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第〇九話「楽勝」

 馬〆兄弟――兄の名前は馬〆生真面目(まじめきまじめ)。弟の名前は馬〆不真面目(まじめふまじめ)

 彼ら二人とわたし達二人は、わずか五メートル程度の距離を置いて対峙していた。

 時は十二時。

 所は駐車場。

 わたしは唾を呑む。こうして馬〆兄弟と直に対面するのは久方ぶりのことだ。コンフィデンスにおけるダブルトップとして有名な彼らは、有名であるがゆえに中々お目にかかれない。今日こうして面と向き合うことになった、つまり作戦を共にしたというのは初めてのことである。

 彼らを目にしたのは何時以来だろうか。

 馬〆兄弟の容姿は瓜二つである。彼らの年齢は共に二十歳。年相応の外見でありながら、服装は何故かブレザーの学生服を常にまとっている。身長も体型も同じで、まるで鏡のようだ。顔付きも仕草も気味の悪いほど似ている。一人だけを見るのならばそこらへんに居そうな学生という風なのに、それがドッペルゲンガーみたく二人一緒に行動しているのだから異常さが際立っている。

 どちらがどちらかというのは、彼ら本人にしか見分けられない。

 駐車場のコンクリートを音を鳴らすように踏みしめて、左右田さんは聞こえよがしに大声で言う。

「おー。こいつらだこいつら。渡された書類にあったぜこの顏。一見ただの学生くんっつー感じだけれど――目にしたことで確信したぜ。こいつらが馬〆兄弟で間違いない。明らかにそこら辺の奴と雰囲気が違う」

「君が――」

 馬〆兄弟――そのどちらかが口を開いた。兄の生真面目なのか弟の不真面目なのかは区別が付かない。

「君がそうなのだな。君が……、ふん。もし己の名前に誇りを持っているのなら答えたまえ――君が左右田右左口だな?」

「ひゃははははん! おうとも! ワタシこそが左右田右左口! てめーら二人をお縄に掛ける最強さんんさぁ!」

 余裕そうに破顔する左右田さん。

 再び馬〆兄弟の片割れが口を開いた。先ほどと同じ彼である。

「なるほど。ならば僕らも自己紹介しよう。僕らは僕らであることに誇りを持っているからね――僕の名前は馬〆生真面目。コンフィデンスのダブルトップ、その兄である」

「同じく。僕の名前は馬〆不真面目。コンフィデンスのダブルトップ、その弟だ」

 右の彼が馬〆生真面目。

 左の彼が馬〆不真面目。

 馬〆兄弟――その二人はそう名乗った。

 左右田さんは言う。

「ひゃははは! 親切なやつらだねぇ! けれどそいつは不必要ってもんさ! ワタシは言われなくても判別できてたぜ。右が兄貴で左が弟君だってよぉ」

 本当だろうか? どうも胡散臭い。適当を言っているのではないか。

 まあ語り部のわたしとしては助かったところだ。

 左右田さんは言う。

「へっ。最近の敵ってのは自分の素性を隠すやつばっかだからなあ。てめーらみてーに正面切って自己紹介してくるやつらにゃあ好感を持てるってもんだぜ。褒めてつかわす。情けとして、一発で仕留めるよう宣言してやるよ」

「褒められる覚えはないよ」弟の不真面目は言う。「僕らは僕らであることに誇りを持っているだけのことさ。君は最強であることを誇りに思っているかもしれないが、言っておこう、そんな称号を自慢げに振りかざしている時点で真の勝者とは言えない」

「そうとも」兄の生真面目は言う。「真の勝者というものは僕らのことを言う。僕らのように、分かり合える仲間が傍に居る人間のことを言うのだ。左右田右左口、君にはその仲間が居ない。最強になったところで独りぼっちでは虚しいだけのこと。孤独である限り君は絶対的に敗者なのだよ」

