうも特等席のようだ。真正面で堪能出来るらしい。
リクライニングシートの背もたれを倒し、上を見上げた。
『この投影時間は音楽も流れますので、皆様眠くなるかもしれませんが、周りのご迷惑なので寝息にお気を付けください』
アナウンスに征士くんと笑う。
やがて投影が始まり、目にいっぱいの星が飛び込んできた。
実に立体的で驚いてしまう。以前見たプラネタリウムと大違いだ。
「すごいわね……」
夏の大三角の素晴らしさに呟いたら、隣の征士くんに手を握られた。
「そうですね。月乃さんが喜んでくれて、僕は嬉しいです」
私も征士くんの手を握り返す。
ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』が星座を彩った。
「お客様。申し訳ありませんが、寝息をお控えください」
案内の女性の囁きが聞こえて思わず振り返ると、若竹くんが眠り込んでいた。
「若竹くん……」
何という偶然だろう。しかも揺り動かされても全く起きない。征士くんが呆れたように言った。
「このチケット、若竹先輩からもらったんですよね」
「……なるほど」
投影が終わったら、若竹くんを起こして一緒にお茶でもしようか。
若竹くんの奥さんが必死に起こそうとしているのを見ながら、そう考えた。
♦ ♦ ♦
● 征士くん視点
学生時代に月乃さんとお化け屋敷に行ったけど、彼女は全然怖がらなかった。
それを少し不満に思っていた僕は、夏ならではの怪談話を月乃さんにしてみることにした。
「月乃さん、お話を聞いてください」
部屋を薄暗くして潜めた声で話しかけると、月乃さんは首を傾げた。
「何のお話かしら?」
「ちょっとした怪談話です」
学生のときに深見に聞いた美苑の怪談を話し始める。
「美苑の男子学生が、幽霊に取り憑かれたのです……」
低いトーンで語り始めると、月乃さんが息を呑んだのがわかった。
気を良くして「美苑の怪談話」を続ける。
「……そうして美女の霊に取り憑かれたまま、男子学生は美苑校内で」
「やめて!!」
話の途中で、月乃さんが大声を上げた。
驚いて彼女を見ると、涙目になっている。
「怪談話はイヤ……! 美苑が怖くなっちゃうじゃない」
うるんだ瞳が愛らしい。月乃さんの腰に手を回した。
「そうですか……。やめますけど、いいこと発見しましたね」
まさか月乃さんが怪談話に弱いとは思わなかった。僕はにやりと笑った。
「また今度、もうちょっと怖くない話をしましょうね」
月乃さんは僕に縋り付いてくる。
「もう怖い話はしないで!」
「いいえ。そういう訳にはいきません」
こんな可愛い月乃さんは滅多に見られない。
次はどんな怪談話をしようか思案しつつ、月乃さんの涙を拭ってあげた。