プロローグ
「篠宮高の南雲優人ねぇ。誰だそいつ」
「知らないのか?学校じゃ有名だよ。」
仲の良い男子学生2人組が街を歩きながら話している。
「あいつは超が付くほどのお人好しらしくてさ、俺も前にそいつを見たことがあるのよ。」
「どんな奴だった?」
気になりだした片方の学生が聞くと、待ったいたかのように喋り出した。
「俺が見たのは確か商店街でひったくりが起きた時だ。あいつは包丁を持っていた。だけど野郎が逃げる瞬間そいつが人混みからいきなり飛び出して捕まえたんだ。そりゃ凄かったぞ。包丁突き出されても止まらずに行ったんだからな!」
興奮気味に身振り手振りで説明する相方に学生は少し引いた。
ヒーローの真似事をする唯の中二病じゃないか。何熱くなってんだよ。
だが学生はその話題の彼に会うことはまだ知らなかった。
二人の学生は駅のホームに着いた。
「良かった。もうすぐで着くらしいぞ。」
「これに乗らないと学校に間に合わないからな。」
学生はは空いているベンチに座って、近くの自動販売機で買ったジュースを飲む。冷たくてうまいみかん味が喉を潤す。
「あー、うめぇ。」
思わずそんな声が出ると
「親父くさいぞ。」
と冷やかされた。
うるさい、と相方を小突くと反対側のホームの杖をつく老婆に目が入った。
《間も無く、2番線に電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側でお待ちください。》
聞き慣れた電車の近づく合図。
今だけはそれは違った。
老婆が電車を来るのを待とうと黄色い線に近づいたその瞬間。
老婆が転げ落ちた。
おいおい、マジかよ。
突然のことに学生は動揺していた。
相方も
「まずいんじゃね?これ」
といつもの冗談を言う時みたいに言うが顔が笑ってない。
段々老婆が落ちた事が駅全体に伝搬していく。
ざわざわとしていて老婆に声をかける人もいるが、
誰一人として落ちた老婆を助けようとはしない。
「俺、駅員さん呼んでくる!」
そう言った相方は改札口の方にダッシュしていった。
相方、お前かっこいいぞ!
だけど相方の努力を無駄にする物が既に俺の耳に入った。
遠くから聞こえるレールを走る音だ。
まずい、マジでヤバい。
電車の音が聞こえている今、
線路内に降りてばあさんに近寄り、運びながら安全地帯に行く。
言葉にするのはとても簡単だが、
実際に冷静にそんな事できる野郎はいない・・・筈だ。
「おばあちゃん。大丈夫?」
だが目の前で平然と線路に降りた男が俺の常識を即時に打ち砕いた。
「危ないぞ!早くホームに上がれ!」
気が付くとそいつに俺は声をかけていた。俺に気付いた男、近くの学校の制服を身につける青年はこちらを見ると元気な声で反応した。
「大丈夫!あ、そっち行くから引っ張り上げてくれ。」
ヤバい状況なのに何でこいつは平気なんだ?
ばあさんはなんも反応ない。死んじまったのか。
色々なことを整理したかったが、そんな暇はなかった。
音が鳴る。列車の駆ける音が鳴る。
線路の青年もそれに気付いた様で、
ばあさんの脇を挟むように掴んで引きずった。
早くしろ。早くしろ!
ズルズルと引きずる青年が反対車線に入ると直様電車がそこを通り過ぎた。
俺は思わずホームに座り込んだ。
危なかったなぁ。と青年は呟いた。
「危なかったなぁ。だと!?もう少しでお前も死ぬ所だったんだぞ!」
座り込んだまま汗だくの顔でそいつに怒鳴り込むと青年は笑った。
「大丈夫って言ったでしょう?」
ぐっとそこで俺は黙ってしまった。
こいつは俺の、人の常識が通用しないのか。黙ったまま睨みつけると青年は言った。
「あのーばあさん引っ張り上げてくれませんか?頭から落ちたっぽいけど、どうやら持ってた鞄がクッションになって外傷は無い様ですけど、何分意識が無いので重いんですよ。」
それを聞いて俺ははっと気付いた。
「あ、あぁ。もうすぐダチが駅員を呼んで来るから救急車を呼ぼう。」
それを聞いた青年はとても嬉しそうに言った。
「そいつは良かった。」
その後の話をしよう。
ばあさんは命を取り留めた。
青年の言うとおり、頭を強く打って意識を失っていたが今や元気にしえいるという。
俺と相方はと言うと俺は何故かばあさんからお礼を貰って、相方はなんか騒いでた。
「お前いいな。有名人に会っちゃったんだからなぁ〜。」
うらやましそうに隣の机でダラダラしている相方が文句を垂れる。
「誰の事だよ。ばあさんか?」
「違うわ!あいつだよ、南雲優人。お前が馬鹿呼ばわりしてた奴。」
あいつが南雲優人か。俺から見たら、なんか死にたがりにしか見えなかった。
「あーあ、今日も良い事した!」
伸びをする青年は携帯で時間を確認する。
「げっ、今日も遅刻か。まぁ、いいや。」
その声に遅刻への罪悪感は無い。
昇りきりそうな太陽に手を翳す青年の目は混じり気のない黒だった。
「さぁ、社長出勤と行きましょうか!」
歩き出した青年の名は南雲優人。
大型ブラウニーとも言われる、お人好しである。