第30話 救世主との再会
「なっ――! 魔族の心臓を……自分から引き抜いた?!」
テレウスの瞳が刃より鋭く見開かれ、息が詰まったように声が掠れる。
「……いや、違う。これは心臓じゃない……」
「はい、違います。これはちょっと特殊な事情で作られた人工物です」
「そっ、そんな馬鹿な!……だって君は、人間じゃあ……」
「私が純人間でない事を見抜いたの人も、貴方が初めてでしょう。そしてお久しぶりです、同じ孤児院で育った先輩――テレウスさん」
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刃の緊張は嘘のように霧散し、平原の真ん中に風だけが吹き抜けた。
私はゆっくりと簡易の回復魔術をかけながら、彼にこれまでの経緯を語る。
と言ってもところどころ伏せてはいる。
特に神様の案件など、まともに説明のしようがない。
あの王都が魔物に襲われた日に一度死んだこと。
その後、特別な人に魂を人形に移し替えられたことは言った。
説明は最小限に留めたが、彼はじっと耳を傾けていた。
もちろん、私の命を移し替えた存在について指摘されたが、そこは無視だ。
ちなみにテレウスは私の事をしっかり覚えていた。
あの時点の私は、気持ち悪いくらい落ち着いた幼女そのものだ。
一度のみの出会いとはいえ、存在を忘れるのが逆に難しいくらいだろう。
「その……本当に……本当に――」
「何ですか? どうぞ続けてください」
「――本当にすまない!!! まさか、あの時の恩人だったとは知らずに……!」
頭を深々と下げるテレウス。
その肩は真剣に震えていた。
……恩人という呼ばれ方について。
どうやら孤児院組が大急ぎで、あの王都から離れる事が出来たのは、彼の働きによるものだったらしい。
そして魔物の軍勢を中心地からしばいて回ったエメア、
精鋭の一体をムムララと私で抑える事によって、テレウス率いる孤児院組と、ある一定の人数の人達はあの王都から離れる事が出来たという。
あの時は偶然、魔物達とかち合うことになっただけなのだが、彼からすれば進んで囮を引き受けた大恩ある人物に、私の事を見えているらしい。
つまり私はいつの間にか、彼の恩人枠に入っているわけだ。
「これもまた素晴らしい巡り合わせですね」
そういえば、とんでもなく強い冒険者が孤児院の人達をすぐにまとめて逃したという話は、王都ウルナを奔走している最中に聞いていた。
凄腕の戦士、S級冒険者という肩書きが今の彼にはあるという。
「文字通り命を賭けて時間稼ぎをしてあげというのに、その恩人の瞳を斬り落とす馬鹿がいるなんて……一体誰がそんな事を想像できるでしょうか?」
「…………」
「全く……どう責任取ってくれるか、楽しみで仕方がありませんね!!」
私が生身の人間であれば、割と真剣にこの男を殺害するという方に、天秤が傾いていただろう。
エメアが隣にいれば、尚更そうなる事間違いなしだ。
でも今回は色々と事情が変わる。
この人形の身体は、この程度の損傷なら魔術を使わずとも自己修復が始まるし、斬られたところでたいして痛みもない。
なので彼に対する怒りはそこまで無かった。
『ちょっと。今は体内に残ってる魔障の残像粒子の駆逐に力を使ってるから、眼球の治療にリソースを割きたくないんだけど』
『それならヴュステを外に出してください。暫くは足りない部分を彼女に補ってもらいます』
そういえば彼は魔障や魔族がどうのと言って切り掛かってきたが、彼の現在の仕事は冒険者というより、魔障を支配する化物――魔族の殲滅にあると説明してくれた。
彼が狙うのは6体いるという、魔王の心臓の分体を殺すこと。
……なんか、近い事をどこかで耳に入れた覚えがあるけど思い出せないな。
「……返す言葉もない」
どう責任を取ってくれるか楽しみではあるが、私は彼に時間を割いている暇などない。
彼にも使命があるようなので、私に使う時間も無いだろう。
だから……
「なんて言いましたが、この件をこれ以上追求するつもりはありません。今の私は貴方の言う通り人間ではないので、この傷もそのうち治ります」
「そうか……それは良かった」
「まぁ、やられた事は最低の中の最低ですから、貸しを十ほど付けておく事で許してあげます」
「はは…………多いな」
「は?――今なんて言いました?」
「い、いや!本当に恩に切るよ!!何かあったら言ってくれ、何でも言う事を聞くつもりだ!」
さて……何でも言う事を聞くという言葉まで、引き出せてしまった。
ならば……
私は彼の背後、帆布を揺らす荷馬車に目をやった。
「そういえば、テレウスさんはどこに向かってるんですか?」
「えっと……このバルゴーン帝国の首都、北の都ヴァルザムさ」
ここはバルゴーン帝国という国の領地なのか。
これは小学生並みの感想でしかないが、帝国と王国を比べると、私は帝国に対する印象はあまり良くない方に傾いてしまう。
「それで僕達の家族にはそこへ移住して貰ったんだけど、帝都内で大きな問題が発生してね……」
あれ……?
