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6.その夫婦の別れ話

 幸せそうに微笑むアンティアの左手を、クリストハルトは優しく握っていた。

 日に日にアンティアはより女性らしくなり、その緩急ある曲線は美しさを増していった。そして、結婚から4ヶ月後には、彼女の豊かなむねの頂上より、腹部がせり出すようになっていた。

 出会ってから11ヶ月。

 もうすぐ産まれ出る命。

 クリストハルトはもう片方の手でアンティアの腹に触れた。

「あと5日で、あなたは父親になるのね」

「本当にいいんだね、君は僕の子を産んでくれるんだね」

 アンティアは「ええ、必ず」と微笑んだ。彼女は知っているのだ、この先どうなるのかを。知っていて、彼女は子どもを産む決意をしたのだ。クリストハルトはアンティアの寝台に乗り上がると、腹に触れないように、アンティアに口づけた。熟れた果実の柔らかさも、その先に続く蜜の味も、何一つ残さないように、静かで長い口づけだった。

 クリストハルトは仕事を休むことができなかった代わりに、夜帰ってくると、必ずアンティアにキスをした。それは手の甲だったり、頬だったり、くちびるだったり、胸だったり、その度に違っていた。けれど、気持ちはいつも同じだった。




 そして金曜日、アンティアの18歳の誕生日の夜、彼女の決断が現実になる時がやってきた。




 クリストハルトがいつも通り、アンティアに口づけをしていたとき、思い出の鏡からもやが床へと流れ出した。寝台の上の2人は、その煙をじっと見ていた。

「ああ、夜分にご免なさい」

 煙が渦巻いた中から現れたのは、アンティアそっくりの女性だった。まるで双子だったが、アンティアよりも背が高く、より華奢な印象だった。

「謝らないで、お母様」

 アンティアは寝台の上で起き上がり、その女性に話しかけた。

「私は今、幸せですから」

「本当に、本当なのね」

「ええ、私は幸せです。素敵な男性と結婚して、彼の子をこうして産むことができる、これは私にとって、とても幸せなこと」

「ああ、本当に? あなたの答えは決まっているの?」

「ええ、彼が私の運命を受け止めてくれた時から、私の答えは決まっています」

 アンティアは、クリストハルトの手を、握りしめた。

「私を産んでください、お母様」

 女性は、静かに涙を流した。嬉しいような、困ったような表情で、女性はアンティアのそばへ来て、そっと両手でアンティアの頬を包み込んだ。アンティアはその女性を見つめたが、少ししてクリストハルトを振り返った。

「クリストハルト、ありがとう。私は幸せよ。とても幸せなの。だから、産まれてくるあなたの娘もどうか、幸せにしてあげて」

 こみ上げる熱いものを押し込めて、クリストハルトは頷いた。アンティアはそれに微笑み返すと、女性の方へ向きなおり、そして、互いの血のように赤いくちびるをそっと、重ね合わせた。



 クリストハルトはガラスの割れる音で、はっとした。気持ちが、意識が、どこか別な方向へ向けられていたようなのだ。産婆が「ああ! ごめんなさい!」と素っ頓狂な声を上げたが、それよりも、クリストハルトはアンティアの姿を見たかった。

 医者が、いかにも気の毒そうな表情で、アンティアの眠る寝台を示した。


彼女は短い人生を受け入れる変わりに、この世に産まれてくることができた……因果の時間軸も狂っているのでしょうか

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