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邪神の使徒になった転生少女の冒険録  作者: 中毒のRemi
第二章 人形期 冒険者編
34/34

第34話 危険度A級依頼――神性蔓延る大迷宮への道

 冒険者ギルド――その奥にある一室。

 重厚な扉を抜けた先、磨かれた黒檀の机を挟んで向かい合っているのは、ギルドマスターにしてこの街の顔役、ダリウス・ヴァン・ドレイク。

 そして私、ヴュステの3人が席を囲んでいた。

 まぁヴュステが会話に参加する事など考えられないので、実質二人である。


 机上には銀のポットと湯気を立てる紅茶、皿に盛られた茶菓子。

 血の匂いが漂う一階とは打って変わり、ここには優雅さすらあった。


「それにしても本当に、人を殺しても問題が無いんですね。たとえ冒険者限定だとしても驚きです。なんでこんなルールがまかり通ってるんでしょうね」

「……昔は冒険者の立場で色々悪さする奴がいたからな、それを成敗する為に作られた法ってのと……」


 ダリウスは話の途中で紅茶を口に運び、ひと息ついてから淡々と続けた。

 

「中央――“ミュトラント大陸”の星王国の国力がな、圧倒的すぎて他国は口出しできなくなった。その結果、龍神の国を除くほとんどの大陸で通っちまった、オモシロルールだ」

「トップが善人でないと、絶対にまかり通らない法ですね」

「そうとも言えん。人は善悪を問わず安息を求めるもんでね。あんまり周りと違う事をしてると、お咎めを食らうんだよ」


 ダリウスは椅子に深く腰を沈め、吐き捨てるように笑った。

 それから――誰に求められたわけでもないのに、己の過去をぽつぽつと語り始める。


 曰く、かつては子供を狙って快楽的に殺しを繰り返し、牢に繋がれた身だったこと。

 曰く、星王国の奴隷として一生を捧げる代わりに、生かされ、今こうしてギルドを任されていること。


 要するに、どうでもいい自慢半分の懺悔話。

 けれど、一つだけ私たちに関わる話題が混じっていた。


「テレウスはどうした? 一緒に来てただろ?」

「あの人なら私の登録手続きをしている最中に「散歩する」とか言って、出て行きましたよ」


 どうやらダリウスはテレウスを鍛えあげた、師匠にあたる人物らしい。

 とはいえテレウス自体、同じ孤児院出身というだけで、私と深い縁があるわけでもない。

 やはりどうでもいい話ばかりである。


 老人の話が長いとはよく言ったものだ。


「絶対に俺が起きた気配に気づいて、逃げたんだろう。……ったく、師の顔を拝まずに出て行くとは、薄情な弟子だ」


 ……気づけばテーブルの茶菓子は一枚残らず消えていた。

 間違いなく、私の分まで食べたのはヴュステだろう。

 ちらりと視線を向ければ、当の本人は椅子に沈みこんで、幸せそうに昼寝を決め込んでいた。

 

 ……後で食べようと思っていたのに。

 

 一度、私の空間内にヴュステをしまっておくというのも、一考の余地有りだ。

 今のところ大して役に立っていないし。


 が、それは後だ。

 

「そんなことより、お金の話をしましょう」

「せっかちなガキだな……」


 そう言いながら、ダリウスは机の上に一枚の水晶板を置いた。

 光を吸い込んだかと思えば、鈍い輝きが内部で脈打つ。

 厚みは羊皮紙ほどしかなく、けれど手触りは冷たい鉱石そのもの。


 ざっと目を通した冒頭の文面は、依頼書らしい。

 だがその形状は、どう見ても古びた羊皮紙とは程遠い。


「……ギルドに入ってから思ってたんですけど。依頼書まで、やけに未来的な見た目してますね」

「これは特別な依頼だからこうしてるんだ。すべてを魔法石やら水晶で記録してたら、国の経済なんて三日で崩壊する」

「ちなみにこれって触ってもいいんですか?」

「いや、その必要はない」

 

 ダリウスが無造作に指先で水晶板を叩いた瞬間、淡い光の揺らぎと共に文字列が、空中に浮かび上がった。

 硬質な輝きが空気を裂き、場の空気がひやりと引き締まる。


「……依頼内容は行方不明になった奴隷の捜索、及び帝都までの護衛だ」


 その言葉に思わず、私は眉をひそめた。

 

「行方不明って……そもそも捜索の段階から難易度が高いですよ。私は追跡を専門とする魔導士じゃありませんし」

「場所の見当はついている」

 

 ダリウスは視線だけをこちらに寄越し、低く言い放つ。


「ここに来る前に目にしているだろう――あの、空を突くような塔を」

「ああ……あれ、ですか」


 思わず口から吐息が漏れた。


 そしてダリウスから視線を外し、私は浮かんだ光の文字に目を走らせ、依頼内容を読み込む。

 淡々と記された文面に、ただならぬ重みがのしかかってくる。

 

