1.異世界にようこそ!
天才とも目される柳生聡一郎は常に考えていた。
『何故自分は異世界に召還されないのだろう』と。
聡一郎は文武両道を地で行く青年だった。
勉強をすれば常に上位者。運動をすればトップは当然。それも単に才能あってのものだ。
特段特別なこともせず、一度は失敗するものの、それ以降はほぼ完璧にこなしてしまう。
彼の才能に潰された者も多くいた。その反面、彼を信奉する者も多くいた。
彼の朗らかな性格は、大抵の人間を虜にしてしまうのだ。
性格だけではない。容貌もかなりのものであった。
ベビーフェイスとは行かないが、オリエンタルな雰囲気を醸し出しつつも何処か西洋を思い浮かばせる絶妙のバランス。日本人離れしたその器量は人を近づけさせない何かを持っていた。
好みは別れるが、嫌悪する人間は殆どいなかった。
某剣豪一族と同じ名字をしてはいるが、分家の親戚の妾の…と非常に縁遠い存在であった。
だが名前ゆえか、一族は皆剣術、剣道を取得している。例に漏れず聡一郎も剣の道に進んでいた。
剣の道を極めんとしているためか、聡一郎の一家は厳しい教育だった。
一日に4時間は稽古の時間。それ以外は学業、食事、入浴といったものだけに限られていた。
娯楽なぞもっての他。聡一郎の自宅にはテレビすらなかった。あるのは文学書と新聞といつのものか分からない古書程度のものだった。
それを異常と気付いたのは小学生の高学年の頃であった。それまでにも何度も話が通じないこともあったが、取り立てて感じるものはなかった。
聡一郎が小学生の頃、とあるVRMMORPG(バーチャルリアリティ-マッシブリーマルチプレイヤーオンライン-RPG)が空前の大ヒットを巻き起こしたのだ。
社会人ですらそのゲームに熱中し、入院するものさえ出る始末であった。
学校に行けば常にゲームの話が交わされる。そう、誰でもだ。9割以上の同級生はそのゲームを所持、残りの一割でもプレイしたことはあるものばかりだった。
聡一郎は父親に尋ねた。
『どうして家にはゲームがないのですか?』
素朴な疑問に返ってきたのは“拳“だった。
それ以来、聡一郎はゲームの話題をすることはなくなった。更には、娯楽の話は決してしなかった。
その後、そのVRMMORPGでプレイヤーがログアウト出来ないという事件が発生した。同級生も多数巻き込まれていた。それは1万人以上が死傷したという空前の大事件だった。
犯人は未だに行方不明。トラウマから社会に復帰できない人間も多数いた。対策のために社会施設が作られ、多くの税金がつぎ込まれ、社会には経済的な大ダメージを与えた。
それ以降、VRを利用した一切が禁止され、法律でもこれを犯したものは厳重に罰せられた。
VRの世界を恐れるものは多くいたが、望むものも多くいた。それは麻薬のように、傷跡を残しながらも未だに多くの人々を虜にしていた。
そんな人々を眺め、聡一郎の父親の言った『愚か者共め』という言葉は今でもはっきりと覚えていた。
その頃だったろうか、聡一郎は勉強に寄った図書館で一冊の本と出会った。
数多くの友人から聞かされた剣や魔法の世界、異世界に召還される物語だ。
聡一郎は貪るようにしてその本を読み尽くした。
家族には秘密裏に読み果たした。
それだけではもの足らず、似たような本を何冊も探した。
聡一郎は剣と魔法の世界に夢中になっていた。
どうでもいい話ではあるが、イタズラで友人に見せられた魔法少女ものは、魔法少女が悪魔に無惨にも皆殺しにされるという最悪のエンディングであったため、それ以来魔法少女はトラウマとなっている。
閑話休題。
異世界に出会って以来、聡一郎は常に自身を磨き続けていた。
サバイバルの術や動植物の知識、医療の体系。他にも語学を通じての“耳“の育成、科学技術の理解。
いつ異世界に召還されても生きていけるようにあらゆる知識の習得に研鑽し続けた。
