朝起きたら、後輩が窓枠からぶら下がっていた
俺の朝は騒がしい。今日は部屋の窓を外側から叩かれる音で目を覚ますことになった。ちなみに俺の部屋は一軒家の二階だ。
「夏樹先輩! おはようございます!」
ガラスの向こうから高校の後輩、香織の声が聞こえた。
「おはようございます! 助けてください先輩!」
「お前、なんでこんなことしてるんだ」
窓を開けると、香織は窓枠の僅かな出っ張りに指でぶら下がっていた。気を抜けば数メートルを一気に落下だ。
「窓から先輩の部屋へ入ろうと思ったのですが、ここまで上がった時に梯子が倒れちゃいまして! 窓も締まってましたし!」
確かに地面には梯子が倒れていた。
「でも、なんで窓から」
「だって普通にお尋ねすると邪魔されますから! それより先輩早く助けて」
「お兄ちゃんおはよう! なんか部屋から邪悪な声がするんだけど!」
「ああっ! 邪魔者が来てしまいました!」
「人の妹を邪魔者呼ばわりするな」
「お兄ちゃん! やっぱりあの女が来てるんだね!」
俺の部屋に、妹の雪乃が駆け込んできた。
「あの女はどこ!? 声はするけど見えない!」
「おはようございます雪乃さん! 今日は窓から直接先輩のお部屋に侵入しようと思いまして!」
「そっか。香織さんおはよう。じゃあ落ちて」
「いやあああ! やめてください! ちょっ!指を剥がそうとしないで! 先輩助けてください! 義理の妹に殺されちゃいます!」
「二階から落ちたくらいで死なないだろ」
「怪我するじゃないですか! というか可愛い後輩が落ちちゃいそうのを見たら、普通は助けるものじゃないですか!?」
「そうは言ってもな」
「お兄ちゃん、朝ごはんできてるよ。この女を落としたら一緒に食べようね」
「今日のメニューはなんだ?」
「目玉焼きとソーセージだよ」
「雪乃が焼いてくれた目玉焼き、うまいんだよな」
「あの! やめてください! 雪乃さんやめて! 私の指をひねろうとするのやめてください! そんな呑気な会話を、人が落ちそうな時にしないでください! 先輩も助けて!」
「おやおや。お困りのようだね」
また、外から声が聞こえてきた。窓から身を乗り出せば、落ちていた梯子を拾って家に立てかける者がいた。
「みんな朝から賑やかだね。結構結構。わたしも混ぜてもらっていいかな?」
梯子を登りながら話すひとりの女。
「おはようございます! 澪先輩!」
香織が窓からぶら下がったまま挨拶した。
高校の先輩の澪さんは返事をしながら、当たり前のように窓から俺の部屋に侵入しようとしていた。
「おはよう、香織。今日はいい天気だ」
「はい! 夏樹先輩のお部屋に入り込むには絶好の天気です!」
「そんな天気ないからな」
「ところで澪先輩! お部屋に上がったらわたしのこと、引っ張り上げてもらえますか!?」
「させないからね!」
雪乃が梯子を掴んで、全力で前後に揺らしはじめた。
「お、おい。やめたまえ。梯子を揺らすな。危ないじゃないか。落ちる」
「落ちてほしいの」
「か、香織! この女は正気じゃないぞ!」
「はい! わたしたちでなんとかしましょう! ふたりがかりで立ち向かえば、なんとかなるはずです!」
「いいだろう。その後のことは、この女を倒してから考えよう」
「わたしと澪先輩、どっちが夏樹先輩とお付き合いできるかの勝負ですね!」
「なんで俺が、どっちかと付き合わなきゃいけないんだ」
「夏樹くん。もしかして君は、私よりも妹を選ぶつもりと言うのではないだろうね?」
「なんでそうなるんですか。妹と付き合うとかありえないでしょ」
「え、お兄ちゃん……?」
「なんで雪乃がショック受けてるんだ」
「お兄ちゃんは、わたしとお付き合いするの、嫌?」
「普通はきょうだいで付き合ったりしないだろ」
「聞きましたか澪先輩! これは勝てそうですよ!」
「そうだな。私たちは勝てる」
「駄目だからね」
「あ! おいやめろ。梯子を揺らすな! あっ!」
別に俺は香織とも澪先輩とも付き合うつもりはないけど、それを言う前に雪乃は梯子を家の壁から離した。
澪先輩は梯子が倒れる寸前に、なんとか窓枠に捕まった。後輩と先輩が並んでぶら下がってる状態だ。
なんなんだ、これ。
「な、なあ。夏樹くん。助けてくれないか?」
「あの! 夏樹先輩! 助けるならわたしからにしてください!」
「なっ!? いや、私からだ! これは先輩命令だ!」
「澪先輩ひどいですよ! 後輩を見捨てるつもりですか!?」
「一瞬前まで協力しようって言ってたのに、脆い関係だな。というか、自力でなんとかしようとしないのか?」