---

 

【依頼書】

 依頼番号:第2471号

 依頼種別:探索・護衛

 危険度:A級


 依頼内容

 行方不明となった奴隷の捜索および帝都までの護衛。

 当該奴隷は星王国アルセリア所属の冒険者によって護衛中、正体不明の襲撃を受け、万森の塔まで逃げ込み護衛者と共に消息を絶った。

 本依頼は塔内部にて、護衛対象を発見・確保し、安全に帝都まで送り届けることを目的とする。


 依頼人

 バルゴーン帝国皇族


 報酬

 金貨100枚


 備考

 万森の塔は魔物の出没が極めて多く、内部は生きた迷宮のごとく構造を変化させる。

 挑む際は相応の戦力を整えること。

 

---


 他にも奴隷の名前や身体的特徴、そして依頼期限など、様々な情報を私は最後まで読み終え、言葉を失ったまま水晶板を見つめた。

 依頼人の名を目にした瞬間、背筋に冷たいものが走る。


「……これ、依頼主が“皇族”ってはっきり書いてあるんですけど……」


 ほんの少しだけかすれた声で言いながら、唇がわずかに強張る。

 

「絶対に失敗できないやつですよね……」

「正直、かなり怠い依頼だ。しかも名指しで俺に指名が入った」

「なら、ダリウスさんがやるべきでは……?」

「俺はもう八十五の糞爺だぞ。この歳であんな毒まみれの塔に入ったら、寿命が一気に削れるわ!」


 依頼書だけでも充分に重苦しい情報量だというのに、さらりと告げられた追加の一言で胃の奥が冷えた。

 探索先は“毒に汚染された塔”――ギルドマスターの口から平然と告げられたのだ。

 報酬は魅力的だが、踏み込むべきか迷いが生じる。

 

『あそこね、元々は六神の一柱、覇力が建てた修練場兼、神の寝床だよ』


 頭の奥に、唐突に別の声が響く。

 私は思わず眉を寄せ、心中で応じた。


『……黙ってたと思ったら、いきなりですね。修練場ってのはテレウスさんも推測してましたが……寝床でもあるのに、毒が撒かれてるんですか?』

『毒じゃなくて神気なんだけどね。弱い人が神気に触れると体が持たなくて、中から崩壊していくの。才能があれば神気を取り込んで強くなれるし、弱かったら死ぬだけ』

『ちなみに私が塔の中に入ったらどうなります?』

『アイラもヴュステも神の影響下にあるんだから、全く影響ないんじゃないかな。むしろ妾達の体調が良くなる可能性の方が高いかも』


 なるほど。

 塔の“毒”については理解した。

 少なくともダリウスの言い分は、大方正しいのだろう。


『それにね、あなたの体が人間じゃないこと、この老人には筒抜けみたい。救世主の知り合いで、しかも人外――その状況込みで、この依頼を押しつけられてるんだと思うよ』

『えぇ……!?』


 ……なんか割と中身を見透かされるな。

 そんなに人外ってバレやすい行動をしてるだろうか、私。

 でも純人間じゃないとバレたところで、別にデメリットも無いだろう。


  ダリウスは咳払いをひとつして、話の流れを取り戻した。


「で、どうするんだ」

「……一つ聞いても良いでしょうか?」

「あぁ、なんでも言え」

「救世主さんは、帝都に問題が発生したと言ってました。その件について何か知っていますか?」

「救世主……? あぁ、テレウスか。特には聞いてないな。だが、ここ数日の間に帝都のギルドと連絡が途絶えた」

「それって、結構な大事じゃないですか」

「問題には違いない。だが――」


 ダリウスは椅子を軋ませて立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。

 重い背中越しに、外の雑踏のざわめきが微かに聞こえてくる。

「……今は戴冠式の前夜祭だ。こうも人が行き交えば、帝都に置かれた専用通信具がまともに機能しなくなることもある。前例が無いわけではない」


 彼は窓の外を眺めたまま、低く続けた。


「それに――俺自身で確かめたわけじゃないが、帝都は今、夜に包まれているらしい」

「夜に……包まれている?」

「そうだ。どうやら新皇帝は夜を殊のほか好むという。この祭りの間、帝都全体を“夜”で満たしているそうだ」


 夜が好きな皇帝――ただの嗜好と片付けるには奇妙すぎる。

 テレウスが危惧していたのは、このことなのだろうか。

 一見すれば大した問題ではないように思えるが、私の胸の奥に冷たい棘が残った。

 

 ――その時、私は突然思い出した。


「あっ……!」

「どうした、突然大きな声を出して」

「その依頼受けます!」


 思い返せば、テレウスの行き先と依頼の護衛先――首都ヴァルザムは一致している。

 ならば依頼を受け、その流れで彼を同行させればいい。

 あの男はダリウスの手で、塔で修練を積んだと言っていた。

 案内役として、これ以上の適任はいない。


 世界の救世主を連れ歩いて、大迷宮攻略。

 そう考えれば、金貨100枚など楽勝じゃないか。

 