 馬〆兄弟は、共に嫌らしく笑った。

 孤独な人間を軽蔑するように――嘲笑した。

 横で聞いていたわたしは、自分のことを言われているわけでもないのに何故か心が痛い。

 しかし左右田さんは、彼ら二人に負けないくらいの声高さで笑い飛ばす。

「あっはっはー! 何だい何だい? てめーら二人はあれか? 兄弟で相思相愛っつーラブラブでブラコンな関係なのか? いーねー! おねーさんそーいうの大好きだよ! 何がいいったってお前、生まれたときからずっと一緒なんて最高に萌えるじゃないかい! これぞまさに完成された兄弟愛ってかぁ? ひゃはははん! ただまあちょっと惜しいよな――てめーらが少女であり姉妹であれば抱きしめてやったんだけど、男となりゃあそうもいかねえ。容赦はしねえよ? へっ。もし馬〆姉妹に改名するために精子から人生やり直してくるってーなら考えねーこともねーけどよ」

 兄の生真面目は、ふんと鼻を鳴らした。

 それから言う。

「僕らは常に二人で戦う。そのおかげで僕らはダブルトップという称号を得ることが出来た。常に二人で戦ってきたから組織の頂点に上り詰めれたのだ。――聞けば左右田右左口、君はデフォ戦士で唯一人の実戦部隊らしい。そんな君が僕らと戦うことがどういうことを表すのか分かるか? ――仲間の居ない君では僕らに勝てないということだ」

「古今東西どこの世においても力説されているのは友情・愛情の尊ささ。少年漫画だってそれを何よりもの強さだと主張しているよ。左右田右左口、君にはそれが欠如している。独りぼっちで何かに挑もうなんて虚し過ぎるってものだ。知っているかい? 孤独というのは、つまり生きる意味が存在しないということなのさ。君が頑張る姿は誰も望んでいないし、君が死んでも悲しむ奴は一人も居やしない。それなら僕らのために死ねよ。華々しく自殺してくれ。その時こそ君は褒め称えられる」

 呼応するように弟の不真面目も言った。

 孤独を煽り、孤独を嘲る。

 左右田さんが孤独に戦っていたこと――そこに漬け込んで、精神的優位に立とうとしているのだ。

 酷い言葉を浴びせかけ、惨い理論を当てはめる。

 そうやって左右田さんから戦意を削いでいく――自分と相手の情勢を的確に見極めた戦法である。これぞプロフェッショナルの手際だ。

 それでも左右田さんは、何らの気弱さも見せずに声を張り上げる。

「ひゃははははん! いーねー! おねーさんそーうのも分っかるぜえ! そうそう。やっぱし人間ってのは孤独にゃ敵わねーもんよ。誰しも、或いはリアルで或いはブックで或いはネットで交流を求めてる。各々の方法で寂しー気持ちを誤魔化してる。人間そのものか、もしくは人間の存在が感じられる物を拠り所にしてねーと生きてらんねーんだよな。真の孤独を体感してる人間こそ最も辛いとワタシは考えてるぜ。ワタシでさえ孤独にだけは耐えられねーからな。そこを逆撫でしようとしたてめーらってのは確かに狡猾だぜ」

 声の調子を徐々に重くして左右田さんは言った。

 覚えずわたしは不安になる。

 しかし一転。

 にっと笑って、左右田さんは、

「だけど残念! 今はもうワタシにだって可愛い可愛いお仲間の干于たんが居るもんねー! あかんべー!」

 と、わたしの肩に手を回して身を寄せた。

「うわ。ちょ」

 ぐえ、ちから強っ……。

 鬱陶しいし、暑苦しい。

 わたしは、けれども何となく――やめてくださいとは言えなかった。

 何だ――この胸の温かみは。

 こんな風に感じてはいけないと分かっているのに――わたしは。

「…………」

 干于という名を聞いて、兄の生真面目は、ずっと気がかりだったというような顔付きをして左右田さんに問い質してくる。

「おい左右田右左口。ところでそのちっこい奴は誰だ」

 ちっこい奴とは随分な言い草だが――前もって言っておくと、当然ながらこの質問を投げかける意図は、わたしと馬〆兄弟が内通していないものと錯覚させるためのパフォーマンスである。

