10
「くしゅっ……うー寒い」
翌朝、いつもより早く目が覚めた。
まだ薄暗い初秋の朝方は冷えこむ。
うつほと私を隔てて焚いていた火は、すっかり冷え切っていた。
布団代わりの落ち葉の上から掛けていたぼろぼろのビニールガッパは結露し、周囲の地面もひんやりと湿っている。
うつほの中の少女は、よく眠っているようだ。
彼女を起こさないように注意しながら、手早く火を熾し、籠を背負って朝靄が漂う沢へと向かった。
痺れるほど冷たい水で顔を洗ってから、昨日仕掛けておいた罠を確認する。かかっていた魚は大小あわせて六尾。頭をヤナギの枝に貫いて環にし、腰から下げる。
大きな器に水を汲み、少々遠回りして、栗や安全だと判明した茸、柔らかいシダ、名残の木苺、お茶にして飲むための草などを道すがら採集して帰った。
ようやく差し込み始めた朝日の下、眠る少女の髪は温かな栗色だ。異国の顔立ちと見慣れない服装は辺りの光景と相まって、昔読んだ童話の中に登場する森の精霊のように見えた。
まるで挿絵から抜け出してきたかのような姿だが、昨日負ぶってここまで連れてきた重みと温度の記憶が、彼女が生身の人間であることを伝えている。
ぱちん、と大きな音を立てて、焚き火にくべた栗がはじけた。
その音で少女も目を覚ましたようだ。
しばし状況の把握ができていないようで視線をさまよわせていたが、私に目を留めると安堵したように微笑んだ。
今度は自然に笑みを返す。
「おはよう」
通じないとわかっていたが、思わず言いたくなって言ってみた。
少女は首をかしげた後、頷いて何事か口にした。
私はその言葉を繰り返してみる。
少女はパッと顔を輝かせ、ゆっくりと発音してくれた。
次に繰り返すと、何とか及第点が出たようだ。
覚えたての『おはよう』を口にしながら会釈すると、彼女も真似をしてぺこっと頭を下げながら返してくれる。
その様子が可愛くて私が小さく吹き出すと、彼女にも笑いが感染る。なんとなくおかしくなって、二人でくすくすと笑ってしまった。
「なぎこ」
笑いが収まった私は自分を指すジェスチャーをして、名前を告げてみる。
今度はすぐわかったのだろう。
『ナギ…ィコ』
私の目を見てやや言いにくそうに呼んだ後、少女は優美な動きで手のひらを自分の胸に当てる。
『エリカ』
発音しやすい名前でよかった!
日本人の名前でも不思議ではないし、もしかしたらハーフなのだろうか。
「エリカ」
繰り返すと、そうそう!というようにコクコク頷いてくれる。何だこの可愛らしい生き物は。
夕べは二人とも落ち着いて食事をするどころではなく、ろくに食べていない。
焼いた栗と魚、茸とシダのスープ、わずかばかりの木苺という簡素な食事だが、エリカはもの珍しそうにしながら食べてくれた。
食後に、痛みを緩和する作用があるヤナギのお茶を飲みながら、周りにあるものを手当たり次第指して、ゲームのようにお互いに名前を挙げていく。
文字情報も何もない環境で、知らず知らずのうちに情報に餓えていたのだろう。もともと暗記が得意ということもあって、私はエリカが教えてくれる単語を次々と覚え、彼女を驚かせた。