 ……護衛対象が生きているのが前提だけど。

 

「理由は……まぁ聞かなくてもいいか。……確認するが。本当に受けるんだな?」

「受けます。というか貴方の方こそ、私なんかに任せて大丈夫なんですか? 一応ダリウスさんは奴隷として働いてますよね?」

「全くもって問題ないな、俺はテレウスを育てたっつう最高の信用がある。第二の弟子に依頼を託した、ってな」

「私は貴方の弟子じゃないですけどね」


 皮肉を返すとダリウスは鼻で笑い、どこから取り出したか分からない、一枚の羊皮紙をポンッと軽く投げ渡してきた。


「じゃあ、これにサインしてくれ」

「サイン……?」


 思わず首を傾げる。テーブルにはペン一本置かれていない。


「刻印がある方の手で触れりゃいい。……こんなのも知らねぇのか、本当に冒険者か?」

「ついさっき登録した田舎者ですので」


 私は言葉を返しつつ、羊皮紙を見下ろした。

 要するに署名ではなく、手形――それも刻印を使った契約ということか。

 異文化のやり方に少し戸惑ったが、従わない理由もない。


 自身の右手を羊皮紙に置く。


 瞬間、皮紙に光が走り、私の刻印と同じ紋様が浮かび上がった。

 同時に右手の刻印に一画、新たな線が刻まれていく。


「よし、契約成立だ。それと――前金だ」


 ダリウスはにやりと口の端を吊り上げ、懐から硬貨を取り出すと、わざとらしい音を立てて机の上に散らした。


「金貨五枚。ほら、触ったこともない大金だろう? 田舎娘には十分すぎるはずだ」

「……おかしいですね」

 

 私は机の上の金を見つめ、指先で一枚を弄びながら声を低くする。


「依頼金は金貨百枚でしたよね。その前金が、たった五枚? 計算が合いません。難度を考えても、二十枚は下らないはずです」


 ダリウスの顔から、ほんの一瞬だけ笑みが消えた。だがすぐに鼻で笑い飛ばす。

 

「ガキのくせに口が達者だな。だが勘違いするなよ。元々この依頼は俺が請け負ったものだ。お前に回してやったのは、あくまで俺の好意だ。その取り分を引いた残りが今お前の前にある――異論は認めん」

「……ぐっ」

 

 言い返したい。

 だが、彼の言い分がどこまで理に適っているのか、私には判断がつかない。

 経験不足という無知が、鋭い刃のように喉を塞いでくる。

 

 金貨5枚。

 細々と生きるならこれだけで数ヶ月、もしくは一年くらい生きていける。

 

 …………仕方ない。

 

 ここ暫くの活動資金と考えれば、今の私には充分過ぎる量だ。


「分かりました。サインもしましたし、もうそれで良いです」

「分かれば良いんだよ、分かれば」


 ダリウスが満足げに椅子へ深く腰を預けたのを横目に、私は居眠りをこいていたヴュステの体を揺り起こした。


「……話、終わった?」

「終わりました。行きますよ」


 私はヴュステの手を引き、出口へと歩みを進める。

 その瞬間、背筋に冷たい気配が走った。

 反射的に全身へ魔力を通した刹那――小さな衝撃音が頭上に弾ける。


 聞こえた発射音は2回。

 

 視線を横へやれば、ヴュステの尻尾がひらりと揺れ、床には潰れた鉄片が転がっていた。

 彼女は私と違ってまともに受けず、軽く払い落としたようだ。


「おお……お前達、完璧(パーフェクト)だ」


 声の主はダリウスだった。

 私は振り返り、鋭く問いかける。

 

「今のは……何のつもりですか」

「テストだよ。俺が見込んだ奴が腰抜けじゃ困るからな」

 

 唇の端を歪め、彼は楽しげに肩をすくめる。

 

「……すまんな。久しぶりに強そうなガキを見てな、血が騒いじまった。輝く蜜を見れば舌を伸ばしたくなるのは、爺の性ってやつだ。戯れだと思って流せ」


 吐息に滲む甘ったるい熱。


 仕事の話をしていた時は、まだ理屈の通じる老人だと思ったのに。違った。

 その笑みは、花の蜜を吸う遊戯のように――子供の命を弄ぶことを当然とする者のものだった。


 年齢を重ねた肉体からは想像できない軽やかな口調。

 老いを感じさせぬその若さは、きっと血と悲鳴に酔い続けてきた結果なのだろう。

 ……これは、一般人的な思考をしてるテレウスが、会いたがらない人物だというのも頷ける。

 避けられて当然だ。


 とりあえずは、触らぬ神に祟りなし。

 これ以上言葉を交わす必要はない。


「……はぁ」


 深いため息を吐き、私は背を向けた。

 ダリウスに視線すら残さず、ヴュステと共にギルドを後にした。

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