 今回の馬〆兄弟戦では、この他にも幾つかの段取りが用意されている。通知されたメールにその全容が載せられていた。パターンも幾つかあり、左右田さんの反応で臨機応変に対応するよう指示されている。

 例えば左右田さんがわたしのことを話題に上げたら、馬〆兄弟もそれに乗っかる――と言った具合。

 兄の生真面目は、それを実践する腹積もりでわたしの存在を問い質した。

 わたしの頬をぷにぷにと突いて、左右田さんは言う。

「この子かい? この子はねえ、昨日できたばっかの助手ちゃんさ。ワタシのことを好きで好きでたまらねーっつう甘えん坊ちゃんだよ」

 おい。こら。嘘情報を流すな。

 甘えん坊なのは左右田さんの方でしょ。

 腹いせにわたしは、肩に回されている左右田さんの腕を払い除けた。

「あん。干于たんっ」

 左右田さんがちょっと寂しそうな声をした。

 兄の生真面目は言う。

「……そうか。なるほどな。そんな風には見えんが、まあお前が言うのならそうなのだろう。信じておいてやる」

 いやいや信じないでください生真面目さん。

 わたしがコンフィデンスでどんなキャラなのか知ってますよね? ね?

「ふむ。弟者。あの干于とか言うちっこい輩は左右田右左口の助手だそうだ。どう思う?」

「どうでもいいな。そんなことより兄者。飴なめるか?」

「応。貰おう」

 不真面目さん、わたしに興味無しですか。

 これから戦うっていうのに悠長に飴なんか舐めてていいんですか。

 そうして弟の不真面目は、ピンポン玉サイズの妙にでかい飴玉をポケットから二つ取り出して、その一つを兄の生真面目に渡した。

 包み紙を外してから一緒のタイミングで口に入れる馬〆兄弟。

「もご、れろ、……れろれろ。ふむ。美味なり。助手、な。ふん。昨日今日で結託した付け焼刃が僕らのコンビネーションを上回れるとは到底思えん」

「れろ、れり。……。人員不足なんだろうさ。規模だけを見るならデフォ戦士は小さい組織。少数精鋭を極めたと言えば聞こえはいいがね。ま、ずっと孤独に戦っていた左右田右左口だ。二人と言ったところで助手君の出る幕は来なかろう」

 馬〆兄弟は、わたしと左右田さんとの協調性を真っ向から否定した。

 この瞬間――一人わたしは段取りを思い出す。メールに書かれていた文章を想起して再読する。

 段取り。

 わたしには、この勝負で為さなければならない役割がある。それは左右田さんの足を引っ張るという役割だ。具体的に言えば、馬〆兄弟に捕まえられて人質にされることだ。

人質にされるための順序は決まっている。一・わたしは、無鉄砲を装って馬〆生真面目に向かい猪突する。二・馬〆生真面目は、そんな風に突っ込んできたわたしを容易く拘束する。三・馬〆生真面目は、わたしを出しにして左右田さんの自由を封じる。これにより左右田さんを倒すという寸法だ。

 無能な味方は敵より恐ろしい。

 わたしは人質に足る条件を満たしている。人質に足る条件と言うのは、つまるところ仲間であることに尽きる。人質というものは、殺さないでほしいと思える人を捕まえてこそ効果があるものだ。左右田さんは、きっとわたしを殺してほしくないと考えるだろう。左右田さんはわたしを信頼(、、)している――そう見て間違いはない。だから左右田さんは、わたしを見殺しにしないはずだ。