「嫌です! 女の子は、憧れの男の子に助けて貰う場面にドキドキしたいものなんです!」
「ふっ。香織もわかっているじゃないか」
「お兄ちゃん、どっちも助けちゃ駄目だからね」
「そうは言っても……」
「ふたりとも、早く落ちてね」
「そうは行きません! わたし、先輩に助けて貰えるまでぶら下がり続けます! 気合いで!」
「その気合いは、別の所に使ってほしいな。てか、そんなに体力ないだろお前」
「気合いで耐えます!」
「ふっ。気合いか。私は違うぞ。香織と違って鍛えているからな。水泳部だし、毎朝朝練にも行ってる」
「だったら朝練行けよ。俺の家じゃなくて」
「ふっ。夏樹くんに助けてもらったら、すぐに行くさ。だから助けてくれ」
「なんで朝練より俺の部屋に入り込むのが優先なんだよ」
「助けてくれたら、服の下に水着を着てるのを見せてやってもいいぞ。ほらほら」
澪先輩が片手で窓枠にぶら下がったまま、片手で制服のスカートの裾をヒラヒラと揺らす。
「澪先輩片手でぶら下がれるなんて余裕そうですね! というか体力あるなら、やっぱりわたしを先に助けるべきではないでしょうか!? あ、それにわたしを助けてくれたら、スカートの下見せてあげますよ!」
「なっ!? おい香織! 色仕掛けとは卑怯だぞ!」
「澪先輩が最初に水着見せるって言ったんだろ」
「そうだが! ええい夏樹くん! 私を助けろ! このまま落ちて怪我でもしたら、私は制服の下に競泳水着を着たまま救急車に運ばれる変態になってしまう!」
「梯子でお兄ちゃんの部屋に入り込もうとする時点で変態だよ。ふたりとも」
「梯子は香織が用意した。私はそれを使っただけだ。ところで雪乃」
「なあに?」
「実は、換えの下着を持ってくるのを忘れたのだ。君のを貸してくれないか?」
「よしお兄ちゃん、こいつから落とすね」
「な、なんでだ!?」
「冷静に考えてください澪先輩! 雪乃さんとでは明らかにサイズが合わないでしょ! 特に胸の!」
「香織さんも後で落とすね。香織さんが言えたことじゃないし。わたしの方が少しは大きいし」
「なっ!? 誰の胸が平らですか!?」
「香織さんのだよ」
「ああっ! やめろ雪乃! わかった! 下着を貸してほしいと言ったのは撤回する! わかった今日は濡れた水着の上から服を着て帰る!」
「それもどうかと思うけどな」
「帰る前に、また夏樹くんの家に寄る!」
「やめろ。そんな格好で人の家に来ようとするな。いやどんな格好でも来るな」
「お兄ちゃんと会いに来るなら、どっちにしろ今、片付けないとね」
「や、やめろー! おい指を剥がそうとするな!」
「ふふん。澪先輩はここまでみたいですね。夏樹先輩! 今のうちにわたしを助けてください! この悪魔がわたしまで落としてしまう前に!」
「どうしようかな……」
「なんでですか!? わたしが夏樹先輩のお部屋に来るのがそんなに駄目ですか!?」
「いやだって。そんな気楽に人を部屋に上げないものだろ。片付けしてないし。女の子相手なら特に」
「せ、先輩……わたしのこと、女の子として意識してくれてるんですか!?」
「ポジティブがすぎる」
「他人を入れないとなれば、雪乃を入れるのにも躊躇いがあってしかるべきではないだろうか!?」
「わたしは妹だからいいの!」
「確かに……妹だから特別ってわけじゃないよな。というか、妹が勝手に部屋に入るのも変だよな」
「お兄ちゃん!?」
「雪乃、とりあえず部屋から出ようか。先輩と後輩をどうするかは、朝ごはん食べながら考えよう」
「っ! うん! あーんしてあげるね!」
「いや、それはいい」
「ああっ! 待ってください夏樹先輩! 見捨てないで!」
「そうとも! というかそろそろ腕が限界なのだが! なんでこんなに疲れているのだろう」
「ふたりとも状況を考えずに叫びまくってるからだな」
「なるほど! おい香織。ここは静かにして体力を温存するぞ!」
「はい! 夏樹先輩が助けてくれるまで時間を稼ぐためですね! でも、静かにしてたら、夏樹先輩わたしたちのこと忘れちゃうかもしれません!」
「確かに! なあ夏樹くん! 助けてくれ! お願いだ!」
「お兄ちゃん、早く行こっ!」
「お、おう」
そのうち、ふたりは自力でなんとかするだろう。いつもそうなのだから。
俺の朝は、いつもこんな感じで始まる。
以前他のサイトに掲載していた作品ですが、そのサイトが無くなったので、こちらで読めるように転載しました。
このキャラクターたち良いなと思ったので、いつか長編化したいなと考えています。




