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「ぶぇっくしょい!」
おっさんのようなくしゃみで、目が覚めた。
目の前には水平に地面。そして草のドアップが。
このエノコログサが、私の鼻腔を攻撃したようだ。
あれほど吹き荒れていた風雨はやんでいる。
ベランダが崩れて、アパートの裏庭に落ちたんだろうか。
全身を少しずつ動かしていく。
懐中電灯を握りしめたままの右手をにぎにぎ。
続いて時計をはめた左手、問題なし。
首、鞭打ちになっていない。
左足首を動かすと、鈍い痛みが走る。靴はどこかへ行ってしまったようだ。
その他あちらこちらがズキズキしたが、二階から落ちてこれぐらいで済んだら儲けもんだろう。
割と無事みたいだな、と思いながらどうにか上半身を起こした次の瞬間、ぎょっとした。
「はぁ――?」
木だ。木がいっぱいある。
それも裏庭にあるはずの、貧弱なビワの木ではない。
ぐるりと見渡した周囲には、様々な高さの木々や潅木が生い茂り、見通しがきかなかった。
あっけにとられて見上げた空は、田舎でも見たことがないほど青い。
空の色だけを見れば台風一過と思い込むこともできた。
しかし、周囲にその爪痕は残されていない。
私が横たわっていた部分の地面のみが、ビニールガッパの水滴を受けてわずかにぬかるんでいる。
少なくともアパートの敷地内に、こんな場所は存在しない。
真っ白になる頭をなだめながら、必死で考える。
「ここはどこですか?」
――どこかの森の中です。
「私は誰ですか?」
――清原凪子、十九歳、無職です。
「私はどうしてここにいるんですか?」
――全くもってわかりません。
自問自答をするも、虚しく終わる。
とりあえず片方だけパンプスを履いているとぐらぐらするので、濡れたカッパ共々脱いでしまう。
どうやら左足首は軽い捻挫程度で済んだようだ。
足を庇いながら草の上に腰を下ろす。
まあ、記憶喪失という最悪のパターンに陥らなかっただけ良しとしよう。
そうでも思わなくては、やってられない。
さて、これからどうしよう?