 ただこの寸法を為すのには不可欠な要素がある。それは、わたしが猪突するのに納得できるだけのシナリオを構成することだ。怒りに身を任せて敵に突き進む、そんな行動を普段のわたしが取るはずがない。いくら左右田さんでもそれくらいは理解しているだろう。そのため干于千というクールな少女が怒るに足るだけのシナリオを演出しなければならないのだ。

 言うならばわたしと馬〆兄弟で即興劇を行うのである。

 わたしを怒らせるためのシナリオ。

 今からすることは、ゆえに全て演技ということを留意しておいてほしい。

「いま何て言いました……」

「干于たん?」

「何て言っただって? 難聴な人だね。聞こえなかったのかい。君の出る幕は無かろうと言ったんだよ」

「左右田右左口がコンビネーションを取れるわけが無いのだ。一人でしか戦ったことがないのだからな。君は大人しく引っ込んでおけ」

 わたしは、馬〆兄弟の発言に反論する。

「……それは、ちょっと違いますよ」

 左右田さんが孤独である事。

 わたしと左右田さんに協調性がない事

 それらにわたしは――反論する。

「わ、わたしは……確かに左右田さんと出会ってまだ二日目です。わたしは左右田さんのことを十分に知らないし、左右田さんもわたしのことを十分に知らない。これが初めての実戦なわけですから、きっとあなた達相手に上手く戦えないかもしれません」

 わたしは胸に手を当てて、

 跳ね返すよう啖呵を切る。

「だ、だけど! だけどあなた達に後れを取ってるとは思いませんね! わたしと左右田さんがこの二日間でどれだけ濃密な時間を過ごしてきたとおもってるんですか! それはきっとあなた達にだって負けてない! わたしと左右田さんの息は既にぴったりです!」

 思い返せば色んなことがあった。抱きしめられて気絶したり、裸を見られたり、美味しい炒飯を食べさせてもらったり、お使いさせられたり、一緒のお布団で寝ていたり、頭をなでなでしてあげたり――それらの事々がただ二日すごしただけで起こったというのだ。

「だから――だ、だ、だから、左右田さんは孤独なんかじゃないし、わたしだって……わたしだって一緒に戦うんですーっ!」

 わたしの声が轟いて、その場の空気がしんとした。

 言うことを言い終えたので、わたしも口を閉じる。

「…………」

「…………」

「…………」

 誰も喋らないので、沈黙。

 三人の視線がわたしに集まってくる。

 …………。

 は、恥ずかしい……。

 いくらシナリオを作るための演技(、、)とは言え、こんな台詞を吐くはめになるなんて……。

 しかも何かちょっと言っていることが飛躍しているし……。

 ああああ。

 顔が熱い。熱い熱い熱い。

 自分の温度で火傷する。

「ふん。異な事を言う。その真っ赤な顔はどうした。怒りか?」

「そ、そ、そ、そうです! わたしの顔が熱いのは怒りのせいなんです! わたしと左右田さんとの間にある信頼を侮辱したあなた達を決して許しはしませんからね!」

「ならば僕らに向かってくるがいい。どうせ口だけなのだろう? ほら、どうした、かかってこい」

「な、なななな舐めないでください!」

 馬〆兄弟は挑発した――ように見せかけて、わたしに助け舟を出してくれた。

 上手い具合(?)に攻撃するよう誘導してくれた。

 即興劇をした甲斐があったというものだ。

 後は人質にされるだけ。

 わたしは、馬〆兄弟に向かって走りながら、

「もう絶対ぶん殴ってやるんですからねーっ!」

 と叫んだ。

 拳を構えて、しかも攻撃宣言しながら正面突破するという間抜けも甚だしい格好ではあるが、もうそんなことはどうでもよい、周知に見舞われているから体裁に構っていられないのだ、残りは段取り通り兄の生真面目に手首を掴まれて人質になればわたしの役割は終了である、後は野となれ山となれということだ。

 距離を詰めて、詰めて、詰めて、一メートル。

 わたしは、へろへろなパンチを生真面目の懐めがけてお見舞いした。

 これで恥ずかしさから解放される。

 そう思った。

 すると――

「……くはぁッ!」

「!?」

 瞬間。

 わたしのパンチが当たる寸前、馬〆生真面目は、衝撃波を受けたかのよ(、、、、、、、、、、)うに腹部を凹ませ(、、、、、、、、)さらに口から吐血した(、、、、、、、、、、)

 吐き出された血がわたしに掛かる。

 べったりと。

 ――え?

