8.父と魔女の話
それは、俺の娘、アンティアの13歳の誕生日の夜中。もう日を越えたかもしれない。たらふくご馳走を(とは言っても、庶民的な範囲でだが)食べた後だったからかさっぱり寝付けず、居間の窓辺に座って星を見上げていたときだった。
「お父様」
誕生日プレゼントに貰った真新しい寝間着を着た娘が、困惑した表情で近づいてきた。アンティアは俺の向かいに座ると、思い詰めた様子で、床を見つめながら口を開いた。
「私は幸せになっても良いの?」
「なんで、そんなこと?」
「さっき、夢を見たの。私と同じ顔をした人が、私の母だと言って、リンネア・カルリージョだと名乗って、私の生い立ちを話して……私はお父様の姪なのね」
「ああ、お前は俺の妹の娘だ」
「その人は堕胎の薬草を飲まされていたらしいの。……私は望まれて産まれてきたわけじゃないのね」
「そんなことはない、アンティア、お前の生みの親は、命がけでお前を産んだぞ」
「けれど、その人が私は18歳までしか生きられないって」
「18歳?」
「そう、18歳の誕生日に、過去から私に会いにきて、産まれてきて幸せだったか、どうか……私に、確かめるって……『18歳の誕生日までに幸せだった、生きて良かったと思えたなら、私はあなたを産みましょう。けれどそのためには、18歳から先の命を、あなたを産むために私に頂戴』って、『幸せでなければ、あなたを産まない』って、その人に言われたの」
どうやら、俺の自慢の娘は、頭がよろしくないらしい。
「つまりだな。それは、いまお前が生きているってことは」
俺は、娘の手を取った。
「未来のお前が、幸せだと思ったんだろう? 未来のアンティアが望んだから、アンティアはいま、生きているんだろう?」
「お父様……」
「お前は俺が、このエラルド・アンドレオッティが、手塩にかけて育てた娘。俺はお前の育ての親、つまり父親だ。その俺が許す。お前は、お前が思うより、もっとずっと、自由に生きていい」
娘は、やわらかく息を吐いて、涙を零して、俺に抱きついてきた。
思えば、6年ぶりくらいの抱擁だった気がする。
次の週の月曜日、アンティアは王城に住む魔女(俺の叔母らしい)に、弟子入りし、何年か後、彼女は使える者のほとんどいないと言う時の魔法を使い、真鍮の鍋を粉砕したらしい。そして、真鍮の鍋を買うためにに街へ出かけたとき……何者かに攫われ、まあ、色々あったらしく、今の旦那と結ばれたんだとか。
思春期に父親と距離を置きたくなる乙女心、こちらの世界にも多少あるようです。
それでは、次話で最後です。