それから悠に5年は過ぎた。だが一向に聡一郎が異世界に召還されることはなかった。
聡一郎は異世界を渇望していた。
剣の道を強制される日々、自由のない生活、変化に乏しい日常、緩慢に過ぎる人生に恐れすら抱いていた。
どれだけ望んでもその望みは叶うことはない。叶わないからこそ現実なのだ。それゆえにあのような事件が起こるのだ。
それを遂に悟った聡一郎は召還されることを諦めた。
召還されないならば、召還されてしまえばいい、誰がこのような発想をしうると予測できたであろうか。呼ばれないならば行ってしまおうといとも容易く考えたのだ。
大変に馬鹿げた話であったが、聡一郎は至って真面目であった。
その日から更なる研鑽が聡一郎を待ち構えていた。
しかしそれも苦ではなかった。望んだ日々、世界が待ち受けているのだ。これを幸福と言わずしてなんと言うのか。
聡一郎はあらゆる蔵書を読み始めた。日頃の努力の賜物か千頁未満の蔵書ならば一時間もあれば読了出来るようになっていた。
そして今日、遂にすべての蔵書を読み切った。
一年にも渡る壮大な計画の中で既に召還の手筈はすべて整っていたが、一度始めた行為である。これをやり遂げずにはいられなかったのである。
最後の蔵書をしまうと、即座にその場を立ち去る聡一郎。向かう先は【ギルド】だ。
ギルドとは聡一郎の借り受けた物置のことである。倉庫とも言える巨大なそれは一学生が借りるような代物ではない。
聡一郎は人脈を駆使し、金銭を調達し、代理人を立て、この物置の管理人となっていた。
異世界に憧れる聡一郎は基地の意味を込めてギルドと呼んでいた。
伽藍堂としたそこには一切無駄なものはなく、下手をすれば廃墟にも似た雰囲気を醸し出していた。
そんなギルドの中心に描かれているのは五芒星と七芒星の組み合わされた魔方陣だった。だが、それには一切の意味がない。ただ雰囲気が出るというだけの理由でそこに描かれていた。
特に準備は必要ない。
ただ世界の法則に従って手順を進めるだけ。
すべての角が90°の三角形を知っているだろうか?
三角形の内角の和は180°だから存在しない?答えは球体に描かれた三角形だ。
これと微積分、四次元を主として聡一郎の理論は構成されていた。
四次元の四つめの軸は主に時間軸と言われている。今回はその四つ目の軸を“空間“の軸として利用する。自身を“積分“することで仮想的な存在に押し上げ、始めの問いを応用的に利用することで3次元を4次元に確定する。最後に微分を加えることで異世界に召還されるという腹積もりだ。
理論としてはまだ理解出来るかも知れない。しかし、その過程は一切不明であり破綻したものだ。それでいて完成している。矛盾しているが合理に敵っている。
突出した科学とは一見すると魔法である。理論が理解でき、それを実現する技術が兼ね備わることで体現出来るようになる。
そうした意味では聡一郎の技術は少なくとも現在は“魔法“と言えた。決して聡一郎は認めないが、人智を超えたそれは異常であり、呪術ばりな儀式であった。
聡一郎はただ立っている。
頭のなかはひたすらに思考をする。脳内で発せられる電気信号が今回の召還の鍵であった。
それに加えて時間の経過、空間の広さ、あらゆる事象が結果へと収束する。
変化は唐突に起きた。
一瞬のうちに聡一郎の視界が真っ白に染まる。
予想外の出来事にまともに光を見てしまった聡一郎は、已む無く視界を奪われることとなった。
網膜が焼かれるような気がしながらも、瞼の裏では徐々に光が収まっていくのが分かった。
物音はしない。ここはどこなのか。召還はされたのか。期待を胸に、聡一郎はゆっくりと目を開ける。
そんな聡一郎の前にいたのは、全裸でこちらをまじまじと見つめる少女の姿だった。
こちらは(話の顛末が全く決まっていないので)週一程度で更新したいと思います。