続「認定ヒーロー三田仮面」ヒーローたちのお財布事情
認定ヒーロー三田仮面 https://ncode.syosetu.com/n6757lu/ の続編です
「三田仮面」としてデビューして、早一年。
彼が学んだ最大の教訓は、「正義には、金がかかる」ということだった
【ヒーローはタダじゃない】
ヒーロー稼業も楽ではない。怪人を一体倒して得られる報奨金は、物価高騰の折、雀の涙だ。それなのに、1周年を迎えた雷人のもとには、公益法人日本ヒーロー認定協会から「更新手続きのご案内」という名の、ヤクザの取り立てのような通知が届いていた。
「なんなんだよ、この『ヒ賠責保険』ってのは……」
正式名称、ヒーロー賠償責任保険。怪人と戦う際、誤って電柱をなぎ倒したり、近隣の民家の瓦を割ったりした際の損害をカバーする保険だ。これがまた高い。さらに、追い打ちをかけるように愛用の公式マスクのディスプレイに不穏な文字が浮かび上がった。
『ライセンス有効期限:残り24時間。更新費用50,000円を入金してください。入金が確認できない場合、広告表示モードに移行します』
「はあ!? 初期費用5,000円だっただろ!」
そう、これこそが文科省天下り組織のあくどいビジネスモデルだった。ハードウェアを安くバラ撒き、後から高額なサブスクリプションで絞り取る。まさにプリンターのインク商法、あるいはスマホゲーの課金システムである。5万円払わなければ、戦闘中に「今なら三田牛がお得!」というポップアップ広告で視界を塞がれるのだ。死ぬ。確実に怪人に殺される。
【それは危険です】
そんな折、政府がヒーロー活動を「危険業務」に指定した。
「手当が出るのか?」と期待した雷人が馬鹿だった。実態は、単に「危ないから自己責任でね」という突き放しである。ヒーローは個人事業主。労災もなければ、雇用保険もない。ただ「危険なことをしている人」というレッテルを貼られ、民間の生命保険の加入を断られるようになっただけだった。
この煽りをもろに受けたのが、国民的人気チーム「スクール・セイバーズ」だった。
小さな子供から大きなお友達まで絶大な人気を誇っていた女子中学生5人組チーム、スクール・セイバーズが突然の活動停止に追い込まれたのだ。
彼女たちは学業と両立するために日曜朝8時にのみ活動しながら怪人をなぎ倒す、お茶の間のアイドルだった。メンバーには生徒会長や全国模試トップの秀才も含まれ、「文武両道ヒーロー」として教育委員会からもお墨付きを得ていたはずだった。
しかし、お役所仕事の論理は非情である。
「中学生を危険業務に従事させるとは何事か。児童福祉法およびコンプライアンスの観点から認められない」
たとえ彼女たちが自衛隊の特殊部隊より強くとも、「学業優先、生徒会長、多様性配慮」とプライムヒーローの鏡であっても、書類上の「安全性」が担保されなければ、この国では活動できない。
「あんなに優秀な子たちが、大人たちの『配慮』という名の規制で潰されるなんてな……」
雷人は、彼女たちのラストライブを見ながら、高いサブスク料を払うために、より多くの「小銭稼ぎ」に精を出すことを決意した。
【下町に轟く雷鳴】
そんな折、協会から一件のマッチング通知が届いた。
場所は東京、葛飾区付近の下町。
『ピンクのコスチュームを纏った怪人が、民家の植木鉢から花を抜き取るという極悪非道の行いを繰り返している。早急に排除せよ』
「……花を抜くだけ? それ、町内会の注意で済まないか?」
しかし、相手は「怪人」だ。通報を受けた警察官が現場に駆けつけたものの、怪人が放つ謎の「怪人ソニックブーム(物理法則を無視した衝撃波)」によって、屈強な機動隊員たちがまとめて紙屑のように吹き飛ばされたという。
山手線と地下鉄を乗り継ぎ、現地へ。駅からのバス代すら惜しみ、雷人は三田仮面のマスクをリュックに入れ、徒歩で現場へ向かった。
現場は、昭和の香りが残る路地裏。そこに、確かにいた。
全身ピンクのタイツに、花柄の装飾をあしらった奇妙な怪人。それは一心不乱に、道端のパンジーを根っこから引き抜いていた。
「おい、そこまでだ怪人! 三田仮面、参上!」
雷人は周囲に誰もいないことを確認し(動画投稿による討伐証明のため、誰かには見ていてほしいが、変身シーンを見られるのは恥ずかしい)、マスクを装着した。
怪人はこちらを振り返ると、何やら悲しげな声を上げたが、雷人に躊躇はなかった。5万円の更新料、そして高額なヒ賠責保険の支払いが頭をよぎる。こいつを倒せば、報奨金が入る。
「食らえ! サンダー・ボルト!!」
雷人の右拳に、青白い電光が宿る。中学時代に8番ライトで培った、全身のバネを使った完璧なストレート。
ドゴォォォォン!
