月乃さん視点・征士くん視点
● 月乃さん視点
征士くんが口をきいてくれない。
前々から頼まれていた「サマーバレンタインデー」のプレゼントを私が忘れたからだ。
七月七日が「サマーバレンタインデー」ということを私は知らなかった。
知らなかったので、うっかり忘れてしまった。
私は征士くんのご機嫌を取ろうと話しかけた。
「ねえ、征士くん」
「…………」
拗ねた顔で、やはり口をきいてくれない。
「ごめんね、征士くん。少し遅れたけれど、お詫びに好きなもの作ってあげる」
謝ると、少し沈黙した後、征士くんがやっと口を開いてくれた。
「じゃあ……お願いします」
「何かしら? 何でも聞くわよ」
「昔、僕に作ってくれたチョコレートケーキ。またあれを作ってください」
チョコレートケーキ……。
そういえば『お友達』だったときに『友チョコ』として作ったことがあった。
「いいけれど……。どうして?」
まだ婚約者ではなかったときに作ったものだ。
疑問に思って尋ねると、征士くんは僅かに笑った。
「あの綺麗で美味しいケーキは『友チョコ』でしたけど、月乃さんが僕の為に作ってくれた思い出のケーキです」
あの年から二月のバレンタインのチョコレートは、征士くんは私以外からもらわなくなった。
確かに思い出かもしれない。
「わかったわ。今から作るから」
あのとき作ったケーキを思い出しながら作ってみた。
出来上がったものを差し出すと、征士くんは顔を輝かせた。
「やっぱり宝石みたいなケーキですね。思い出そのままです」
「宝石って……大袈裟よ?」
「大袈裟なんかじゃありません。僕一人で全部食べます」
そうして本当に、征士くんは一人でケーキを食べ切った。私に微笑む。
「来年のサマーバレンタインデーは、忘れないでくださいね」
つられて私も笑ってしまった。
「来年は忘れないわ。あ、ほっぺにチョコがついているわ」
私は征士くんの頬に口付けて、チョコを取ってあげた。
♦ ♦ ♦
● 征士くん視点
薄い藤色のゆかたと、濃い目の紫色の帯を買った。
「月乃さん、ゆかたを買ってきました。着てみてください」
月乃さんは不思議そうにしながらも、ゆかたと帯を受け取ってくれた。
「着てもいいけれど……。どうしてゆかた?」
「今日は『ゆかたの日』です。このゆかた、きっと月乃さんに似合いますよ」
織女祭という行事から、七夕の七月七日が「ゆかたの日」となったそうだ。
日本伝統の衣類、ゆかたを多くの方に着ていただこうという訳らしい。
そう話すと、月乃さんはゆかたを着てくれた。
「落ち着いた雰囲気で素敵ですね。やっぱり月乃さんは紫系統の色が似合います」
月乃さんが以前着ていた振袖も紫色だった。あの姿も綺麗だった。
彼女は清楚なので、和装が似合う。
「褒めてくれてありがとう。私、紫色好きだから、似合っているって言ってもらえて嬉しいわ」
藤色の花々のゆかたが、月乃さんの美しさを際立たせる。
女性らしい振る舞いの、月乃さんのゆかた姿に惚れ直した。
ゆかたの肩を抱き寄せて、思わずキスしてしまった。
「な、何でいきなりキス……」
「あんまりにもお似合いなので、惚れ直してしまったからです」
そう言うと、彼女は顔を赤らめた。可愛い。
「それなら……来年は征士くんもゆかたを着てね。惚れ直したいわ」
「月乃さんが惚れ直してくれるなら、来年は僕も着ます」
来年のゆかたの日は、お揃いの紫色のゆかたを着ようか。
月乃さんがもっと僕を愛してくれるなら、何でもする。
「来年のゆかたの日は一緒にゆかたを着て、七夕を楽しみましょうね」
紫色の帯に腕を回して、もう一度月乃さんに口付けた。