 頭の中で疑問が沸き出る。

 何? なんだ?

ど、どうして馬〆生真面目が――やられている(、、、、、、)

 疑念。

 しかしわたしの戸惑いにはまるで構わず、馬〆生真面目はそのまま駐車場に倒れ伏した。固いコンクリートの上、受け身も取れず。

 予想外の展開。

 何が起こったのかを理解できない。

 どういう――ことだ。

 どうしてわたしの顔に、わたしのスーツに、馬〆生真面目の吐いた血が掛かっているのだ――!

 弟の不真面目も、わたしと同様に混乱している。

「左右田右左口……! 何をした! 君は一体……!」

「ひゃははははん! まーそー怒鳴りなさんな! ちゃーんと弟君にも教えてやるって――その身を以てな」

「――!」

 わたしは振り返り、左右田さんの姿を見る。

 左右田さんはいったい何をしたのか。

「一撃だぜ」

 左右田さんは、馬〆不真面目に向かって凸ピンの構えをした。

 五メートルも離れた地点からだ。

 そしてそれを――

 ぴんっ、とやると、

「げふぁっ!?」

「!」

 もう一度わたしは馬〆不真面目の方を見やる、すると、馬〆不真面目は、兄と同じように腹部を凹ませて吐血していた。

 赤い液体がコンクリートに付着する。

 間もなく。

 その場から吹っ飛んで、背中をコンクリートに打ち付ける。

 仰向けに倒れた。

 それからぴくりとも動かない。

 兄の生真面目も、弟の不真面目も――倒れたきりで動かない。

「…………!」

 わたしは目の前で起きた光景が信じられなかった。

 何だ今のは……どういうことなのだ。訳が分からない。

 左右田さんが空に向かって凸ピンし――それで馬〆不真面目が倒された?

 なんだそれは。

 そんな行動でどうやって二人を倒したのだ。

 いやそもそも二人は本当に倒されたのか?

