#10:賞賛の澱
高校生編の短編連作です。
2015/3/×× 夕方
「それじゃ、今日はアメリカン・シンフォニーのフルートソロを決めるぞ」
先生の一言。音楽室の空気が張り詰める。中盤のソロはゆっくりで、誤魔化しが効かない。音色も息も、全部がそのまま出てしまう。
「やりたい人」
誰も手をあげなかった。やりたい気持ちはあるのに。私も手をあげない。あげようと思えばあげられたけれど、その一瞬の揺れを、指先が止めた。
それでもソロは魅力的だ。やがて二人が立候補し、順番に演奏する。
「じゃあ、順番に吹いてみようか」
一人ずつ、短いフレーズを吹いていく。どの音も正確で、きれいで、まっすぐ。…やっぱり二人とも上手いな。拍手しながらそう思っていた。
「陽子も、やってみなよ。練習してたじゃん」
少し心が軽くなる。放課後に吹いていたのを、見られていたのだろうか。背中を押された気がして、胸が温かくなる。
「……はい、やります」
息を吸い、音を置く。ゆっくりしたフレーズが身体に入ってくる。
(あ……)
空気の揺れに合わせて、指が勝手に旋律を紡ぎ出す。止めようとしても、止まらない。
パチパチパチパチッ。
一息ついたとき、大きな拍手と歓声の渦に後ずさる。顔が熱い。
一礼をして定位置に戻った。
先生は顎に手を当て、少し眉を寄せている。
「……うん、上手いよね。だけど、これはクラシック楽曲。変調やメロディを変えるのは駄目だと前にも伝えてたはずだよ」
そして、別の子の名前を呼んだ。満面の笑みで喜ぶ人。拍手で迎えられる人。なぜか私の周りだけ、空気がわずかに固い。
陽子はフルートを下ろし、その固さが消えるのを待った。拍手が遠ざかるのを待って、陽子はそっとフルートケースを閉じた。
次話(最終話):#11:光の余韻
2026/1/27 20:00に更新します




