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鳥たちの鳴き声が一際騒がしくなった後、やんだ。
湯に浸かりながらもんもんと来し方行く末を思い悩んでいた私は、意味のない思考を断ち切られ我に返る。
いけない、のぼせてしまうところだった。
いつの間にか、指先もほやほやにふやけている。
いい加減あがってうつほへ帰ろうと、縁の岩に手を掛けて立ち上がったときのことだ。
「ガサガサッ」
背後の繁みが、不自然に音を立てた。
いる。明らかに、そこに何かがいる。
熊か、鹿か?
物音は次第に近づいてくる。
こちらは無防備にも素っ裸だ。手近に武器になりそうな石や枝もなく、温泉から出るのさえ間に合いそうにない。
騒ぎ立てて、向こうが驚いて退散するのに賭けるしか手段がない。
せめて猛獣系じゃありませんように!
私は動悸を抑えて胸一杯に息を吸い込み、下腹に力を込めて繁みを睨みつけた。
「うぅおー!!」
すぐ背後の潅木の枝を掻き分けて物音の主が転がり出たと見るや否や、目をつぶって無茶苦茶に叫びながら、両手で湯を掬い相手に浴びせる。
一拍置いて、か細い悲鳴があがった。
……私はこんなに可愛らしい声で叫んでないぞ。
そろっと目を開けてみると、極限まで見開かれた藍色の瞳が飛び込んできた。
人間だ。人間の女の子。
目を合わせたままお互いに硬直する。
数秒の後、頭から水を滴らせた少女は、糸が切れたようにその場にくずおれた。
石化が解けた私は、遅ればせながら焦る。
人様を気絶させてしまった!どうしよう。
そりゃ森の中で素っ裸の女が雄たけびを上げながらお湯をぶっ掛けてきたら、誰だって肝を潰すだろう。
妖怪お湯掛けババアとか思われたかも。
抱き起こした少女は幼さを多分に残している。髪の毛はもつれ、ひどく青白い顔色をしていた。
全身に目をやると、服は藪で引っ掛けたのかあちらこちらかぎ裂きができ、華奢な手足にも血が筋になって滲んでいる。
脈を確かめると規則正しく打っており安堵したが、とった手の冷たさに胸が痛んだ。
こんな状態の子供に、何という仕打ちをしてしまったんだろう。
少女の露出した手足の傷口をそっと温泉の湯で清めてから、私は服を着て、意識のない彼女を背負いうつほへと急いだ。