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習作もの  作者: もぃもぃ
【金蘭の契り】前篇
11/16

金蘭の契り(八)





師範(せんせい)…………!」



 門下生たちの目が一斉にそちらに向けられた。卯松は忌々しそうに口をゆがめ、桐之はいたたまれず師範から目を反らした。師範は床の間の惨状に苦笑をこぼしたようであった。


(みな)、その場を動かぬように」


 そう言って、その場を片づけるように道場の下男を呼んだ。桐之はとっさに声をあげた。


「せ、せんせい! わたしが片づけます!」

「よい。慣れぬものが不用意に手を触れると危険だ」

「でも…………」

「それよりも、怪我をしたものはおらぬか。桐之も周吾も大事ないか」


 若い師範は道場を見渡した。


「師範、さすがのおれも肝を冷やしました」


 藤間周吾が眉尻を下げて言った。


「まったくそなたは、口が減らぬな」


 呆れたように笑いぶくみで、師範が答えた。「だが、そなたの言うとおりだよ周吾」


 師範はさきほどの己の言葉をくり返した。


「武道を指南するものとして、いささか魯鈍(ろどん)であった。――――桐之、すまなかったね」



 師範がなにを謝るのかわからない。桐之は泣きたくなった。師範は情のこもった目で、桐之へ、


「怪我をさせることも不届きだが、門生を困らせることもまたしかり」とて微笑んだ。

 桐之の心の整理がつかないうち、師範は「さて」と、新田卯松へ身体を向いた。


「卯松。そなたは昼よりの稽古であろう。それに、脇差をはいたまま道場へあがるのは禁じているはずだが」


 卯松の面へ朱気が(はし)った。


「あいすみません。ですが、三好へ用があったのです」

「…………そなたらの話をすこし聞いていたが、そなたはいささか桐之へ当たりが強いのではないか?」

「三好が過失をおかしたと思いましたので」

「花瓶のことだな。落ち度はわたしにあった。それでよかろう?」


 桐之はおろおろと二人をみていたが、卯松は瞬間、恨むような目で桐之をみた。卯松、と師範はそれを(たしな)めた。


「卯松。本剣道の心得はなにか」

「……直き心にて剣をもち、剣をもちいて乱さず、理非の分別を致すことです」


 直心(じきしん)流であるこの道場の理念を、師範は門生へ質した。


(しか)り。直き心にて理非の分別をせよ、卯松。このばあいの非はわたしにあった。責めるならすなわちこの師範を責めよ」


 卯松はいよいよ唇を噛みしめた。そうして、出すぎました、師範と頭を下げた。

「謝るのであれば、それはわたしにではない」と師範はため息を吐いたものの、卯松は桐之を睨みつけて無言である。道場にふたたび張りつめた気が満ちた。

 腕を組んで二人をみまもっていた師範が口をひらいた。

 


「卯松。脇差を置きなさい。稽古をつけよう」

 







 礼をし、刀を抜く。

 互いに刀を中段に構えて腰をおとし、ゆっくりと立ちあがり、見合ったまま後ろへ下がる。前へおおきく三歩すすみ、仕太刀(しだち)がヤアッと声をあげ打太刀(うちだち)へ刀を振りおろす。オウッの受け合いで打太刀も仕太刀へ刀をおろす。

 見合いながら離れ、構え、すすみ、刀を打ち合い、構えてまた離れる。足をすり、相手の動きにあわせゆっくりと、おおきく仕太刀と打太刀は道場に円をえがく。

 その一円が生まれるさま、打太刀として刀をうける師範の袴のひるがえるさまに桐之は見とれた。

 仕太刀の刀を受けて負ける側の打太刀には、相当の修練と技巧が必要であるという。新田卯松の出来は悪くはなしといえども、やはり受ける師範の剣のつかい、(かた)がまことに卓抜しているのである。


 阿吽の呼吸が、道場を呑みこむようである。吸い、吐き、そのおおきく寛容な波、凛とした太い柱のような姿に、桐之はただ立ちつくす。

 この、なにか芯のようなもの。桐之は切望した。





 稽古の余韻に、ぼんやりとしていた桐之を待ちうけていたのは新田卯松であった。


 









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