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かざなぎの記  作者: 藤原ゆかり
遭難日記
13/29

11

 擂り潰した草を樹皮で固定していたシップを、エリカの脚からそっと外す。


 出会った時靴を履いていなかった彼女の柔らかい華奢な脚は、荊や草で痛々しく傷ついていた。

 傷口から細菌が入ったのか患部が熱を持ち歩くこともままならなかったが、あれから三日が経過した今では、小さな擦り傷は残るものの腫れはあらかたひいているようだ。


『痛い、ない?』

 私はジェスチャーを交えながら覚えたての言葉でエリカに尋ねた。

 彼女は頷いて立ちあがり、

『もう痛くないわ』

 と笑ってみせる。

 そのまま歩きだそうとするのを手を挙げて止める。

『痛くない、良かった。これ、足、つける』

 私は夜鍋して編んだ干草の草鞋もどきをエリカの足に括りつけた。不恰好だが、素足で地面を踏むよりはマシだろう。

 案の定エリカは初めて草鞋を見たようで、不思議そうに足踏みを繰り返している。ナチュラルテイストの服装と妙に調和しているのが微笑ましい。


 片言と身振り手振り、地面に書く絵のみに頼った交流だったが、私はエリカの言わんとすることが三割がた理解できるようになっていた。彼女も私に伝えようと簡素な言葉を選んでくれているのだろうけれど。

 とはいえ、まだ物の名前や動詞、簡単な言い回しが関の山で、やはり細かいニュアンスや説明的な文章は理解できない。

 なんとか彼女の事情を知ろうとお互い努力をしてきたが、私が知ることができたのは、エリカ・リムリスという名前と年齢は十二歳だということ、当たり前だが日本人ではないこと、スタンフォードという所から来たこと、そして自分の意思でここに来たわけではないらしいことぐらいだった。


 家族に愛されているのだろう、父親や兄らしき人物について話すときエリカは少し涙ぐむ。

 それでも、こんな子供なら泣きわめいてもおかしくはない不安な状況にありながら、微笑を見せる彼女の強さがまぶしい。

 夜中に声を押し殺して泣くエリカの震える背をそっと撫でると、遠慮がちにしがみついてくる。

 その温もりが、胸が痛むほど愛しかった。

 庇護しているようでいて、出会ったばかりの幼い少女に依存しているのは実は私のほうだ。

 もはや私にとってエリカは生きる意味になっていた。


 歩けるようになったエリカを伴い、私たちが出会った温泉へと向かう。

 言葉で事情が理解できないなら、実際に現地へ行って状況を説明してもらったほうがわかりやすいと考えたからだ。

 湯気で煙る温泉を見て、エリカは目を丸くしていた。傷にも良いだろうし帰りに一緒に入ってみようか。


 私はどちらの方向を向いて湯に浸かっていたか思い出し、背後にあたる方向を確認する。

 藪の一部が不自然に乱れており、膝まずいて掻き分けながら目を凝らして見ると、人一人が辛うじて通れるほどの獣道に微かな足跡が残っていた。

『これ、歩く、来た?』

 背後を振り返り獣道を指差して確認すると、エリカはこくりと頷く。

『道、わかる?』

 と訊くと、困った顔をする。

 それもそうだろう。傷だらけで転げ出てきた彼女の様子を思い返すに、そんな余裕はなかったに違いない。


 雨が降って痕跡が消えてしまわないうちに、行けるところまで行ってみよう。

 私は先になってエリカが通りやすいよう道を作り、帰りのための目印をつけながら、ゆっくりと獣道を辿りはじめた。

次回グロテスクな描写がありますのでご注意下さい。

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