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かざなぎの記  作者: 藤原ゆかり
プロローグあるいは就活日記
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本文中の表現は、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

 アパートの部屋に入り、鍵をかける。


 足に合わないパンプスを脱ぎ捨て、鞄を落とすと、私は電気も点けず座り込んだ。

 床が不平を言うように軋む。

 ささくれ立った畳がストッキングに引っかったが、着替える気にもなれなかった。

「あのハゲ親父・・・・・・」

 薄笑いを浮かべた今日の面接官の顔を、思い出すだに腹が立つ。


 私は両親の顔を知らず、田舎の施設で育った。高校進学のためこの街に出てきて、卒業後小さな印刷所に就職。そして先月その会社が潰れ、ただ今絶賛就活中。しかし不況の波は厳しかったのでありました。以上。


 悲しいことに、わが人生を振り返ると100文字以内に難なくおさまってしまう。


 自棄酒でもあおりたいところだが、まだ19歳だ。

「お酒はハタチになってから」

 施設を出て一人暮らしを始めるときに、園長先生に耳がタコになるほど聞かされた言葉が、口をついて出る。

 その先生も去年亡くなって、私を覚えていてくれる人はどれぐらい残っているだろうか。

 急に人恋しくなり、テレビを点けた。


『――に暴風、波浪、雷警報、河川や沿岸には近寄らないで下さい。地元漁協が警戒にあたっている模様です』


 接近中の大型台風が、朝の予報より進路をやや北寄りに変え、上陸したようだ。

 予測によると、このあたりも暴風域に入るようで、早くも風が吹き始め、遠雷が響いている。

 まともに巻き込まれたら、このアパートなどひとたまりもないだろう。

 私は1LDKの部屋を見渡した。


 避雷針もついていない、某リフォーム番組も真っ青の超ボロイ木造アパート「コーポ柿内」。

 一応ユニットバスも一口コンロもついている。

 そして何より家賃が安い。

 いわくつきという噂もあったが、私は現実主義だし、オカルト関係は怖くない。

 強いて言えば蔵書で床が抜けるのが怖いかも。

 基本的には図書館を利用するが、新古書店で好きな本が嘘みたいな値段で売られているのを見かけると、ついつい可愛そうになり連れて帰ってしまうのだ。

 ジャンルを問わず集まった本は、壁際に並んだ手作りのちゃっちい本棚に納まっている。

 そしてゴミ置き場から拾ってきた時代遅れの分厚いテレビ。ビデオデッキはDVDに買い換えた前の職場の同僚からもらった。

 図書館で借りる時代劇や海外の白黒映画のビデオを鑑賞することは、読書と並んで至福の時間だ。

 そんなわけで、私はこの古いアパートに愛着を持っていた。


 テレビ画面では偶蹄目のキャラクターが、近々アナログ放送終了の旨を宣伝している。

「新しいテレビが買えない人間はどうすればいいのさ」

 テレビやチューナーどころか、早く職を見つけないと住む所さえままならないのだ。


 ブラウン管の灯りに部屋がぼんやりと照らされている。外が暗くなっているのに気がつかなかった。

 座り込んでいるあいだに大分時間が経ってしまったようだ。

 電気を点けようと立ち上がると、突然テレビ画面が消え真っ暗になった。

 ――電気代は溜めていないはずなのに。

 それにしても暗い。外を覗うとどこにも灯りがなく、どうやら付近一帯で停電がおこったようだった。

 時折明滅する稲光を頼りに懐中電灯を探し当て、スイッチを入れると点灯した。

 いつから入っていた電池だろう。明日までもつといいけれど。


 もたもたしているうちに風がいよいよ強まり、雨も降ってきたようだ。台風の進路が変わったのかもしれない。

 ベランダ(というのもおこがましい)が軋む音に混じり、何かがカラカラと転がっている。

「やばい!」

 懐中電灯で照らすと、空のバケツが転がり、ネギやパセリを植えた鉢が横転している。

 つっかけが見あたらなかったので、急いで玄関からパンプスを持ち出し、床にビニール袋を広げた。

 頭からタオルを被り、百均のビニールガッパを着る。懐中電灯片手にベランダに出て、救出活動にあたった。

 鉢を室内に運び終え、背後を振り返ると、柵のすき間につっかけが片方ひっかかっているのが見えた。

 しゃがみこんで拾おうとすると、柵をすり抜けて落ちていく。

 とっさに手すりにすがり手を伸ばした。


 途端。


 耳をつんざく轟音が響き、足元が崩れた。


 そういえばベランダの板腐ってたなぁ・・・・・・


 視界が暗くなる中、暢気にそんなことを考えていた気がする。




主人公のフルネームは清原凪子です。清少納言からとりました。

タイトルの「かざなぎ」は「風凪ぎ」「風和ぎ」で、主人公の名前からです。

無風地帯の「台風の目」の意味も込めて。

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