 疑問ばかりで事態が呑み込めない。

 混乱――何が何だか……。

 どうなって――

 と、わたしが現状を把握することに手一杯でいると、

「干于たーん!」

「……え? うぉあ!?」

 左右田さんは何時の間にかこちらへ向かってきていて、さらにわたしを後ろから抱きしめてきた。

 そのままぎゅうと力強く締め付ける。

「干于たん干于たん干于たーん! にゃはははは! にゃーん! にゃーん!」

「う、げっ!? ぐるしっ……」ぱんぱんと腕を叩く。「死ぬっ……! 死にまず!」

「んお。こいつぁ失礼」

「くはっ!」緩められて、呼吸。「はー……はー……」

 左右田さんは尚もわたしを抱きしめているが、先ほどと比べれば良心的な力加減になった。

 わたしの後頭部に頬擦りしながら、左右田さんは言う。

「いっえー! やったぜー! 勝った勝った! 干于たんのおかげで楽勝だー! やー! やっふー!」

「え? 勝った……わ、わたしのおかげ……?」

 左右田さんの言葉を訝しむわたし。

 というか、そもそも。

 わたしは、倒れている馬〆兄弟を見やる。

 うつ伏せに倒れている馬〆生真面目。

 あお向けに倒れている馬〆不真面目。

 両者とも吐血している。

 わたしの顔とスーツにそれが掛かっている。

 彼らが倒れているということは、どうしようもなく、彼らが倒されてしまったということ。

 わたしと左右田さんが勝ってしまって、馬〆兄弟が負けてしまったということ。

 それをわたしは、未だに信じられずに居た。

「左右田さん……。わたし達は、勝ったんでしょうか?」

「あん? そりゃそーよ。見りゃ分かるじゃん」 

 確かに見れば分かる。

 だけどもこの実感の無さだ。

 わたし達が勝ったということ――それの原因が分からない。

 勝因が何であったのかを理解できていない。

 だから意味が分からないのだ。

「左右田さん。あの、いったい何をしたんですか? 何をして、馬〆兄弟を倒したんですか?」

「んん? 解説してほしーのん?」

「そりゃそうですよ……。こんな訳の分からないまま勝ったって、何がなにやら」

「ひゃは! そりゃそーだ! 今後の関係っつーこともあるし、そんじゃちょっくら軽うく能書き垂れるかね!」

 わたしの混乱を解くために、左右田さんは、いま起こった現象を解説した。

 空に向かって凸ピンし――それで馬〆兄弟を倒せた理由を解説した。

 その概要はこうだ。

 原理自体は何のこともない。凸ピンで空気を押し込む。押し込まれた空気は、エネルギー保存の法則に従って移動し続ける。移動した空気が物体に衝突すると、凸ピンされた空気以下のエネルギー(失速の考慮)をもって対象物にダメージを与える。

 そう。左右田さんは、空気に対して運動量保存の法則を従えた。

 簡単に言えば、凸ピンをワイヤレスに当てたということである。換言すれば空気砲を発生させた。人一人を気絶させるほどの威力でそれを放ったのだ。

 原理自体は単純なものの、はっきり言って狂っている。

 解説され終えたわたしは、しかし尚も混乱している。

「ど、どういう……。いえ、そもそもの大前提として、どうやったらそんな威力の凸ピンを放つことが出来るっていうんです? 左右田さんの体は健康的ですけれど、筋肉的ではありません。いえどれほどの筋肉を持っていようが、そんな威力の凸ピンを放つなんて不可能です。一体全体どうやったらそんな凸ピンを可能に出来ると言うんです?」

「どうやったらって、干于たん、決まりきったことを言うねえ。何故かと言うなら、そりゃあんた――ワタシが最強だからさ」

「…………」

 最強とはいえ――限度というものを知ってくれ。

 幾らなんでも出鱈目すぎる。

 出鱈目。

 出鱈目――だけれど、結果としてこうなっているのは事実。

 わたしは再び倒れている馬〆兄弟を見る。

 現にこうしてコンフィデンスのダブルトップ・馬〆兄弟が倒れていて、動く気配も感じられない。

 左右田さんは勝って、馬〆兄弟は負けた。

 楽勝という決着が――付いた。

 それは紛いようのない事実。

「じゃあ……本当に勝ったんですね」

「とーぜんよ! 余裕の勝利ぃっ!」

「うげ!?」

 また力強く締め付けられた。

 ぱんぱんと叩いて、解放。

「つーかよー! ワタシさっきのあの台詞で感動しちゃってよー! それどころじゃねーんだわ! 干于たん! そっかぁそーだったんだぁ! ほんとは干于たんもワタシのこと信頼してくれてたんだな! あー! いーなー! 幸せだなー!」

 先刻から何時にもまして上機嫌だったのはその為か。

 わたしは、先ほどの啖呵を思い出して羞恥に見舞われる。

「あ、あれは……その、勢いで言っただけです! 真に受けないでください!」

「いやーんもーツンデレちゃんっ! やはははは! 照れなくってもいーのにー! おねーたんとっても嬉しーぞー! 生まれてきてよかったって思ってるぞー! これからも濃密な時間を過ごしてこーなー!」

