男子防衛線
ギャグのためのギャグです。若干の下ネタ注意。
セミの鳴き声もようやく治まり、吹く風も秋の気配を連れてこようかとしている、ある初秋の日。
放課後。とある高校のとある教室。五人の生徒。
一人は、灰になりそうなほど脱力し、ここではないどこかへ意識を飛ばしている態の男子。
その男子生徒が身を預ける窓側の机の周りに、四人の男子生徒。
うち一人は、灰になりそうな男子生徒にしきりと話しかけている、というよりなにやら説得を試みているようすである。
それ以外の三人は、窓に腰掛けて足をブラブラさせたり、虚脱状態の男子生徒を呆れたように見ていたり、我関せずというふうに本を読んでいたりと、めいめいである。
「おい烏丸、いい加減立ち直れよ! アイスなら駅前のコンビニで買えばいいだろ!?」
「通~、だからぁ、醍醐っちは、どうしてもプールの授業が最後のこの日に、購買で買ったアイスを食べたかったんだよ~プールのあとのアイスは格別だからねえ。コンビニまでは遠いしねえ。そうだよねー、醍醐っち?」
と、窓に腰掛けて足をブラブラさせていた男子生徒が言う。
「ガ○ガリ君……どうしても、きみにあいたかった……」
と、虚脱状態の烏丸と呼ばれた男子生徒は白目の涙目である。
「煽るようなこというな、錦小路!」
「なんか、遠距離恋愛中の彼氏みたいだよなあ、烏丸……」
と、呆れたように烏丸クンを見ていた男子生徒がポツリとこぼす。
「ほ、堀川、おまえまで、コイツを灰にするようなことを……。あっ!! “どうしても、きみにあいたかった”ってのは、おまえ、それはアレだな!? 離れていく彼女のキモチをどうしてもつなぎとめたくて、新幹線に飛び乗り、夜中に彼女の家の玄関のベルを鳴らしてしまい、『えっ……。どうしたの、こんな夜中に』と当惑する彼女に、とにかく部屋に入れてくれと詰め寄ったとたん、明らかに自分のものではない男物の靴を見つけてしまい、衝撃のあまり頭が回らなかったときに、ようやっとの思いで発したマヌケな一言かっ!? そうなんだな、烏丸!?」
「……よくそこまでしゃべれるな、四条」
「堀川っ! 感心してねーで、コイツをなんとかしろぉ」
と、さきほどから烏丸クンを立ち直らせようと苦闘する、頭を抱えて涙ぐむ四条と呼ばれた男子生徒。
「醍醐っち~、昇天したの?」
「するわっきゃねーだろっ、錦小路! コイツはそれだけは死んでもしねえ……。少なくとも来年の六時間目のプールのあとまでは生きてるはずだ、くっ……健気なやつめ」
「いや、一度も昇天しないのは、男子としてさすがにお気の毒なんじゃ……。というか、来年の時間割はまだわかんないし、烏丸ならアイスのことは明日には忘れてるよ、四条」
男子の生理現象たるものを現実的に、来年の不確定事項を的確に、烏丸クンの性格を冷静に分析した堀川クンが、自分の発言で勝手に感極まって泣いている四条クンを、痛ましげに宥めた。
「なっ……コイツには、自負心ってものはねえのかよ……」
「もう諦めなよ、通ぅ。ねーそれより左京、彼女とうまくいってるの? 最近ホラ、霞ヶ関会長たちが、きな臭い感じじゃーん? 購買の品の数々が、明らかに男子に多く振り分けられてるのを是正したいって、今度の生徒会で議題にするらしいしさぁ。それを手始めに、男子たちの専用スペースだったところを女子側に回そうって魂胆だよぉ。左京の彼女は生徒会入ってるし、そういうの話題に出ないの~? 気まずくなったりとかさぁ」
「ノーコメントだ。どれほどこの学校が、長きにわたり男子対女子の謎の攻防戦を繰り広げていようとも、なんびとたりとも我々の聖域に侵入することはかなわん」
「要するにつつがなくラブラブってことなんだな……」
