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習作もの  作者: もぃもぃ
【金蘭の契り】後篇
15/16

金蘭の契り(三)




 新田卯松は番傘を傾けた。

「傘はお持ちか」

「……いいえ」

「ここで誰かを待っているのか」

「父を待っております。まもなくきっとここを通るでしょうから」


 どうしてか後ろめたさを感じて、美里は卯松から顔を背けた。雨音はない。いまだ誰の通る気配もなかった。


「それがしの傘をお貸し申そう」


 卯松は番傘を畳んで美里へ柄を差し出した。紺桔梗の袖がはらりと雫に濡れる。

「それでは新田さまが濡れてしまいます」

「これしき……」

 卯松は口を歪ませたが、暗い顔つきであった。

「……俺のようにはなにもできないと言っていたな」

「――――?」

「まだ元服前の、もう幾年も昔の話だが。あいつが、三好が、いつまでも意気地がなくて、師範にも目をかけられているというのに気がつきもせずに」

「…………桐之さまが、お嫌いですか」

「いつまでも人に甘えて、意気地がなく、かといえばひたすら同じことをくり返すばかりで、あんな奴…………」


 美里ははっきりと顔を上げた。


「けれど、桐之さまは意地悪をなさったことはありません。ただの一度も」


 なんとしてでも、それだけは伝えたかった、否、己に確認したかった。なんと疎遠になってしまったことだろう。どの花、どの雨の時節にも桐之はとなりに在ったというのに。


「この俺に、口答えなさいますか」


 卯松は陰鬱なまでの目であった。美里は慄いた。紺桔梗の袖から伸びる筋張った腕と、傘の柄を握る手に浮きあがる血の管の力強さが、目に焼きついた。

 このさきは、闇ではないのか。ぼんぼり、桃灯籠、とりどりの袖が重なる綾にしき、雨の桔梗、水たまり、木々の根、(にれ)の木、隼の子ら…………。


「わたしの知ることを申したのです」


 自分の、桐之の、幼く透き通った声が遠くすぎてゆく。ぼんぼりの朧な揺らぎに藤衣の衣ずれ、紺桔梗の袖、夜道に行灯、白無垢の花嫁行列、行灯、夜道に行灯、行灯…………

 闇に白足袋が浮かびあがる。一つひとつ、前へ運ぶ己のそれを見ていた。進むしかない、戻ることなど叶わない。

 いずれ(きた)る幻影に、美里は踵を返した。






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