「嬉しみすぎです! も、もう思い出させないでくださいっ! ほんとに恥ずかしいんですからっ!」

「んー! ふふふふふふふー!」

 聞く耳なしだった。

 このままだと永遠に抱きしめられ続けるのではないだろうか――そんな一生は嫌だなあと未来を憂えた刹那、突如として電子音が鳴り渡る。

 内ポケットに入っている携帯電話からだ。

 わたしは、抱きしめられているせいで内ポケットから取り出すのに苦労しつつも何とか携帯電話を取り出す。

 そこで驚いたのは――

「……!? ――あ、そ、左右田さん。済みません。ちょっと携帯が」

「んあー! 何だよっ! 何だよ何だよ何だよ! またかよっ! いっつもいっつもいい時に着やがって……、メールなんて後でもいーだろ!」

「いえ、あの……電話なんです(、、、、、、)

「電話? あー。電話かぁ……。むー。それじゃあ仕方ねーなー……。むぅ」

 そう言ってわたしを離す左右田さん。

 気付いたように続けて言う。

「あー、そういえばワタシも警察に電話しなきゃだ。こいつらのこと忘れてた。……んじゃまあ小休止ってことで」

「……はい。えっと」

 わたしは暫し待つ。

 左右田さんが携帯電話で通話するのを待って、それから自分も通話ボタンを押した。

 万が一にも通話内容を悟られてはいけないので、気付かれないようさり気なく車の陰に移動する。

 携帯電話から声が聞こえる。

「もしもし」

「……もしもし。ええと、喇叭叱咤さんですか?」

「そうです。媒介の喇叭叱咤です。そちらは干于千様で間違いありませんね?」

「ええ。それはそうですけど――でもどうして電話を? 作戦の通達は電話でのみだったとお聞きしていましたが」

「馬〆兄弟が負けてしまったようですね」

 Cクラス情報部所属・喇叭叱咤は抑揚のない声でそう言った。

 ――もう情報が行き届いている……だと?

 不意を衝かれたわたしは、平静を保って返事する。

「そうですけれど――何時もながら情報が速いですね……」

「そちらの方に監視部隊を幾人か派遣しておりますので。それよりも干于千様。先達て伊行会長から重要な通達を承りました」

「重要な通達?」

 それを逸早く連絡するためにメールではなく電話してきたということだろうか?

 喇叭叱咤は言う。

「状況を確認します。現在Aクラスの戦闘部隊には戦える人員が一人も居ません。西雲西風・馬〆兄弟が敗戦したからです」

「……そうですね」

 わたしは、コンフィデンスの戦闘部隊が次々にやられていった事実を意識し直して事の重大さに気が重くなった。

 今回の勝負――馬〆兄弟の敗北。その原因。左右田さんの足を引っ張るという寸法は何の成果も上げられずに終わってしまった。そのことにわたしは責任を感じている。

 何をどうすれば好転できたのかなんて分からないけれども。

「このままではいけない。コンフィデンスの未来を守るには、もう形振りを構っていられる状況ではなくなった――伊行会長はそう話して、Aクラス戦闘部隊をも凌ぐ天下無双の精鋭――Sクラス戦闘部隊・大七星(ダイチーシン)を解放すると宣言しました」

「大七星……?」――聞いたことのない名前だが――「なんですかそれ? えっと、そもそもSクラスというものの存在自体が初耳なんですけれど……」

「僕も初耳です。が、伊行会長曰く、彼ら七人は類を見ない強さを有しているらしい。しかしそれゆえ情報の漏洩を恐れて、Aクラスの団員以外には存在を隠蔽していたようなのです」

「隠し玉ということですか」

「そういう事だと思います。それを解放するということは、いま現在の状況が総統に切羽詰まったものだと思われますがと……、とにかく伊行会長は、彼ら大七星の七人を、これからの一週間で一人ずつ放出していくものと発表しました」