「ふ~ん。左京はぬかりないんだねぇ。ところでさ、今後の参考までに聞きたいんだけど。女の子ってどんな感じなの?」
堀川クンと錦小路クン、錦小路クンに左京と呼ばれた我関せずの態度で本を読んでいた男子生徒の会話をよそに、いまだ虚脱状態から抜け出せない烏丸クンと格闘していた四条クンは、ひと筋の光明を見出したかのごとく、左京と呼ばれた我関せずな態度の男子もとい御室クンに鼻息荒く詰め寄り――――、
「はっ! そういえば御室、おまえという最終兵器がいたな。おい、烏丸をとにかく覚醒させてくれ、っていうか、おおお女の子とは、やはり、ふにふに、まふまふなのかっ!? オレも一度でいいから――――でっ。げっ。ごふっ」
――――殴られた。不穏な空気をまとうそのおひとに。
「――――貴様ら。千鳥を辱める気か……。死にたくなくば、宇宙の塵となれ」
「いや……、どちらにしても悲惨な結末……」
と、いつでも冷静に、堀川クン。
「くそ……っ。なんなんだよ。だいたい、御室は左京じゃねーだろ、右京区だろっ」
「それをいうなら、烏丸もだ。方角に統一性がない」
「むちゃくちゃな言われようだな、おいっ。烏丸っ! おまえ、悔しくねーのかよ」
「ああ、ガ○ガリ君で夢の酒池肉林……」
白目、涙目で、片手を虚空へ伸ばす烏丸クン。戦力にはならず。
「まだ言ってるよ」
「夢が酒池肉林かよ! おまえの夢って古代文明から進歩ねえな!」
「いやあー、男なら一度はやってみたいデショ。酒池肉林」
「そう言われるとたしかに、酒池肉林、華麗なる響き、かも……」
「だぁよねぇ。男の8割は、ロマンでできている」
「錦小路、堀川、おまえらもか――――って、あとの2割は?」
「女への、夢と幻想」
「そこは愛って言えよ!」
とたん、なにやら不穏な空気を一段と濃くした御仁が、バキバキと拳を鳴らす音が響いた。
「――――貴様ら。千鳥で酒池肉林だと……? もはやこの世に未練はないとみた」
「いやっ、ちょっと待て、まったくの誤解だ、御室っ。そ、それに酒池肉林するには、圧倒的に女子の数が足りな……って、うわあぁ、落ち着け! ボクタチニハ、マダ未来ガアル!」
ドカン、ガシャンと普通の教室にはあるまじき音が響き。
「貴様のその腐った口を縫いとめたなら、あるいは望みはあるかも知れんな」
怒れる御室御仁の足元には、ボロボロの四条クンが目を回していた。
「げ、げふぅ……」
「……ヤフー」
「豆腐ぅ~」
三人のふざけた三段落ちを聞き納めたところで、御仁は言った。
「――――そうか。儚い人生だったな」
「……みんな。オレはいくよ。しばしのお別れだ。来世でまた会おう」
四条クンが両目を閉じ、その伏せた瞼を光らせ、片手を清々しく仲間に挙げた、そのとき。
スパーンと、それはまあ、けたたましい音をたてて教室の扉が開かれた。
そこには顔を真っ赤にして身をふるわせる、メガネでお下げ姿の生徒がいた。
「あっ、あんたらみたいな下劣な男がおるから、二酸化炭素は生み出され、地球は温暖化するねん……っ!」
「いきなり現れて、すごい主張だねぇ」
「うん、テーゼだ」
「ちゃう! セオリーや!」
もはや飛躍を通り越して先鋭的ですらあるといえる主張を関西弁で展開する女子生徒と、四条クンたちが言い争っている後ろから、
「――――そないなこと、言わはったらあきません、本郷さん」
と、竹取物語から現れたかのような美貌の生徒が声を発した。
「か、霞ヶ関会長……」
と、これは烏丸クンと御室クンを除くその場にいる全員の声である。
「――――たしかに。女へ夢を持たはるなんて、腐れ外道も甚だしい蛮行としか評しようがないけど」
「そ、そこまで言いますか」
と、霞ヶ関会長と呼ばれたこれまた関西弁の美少女の言葉に、へどもどな四条クン。
