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翌朝、どこかもの悲しい気持ちで目を覚ました。
夢の中で何か大切なことを聞いた気がするのに、おばあちゃんの顔と同様、ぼんやりと霞がかかったようで肝心なところが思い出せない。
スッとする香りのハッカのお茶を淹れ、軽く温めた夕べの残り物で簡単な朝食を済ませると、今日も食糧採集に出かけた。
私がここにきて毎日欠かさず刻んでいる暦は、今朝で一月と一週間。
当初は夏の気配を濃く残していた森も今や完全に秋へと移ろい、木々に絡みついた蔦は日々色をかさねていく。草々もあるものは立ち枯れ、あるものは実って重くこうべを垂れ、小動物たちも忙しなく、木の実をいずこへかと運んでいる。
ちょこまかと働くリスたちに負けじと、私も彼らに混じってツルで編んだ籠を背負い、木の実、草の実、草の根と、時間を惜しんで放り込む。
朝晩の冷え込みが確実に深まっていっており、人里に降りる術も見つからない今、どれだけ冬支度を整えられるかは文字通り生死に関わる問題だ。
川をずっと下って行けばいつかは森を抜けられるだろうと考え、実際に試してはみたのだが、細い川は伏流水となって消え、確信を持って道を辿ることは叶わなかったのだ。
いや、今となっては、自分が本当に家に帰りたいと思っているのかどうかもわからない。
家に帰ったとしても、待っていてくれる家族も、私を必要としてくれる人もいはしない。
ここにいれば、少なくとも誰かに傷つけられることも、誰かを傷つけることもない。
このままではいけないと理性が警告する一方で、どうしてこのままではいけないのだ、と頑是無い幼子のように耳をふさいでしゃがみこむ、臆病でありながら自暴自棄な自分が居るのもまた事実だった。
昼食代わりに干し魚と木の実を噛みながら採集を続け、森の奥に分け入っていく。
冬の間に根を掘り出して食べられそうなユリやフユイチゴの茎、リスの貯蔵庫につけておいた目印を確認することも忘れない。
いざとなったら、悪いけれどリスが埋めた木の実を横取りするつもりだ。
リスも自分の集めているものが狙われているとは思ってもいないだろうが、彼らだって私の蓄えた食糧を虎視眈々と狙っているのだからお互い様だ。
この前来たとき、確かあの木の向こうの日当たりの良い藪に、野バラの実がなりかけていた。乾かして保存ができるだろうか。
目当ての場所に近づくと、遠目にも点々と紅い実がみのっているのが見えた。棘に苦労しながら集め、大きめの葉で包んで負い籠に入れる。
この先で先日採ったハシバミの実も、まだ残っているかもしれない。
ついでに見ておこうと思い立ち進もうとした時、はっとした。
遠くで獣の甲高い啼き声がする。
秋の鹿のもの悲しい呼び声とは明らかに違う、切迫した声だ。
長く尾を引いて途絶え、耳を澄ませてもそれ以上は聴こえなかったが、何故か不安を誘う、背筋を凍らすような響きが耳について離れない。
私は鳥肌が立った腕をさすり、踵を返す。
そのまま森の奥へ向かうのは躊躇われた。
そうだ、まだ早いけど、ついでに温泉に寄っていこう。
折しも籠も大方満たされたところだ。帰りの道中で一杯になることだろう。
昨日も入ったが、一日中歩き回る必要がある今、少しでも体の疲れを癒しておきたかった。
そして、冒頭へもどる。