「一週間連続……」

「僕も彼らをこの目で見たわけではないので確かなことは言えませんが、少なくともダブルトップ・馬〆兄弟よりは遥かに強いでしょう」

「大七星のプロフィール等は?」

「いまメールを作成し終えましたので、通話が終わり次第に送ります。通達は以上です」

 それでは、とどちらともなく言い、わたしは通話を終えた。

 Sクラス。大七星(ダイチーシン)

 一週間。

 正直に言って寝耳に水な話だと思った。

 唐突に言われても呑み込めるわけがない。

 と――

「!」

 電子音が鳴る。

 メールが来たのだろう。

 わたしはメールをチェックして、その内容を素早く読む。

 書かれてあるのは、大七星の七人の肩書きとその特性だけだった。

 急いで書かれたからだろうか……。いや媒介の喇叭叱咤さえも知らないと言っていたからこれ以上の情報を書き記すことが出来なかったのだろう。

 以下にその内容を示す。

 十八般兵器を全て極めた卿戦士(バーサーカー)

 自分と相手を反転させる負け犬(レイビーズ)

 黒死病を体の中に宿した病原菌(パンデスミックス)

 時間を切って貼り付ける追放者(バッド・バイ)

 人間を人形とも思わない野変人(アスペルガール)

 理を弄び有耶無耶にする叙術師トリック・トリプル・トリビュート

 ただただ単純に強すぎる勝利者(ナンバーワン)

 以上が大七星についての内容だ。

 彼ら大七星の強さは如何程か。

 少なくともダブルトップ・馬〆兄弟よりは遥かに強いでしょう――と言っていたが。

 しかしその馬〆兄弟があれでは……。

 いや。望みを捨てるな。きっと大丈夫だ。伊行会長はAクラスの人員であれば負けると言っていた。それは、Sクラスの人員であれば勝つ見込みがあるということを暗に示していたからだろう。

 しかも七人が休みなく毎日来るというのだから、これは幾らなんでも左右田さんだって徒では済むまい。

 ――そう思いたい。

 わたしは、それから左右田さんと合流して、馬〆兄弟が担架で運ばれるのを眺めつつ、仕事(たたかい)が終わったことを意識する。

 本当にあれだけで勝ったんだなあと遅まきながら納得する。

 馬〆兄弟も、西雲西風と同じ末路を辿るのだろうか。

 それがどんな末路なのかは、わたしに知れるはずもないけれど。

 わたしが考えるべきなのは、これからの一週間だろう。

 大七星と連戦する一週間か――しかしそれは、帰ってから考えるとしたい。

「おもしれー奴らではあったな。兄弟そろって戦う様ってなあ見てみたかったもんだ。抜群のコンビネーションを自負していた兄弟、ね――ふふん。つくづく姉妹であってほしかったもんだ」

 左右田さんは缶珈琲を片手に訳の分からないことを言っていた。

 それからこう呟く。

「孤独というのは、つまり生きる意味が存在しないということなのさ――ねえ。弟君の台詞だったか」

 その言葉を聞いてわたしの心は、

 ずきりという風に痛みを感じた。

 左右田さんは言う。

「孤独の辛さってえもんを体現させた言葉だな。寂しー気持ちがマックスになると人間ってのはそーいう風に考えちまうもんよ」

 何も言えない。

 肯定も否定も出来ない。

 左右田さんは言う。

「けれどワタシには干于たんが居る。同じように干于たんにはワタシが居る。信頼し合った関係がここにある」

 わたしは、左右田さんの方を向けない。

 向ける訳がない。

 左右田さんが信頼すればするほど、わたしは後ろめたくなるから――

 わたしがこうしているのは全て演技(、、)なのだから――

 左右田さんは言う。

「ま、あいつら二人の言葉を借りるなら――」

 左右田さんは言う――快活に笑って。

「ワタシらも真の勝者ってところだな!」

 二日目・馬〆兄弟戦は、楽勝をもって了とされた。

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