「えーっ。女の子だって、男に夢を持ってるデショ」
と心外そうな錦小路クン。
「女は現実的に生きなアカンねん。夢くらい持たせろや」
と逆切れなお下げの女生徒・本郷サン。
「現実的に生きることに性差はない! これ、世界の道理! 青少年の主張!」
と四条クン。
「そんなことは、どうでもええねん!!」
「うわ、ちょっと、自分たちで話題ふっといて、その転換……!? に、人情はどこに!?」
「人情……? あんたらの口から、ようそんな言葉が出るもんやなあ? 人情いうんやったら、こっちにもそれを分けぇ! なんや、男子ばっかり購買やら教室やら好きなもん取ってからに。それに、なんでうちらの名前が、本郷に駒込に霞ヶ関で、あんたらの名前が四条に烏丸に御室やの……。しかも、千鳥は御室の毒牙に、それと知らずに掛かって。うっ。このうえない屈辱や……」
「ちょ、ちょちょちょ、それすらもオレらのせいなんすかあ!?」
「問題ない。我々が婚姻を結んだあかつきには、千鳥は御室姓になる。万事解決だ」
「なにサラッと、関係ねえこと言ってんだよ! さっきからおまえら、もっと戦力になれ! っていうか、事態を余計ややこしくすんなよ! っていうか、霞ヶ関会長、何用でここに!?」
「あらまあ御室はん、千鳥さんと結婚やて? なんや聞き捨てなりませんなあ。われらのかわいい千鳥さんが、こんな東京モンの家に嫁がはるやなんて、どなたの許しを得て言うてはりますのんや」
「フッ……。愚問にもほどがある。互いの心に互いがあれば、それでよい」
「サラッと無視かい! つぅか御室、悟り開けるぞ。おまえ年齢詐称してんじゃねーの」
「あんたら……。さっきからウチを無視しよってからに。ゆ、ゆるせん! このうえは、今度の生徒会では容赦なんかしたれへん……」
「いや、オレは無視なんかしてねえって本郷さん! って聞いてる!? 聞いてない、聞いてないのね!?」
四条クンの呼びかけも聞こえないとばかりに怒りに打ち震える本郷サンの次の言葉は、強烈な一撃をある生徒に与えることになった。
すなわち。
「ふふふ……。夏に実施した統計調査。購買の品でもっとも売れたんは、ガ○ガリ君や。これを男女別の割合で調べたところ、9:1で圧倒的に男子の手に落ちていることが判明した。女子の中には、ガ○ガリ君があまりにも品薄なために思い余って出奔した子ぉも、おるくらいなんや。それくらいガ○ガリ君は競争率が高い。それやのに男子の手にばっかり渡るんは、法の下の平等・基本的人権に照らし合わせて、このうえない不合理・不平等・不公平。この誰の目に見ても明らかな格差を是正するためにも、ウチは提案する! 正義の名の下に! 以降はガ○ガリ君にナンバーを振り、男女比に対応して平等にガ○ガリ君が行き渡るようにすることをっ!!」
虚脱状態で灰と化そうとしていた烏丸クンに、覚醒という名の。
「ぬわんだとぉぉぉ!? ガ○ガリ君を男女比に対応して平等にだと!? そ、そんなもん、さ、さ、させ、賛成! さんせぇぇぇぇぇーーーー!!」
それまで灰になろうとしていたのが嘘のような烏丸クンの威勢のよい声が校内に響き渡り。
「う、うわあ。ビックリした! 烏丸が、烏丸が目を覚ましたよ……!」
という堀川クンの驚嘆に、
「ツッコむところは、そこなのか、堀川ぁ~」
と四条クンのつぶやきがエコーしたのは、とある高校のとある教室でのお話。
◆おまけ◆
「あれ? というか、教室のドアって閉まってたっけ? まだちょっと暑いのに?」
「きっと演出のために霞ヶ関会長が閉めたんだよ~」
「なんのためだよ、それ……」
グダグダでした。タイトル関係ないし。お粗末さまでした。ちなみに、錦小路クンの下の名前は葵、堀川クンは決めてません。




