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かざなぎの記  作者: 藤原ゆかり
遭難日記
15/29

13

やっと始まりの終わりといったところです。殺陣っぽいものがありますが生暖かい目でご覧ください。

 明けて翌日。

 私たちは今日こそ森から脱出ルートを見つけるべく、朝から探索の支度に追われていた。

 

 昨夜の話によると、エリカは途中まで何らかの乗り物で連れてこられたようだ。相当の距離があるとみていい。

 探索の距離が伸びれば暗くなるまでにうつほのあるこの場所まで帰りつけない可能性もある。そのため、いざとなったら野宿もできるように装備を整える必要があったのだ。

 とはいっても私が持っていたビニールガッパ、懐中電灯、タオル、壊れた腕時計と、ここに来てから手に入れた黒曜石の小さなナイフ、火熾し用のホクチ、木の椀や籠、ロープ、蓄えた干し魚や木の実、それに誘拐犯から失敬した刃物と食糧、脂、火打石と火打金といういささか頼りない品々だったが。

 それらを地面に並べ、ひとつひとつ確認しながら負い籠に入れていく。

 最後に焚き火の燃えさしに土をかぶせて踏みつけ、完全に消火したことを確かめれば準備完了だ。

 

『準備、できた?』

『ちょっと待って』

 エリカを見ると、草鞋の紐を結ぶのに苦戦しているようだ。傍らの岩に腰掛けるように促し、きつすぎずかといって緩まないように結びなおしてやる。

『ありがとう、ナギ』

 凪子という名が発音しにくいようで、エリカは私のことをナギと呼ぶようになっていた。

 多少違っていても、自分の名を呼んでくれる人がいるというのは嬉しいものだ。ここ数年来絶えてなかったことなので、ちょっとこそばゆいけど。

 

 じゃあ行こうか、と立ち上がろうとしたとき。

 

 私のものでもエリカのものでもない押し殺した声を聞いた気がした。

 はっとして意識を広げると、十五メートルほど離れた木の陰に、異質な気配がひとつ、ふたつ。

 

『ナギ?』

『しーっ』

 エリカがいぶかしげにこちらを見る。

『あそこ、誰か、隠れている』

 耳元で囁くと、彼女は身を固くした。

 

 片手でエリカの肩を押さえながら、籠から刃物を取り出し見当をつけた方に向けて構える。

 

 途端、辺りの空気が一変した。

 

 姦しく騒ぎながら焚き火跡で餌を奪いあっていた椋鳥たちが、異変を察したのか我先に飛び去っていく。

 

 一拍置いて、男たちがこちらへ向けて飛び出してきた。

 

「逃げて!」

 思わず日本語で叫んで後ろ手にエリカを押しやり、背後を隠すように立ちはだかる。

 手足が震えるのを叱咤し、両手で刃物の柄を握って胸の前で水平に構えた。

 日本刀のように長い刃物を携えた大男が、間合いをはかるようにじりじりと近づいてくる。

 視界の端には弓を持った男がアーチェリーの的を狙うようにこちらに向けて矢をつがえているのが見えた。

 

 エリカは逃げただろうか。

 

 彼女の国の言葉で、逃げるはどう言うんだったっけ。

 体が勝手に後ずさりしようとするのを必死で堪える。

 いや、もはや体が竦んで動けないのかも。

 

 永遠にも思えたが、実際は数秒の間だったのだろう。

 

 ごくりと喉を鳴らした瞬間、上段に振りかぶった男が一気に間合いを詰め打ち込んできた。

 

 エリカの悲鳴が聞こえる。

 

 反射的に体が転がった。

 斬撃が地面を噛んで止まる。

 足をもつれさせながら起き上がると、別の男がエリカめがけて飛び出そうとしている。

 

『逃げて!』

 やっと思い出した単語をわめきながら体ごと男に突っ込んでいく。

 

 肉を裂く嫌な感触。呻き声。

 

 そのまま倒れこむかと思われた男は、しかし低く呻きながら私の足を払い右手首をひねりあげた。

 痛みに耐え切れず手放した刃物を奪い、素早く私の首筋に擬する。

 

『逃げて……』

 

 エリカが繰りかえし何事か叫んでいる。

 次いで動物の啼き声がし、強い調子の男声が響いた。

 首筋に食い込んでいた刃先が消え、圧し掛かっていた重みが退く。

 

 目を開けると、茶色い髪をした壮年の男性にエリカが駆け寄り抱きつく光景が映った。

 二人はそのまま固く抱きあっている。

 

 エリカがこちらを見て、泣きながら満面の笑みを浮かべる。

 

 それに微笑み返しながら、終わったのだ、とただ思った。

 

 世界が色を失う。

 

 聴覚が歪み、視界を黒い斑点が覆い尽くしていった。


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