5.彼女の運命の話
アンティアは出会ってから20度目の夜、自分の運命をクリストハルトに打ち明けていた。夕食の後、椅子代わりの寝台にクリストハルトが座り、読書をしていたとき、アンティアは皿を片付け終わったのかエプロンを外して、クリストハルトから拳一つ分あけて座った。
クリストハルトは、栞を挟んで本を置いた。
「何かあった?」
いつもはぴったりと隣に座ってくるのに。クリストハルトが尋ねると、アンティアは困った様子で微笑んだ。
「幸せな生活だなって、思ってたの。あなたは?」
「僕も幸せだって感じてるよ。どうして、突然そんなこと」
「あのね……私、産まれてきて良かったって思ったの」
モスグリーンの質素なワンピース姿の彼女は、じっと自分の指先を見つめていた。
「僕も、君が産まれてきてくれて良かったと思ってるよ。そうでなければ、出会えなかった」
「ありがとう……ええ、そうなの。私は産まれて生きてきたから、あなたと出会えた。幸せだと思えた」
クリストハルトは、アンティアの肩を抱き寄せた。黒髪をシニヨンにしており、真っ白なうなじがあらわになっている。
「私の母は時の魔女。時をこえて私に会いにきて、『18歳の誕生日までに幸せだった、生きて良かったと思えたなら、私はあなたを産みましょう。けれどそのためには、18歳から先の命を、あなたを産むために私に頂戴』と言ったの」
「君は、幸せだって、さっき、言ってたよね」
「ええ、そうなの」
「つまり、ええと、どういう事なんだ」
「私は18歳で死んでしまう運命なの」
クリストハルトを見上げた灰色の目は揺れていた。
「18歳で死ぬ運命を受け入れなければ、私は産まれてくることができないの」
アンティアは、肩に回されたクリストハルトの手に触れた。
「私はあなたと出会って幸せだと思えた。だから私は、あなたと出会うこの運命を受け入れたい。でも」
つと、白い頬を流れ落ちた。
「優しいあなたを悲しませたくない」
次々と流れ落ちた、雫。
「あと、たった、1年」
クリストハルトは呟いた。昨日、アンティアの17歳の誕生日を、一緒に祝ったのだ。ふたりで、この部屋で、この寝台で。
「そう、私が生きられるのは、あと1年」
「僕は8歳のとき、君の言葉で、人生が変わった。健康的な体に、充実した仕事、3週間前からはとびきり美しくて若い女性と付合えて……」
クリストハルトはアンティアのシニヨンをほどくと、枕の上に置いてあったラヴァンデュラの冠をそっと被せた。
「アンティアと出会えないなんて、考えられない。1日でも長く、君と生きたい」
甘い香りをまとったアンティアは、嬉しそうに涙を流した。エプロンを抱きしめていた。クリストハルトはアンティアの背に手を当てながら、これからどうしたいか、ぽつりぽつりと、話し始めた。二人の夢の話は、朝になっても尽きることは無かった。
久々に真面目な話です。え? 今までは? 今までは真面目な営みでしたので;