雷人の拳は怪人の顔面にクリーンヒットした。ピンクの怪人は、まるで物理演算がバグったゲームキャラクターのように、スッ飛んで路地の向こうへと消えていった。
「ふぅ……。討伐完了、と」
数分後、SNSを確認すると「三田仮面、下町で大金星!」という動画が、通行人によってアップされていた。これで事務局への報告も簡略化できる。合理化万歳。
【ラーメンとライスと、青痣】
仕事終わりのビールほど、うまいものはない。
雷人は下町の古びたラーメン屋に入った。
「ビールと餃子、あとチャーシュー麺」
自分へのささやかなご褒美だ。報奨金が入れば、今月のサブスク料も払える。
そこへ、一人の若い女性が入ってきた。
ボストンバッグを抱え、疲れ果てた表情。彼女はメニューを見て、一度は「ラーメン」と言いかけたが、財布の中身を確認して顔を伏せた。
「……やっぱり、ライスだけで。すみません」
「お客さん、それじゃ栄養がつかないよ」という店員の言葉に、彼女は「お腹、いっぱいなんです……」と弱々しく微笑んだ。しかし、そのお腹は「グゥゥ」と、怪人の咆哮よりも切実な音を立てた。
雷人は、かつての自分を見たような気がした。野球部で干され、会社を辞め、明日の金に困っていたあの頃を。
「店員さん、彼女にラーメンと餃子を。俺の奢りだ」
彼女が驚いて顔を上げた。
その左頬には、痛々しいほど大きな、青黒い打撲痕があった。
「どうしたの、その顔。……DVか?」店員が詰め寄る。
「警察に行きましょう。正義は勝つんです」雷人も、柄にもなくヒーローらしい台詞を吐いた。
彼女は怯えたように首を振った。
「いえ……私が、悪いんです。あの人は正しいんです。私が、いけないことをしたから。だから、これは罰なんです……」
「そんなわけないだろ!」雷人は声を荒らげた。「あなたみたいな若くて、可愛らしい人が、殴られていい理由なんてどこにもない。悪いのは、そんな拳を振るう奴の方だ!」
雷人は熱弁した。正義とは何か、力とはどうあるべきか。
しかし、彼女の痣をじっと見つめているうちに、ある「既視感」が雷人の脳裏をよぎった。
青い、大きな、打撲痕。
頬のあたりに、斜めに入った衝撃の跡。
それは、さっき自分が放った「サンダー・ボルト」の拳の形と、寸分違わず一致していた。
(……え?)
ピンクの怪人。
家の花を抜いていた、小柄な人影。
「私が悪いんです。いけないことをしたから……」
雷人の背中に、冷たい汗が流れた。
怪人は、警察官を吹き飛ばす。だが、ヒーローにはめっぽう弱い。
怪人は、世界征服と称して「弁当を奪う」とか「花を抜く」とか、その程度の罪を犯す。
それに対して、ヒーローは「正義」という大義名分を背負い、殺人的な威力の超能力や物理攻撃を叩き込む。
この国における「怪人」とは、一体何なのだ?
社会からはじき出され、法で裁くにはあまりに些細な、しかし放置するには少しだけ迷惑な「バグ」のような存在。それを、天下り組織が管理する「公認の暴力」で粉砕し、娯楽として消費するシステム。
「……あ、いや。その。もしかして、ですけど」
雷人の声が、しどろもどろになる。
「お花とか……好きだったりします?」
彼女はビクッと肩を揺らし、無言でボストンバッグを抱え直した。その隙間から、根っこのついたパンジーがのぞいていた。
「……あ、あの。ごめん」
雷人は、何を謝っているのか自分でも分からないまま、財布に残った全財産の硬貨をテーブルに置いた。
「ご馳走様。……お腹いっぱいだ」
彼はチャーシュー麺を一口も啜らず、店を飛び出した。
雷人の手元に届いた「三田仮面」の更新完了通知。
『更新ありがとうございます。次回の怪人討伐も期待しております。正義の味方として、コンプライアンスを遵守し、多様性に配慮した活動を!』
プライムヒーロー、ブルーサンダーへの道は、あまりに遠く、そして血生臭い。
三田仮面は、明日もまた「正義」を執行するために、高額なサブスクリプションを払い続けるのだ。