話の流れがおかしな方向に変えられてしまいそうだ。
ここは軌道修正しないと……
「あーあー。私はこれ以上、面倒な話に突っ込む気はありませんよ」
エメアを探すため、各地を転々としなければならないが、人が集まる都市といえど流石に危険地帯候補に、首を突っ込みたくはない。
命には限りがあるのだから。
「そっそんな!――肉体を変えてでもこの世界に留まっていると言う事は、君もヴィーミールの……」
私はその先を紡ごうとした彼の言葉を、切り裂くように遮った。
「貴方は守りたい物を失わずに済んだのでしょうが、私の大切な人は行方不明なんです。一応孤児院の話を頭に入れておきますが、それは私の最優先事項になりません」
短くも鋭いその一言に、彼は一瞬だけ眉を伏せ、やがて苦笑を浮かべた。
「確かにその通りだ、すまない。……ちなみに君が僕の行き先を聞いた理由はなんだい?」
「私は諸事情によりここから一番近い、ある程度大きめな町を目指しています」
「あぁ――商業都市ラスタベルだね。一応僕達もそこを中継して帝都まで行くつもりなんだ」
「しょ、商業都市ですか!?」
商業都市――その響きが、舌の上で弾けるように心地いい。
そこならばエメアを探しながら、彼女のプレゼント用のアクセサリーを買うことも出来そうだ。
私は一度渡された耳飾りを無くしてしまっている。
もしかしたらムムララが持っているかもしれないとはいえだ。
その謝罪も兼ねていっぱい買うとしよう。
ついでに旅装も整えたいし、ヴュステのボロ切れ同然の服も新調させるべきだ……
そんな算段を巡らせていると、荷馬車の幌が揺れ、軋む音と共に誰かが降り立った。
砂を踏みしめる足音が近づき、私たちの会話を切り取るように低い声が飛ぶ。
「おいおい、危険だから中で待っていて欲しいと言ってた割には、随分と楽しげに話してんなぁ」
声の主は私の正面で足を止め、影を落とした。
見上げた顔に見覚えがある――私たちを孤児院に入るよう勧めたあの男、ルルクだ。
「“僕たち”と言っていたので誰かと思いましたが……まさかルルクさんだったとは」
「なんだお前さん、もしかしてどっかで会ったか?」
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ルルクにも、テレウスと同じようにこれまでの経緯を伝えた。
……もっとも、転生のくだりは抜いてある。
二度も同じ説明をするのは面倒だし、聞かされる側も混乱するだけだ。
彼の目的地もまた、北の都ヴァルザム――孤児院のある帝都らしい。
「5年で随分と成長しすぎじゃないか……? 俺の記憶だと、出会った時の見た目は2歳とかだったぞ」
「成長期ですから」
確かに私の体は、大きく変わったと言うべきかもしれないが、彼はむしろこの5年で老けてしまったと言えるだろう。
時間の流れは残酷だ。
「そうか。いや、まぁそれはいい」
ルルクは納得しかけた顔で頷きながら、横のテレウスへ視線を向ける。
その目つきは、父が息子を叱る時のように低く冷えていた。
「お前やっちまったなぁ。救世主としての荷が軽くないのは分かるが、これは家族を斬ったようなものだ」
「…………すまない」
救世主――耳慣れない響きだ。
いや、それよりもこの空気は放っておくと、テレウスが吊し上げられる流れになる。
「ルルクさん、その件の話し合いはこちらで済ませてあります。私の眼は時間は掛かりますが、自分で治せますのでお気になさらず」
「そうなのか……?」
ルルクは軽く息を吐いたが、その眉間の皺はまだ解けていない。
私は話題を逸らすように問いを投げる。
「それよりも救世主とは?」
するとテレウスがどこか嫌そうに……
「それは……」
答える前に、テレウスはわずかに顔をしかめる。
言いたくなさそうな、苦い沈黙。
だが――
「コイツが神託に選ばれた人間だからだ。今は世界中で名が知られてる。最初は東南の小国から始まり……」
ルルクの説明を要約すると、テレウスは神託に導かれて進む、救世の子という役割を担っているらしい。
神託そのものは権力者や王族が受け取る事が多いらしく、基本的に上の人たちを通じて私達平民にも情報は回ってくるようだ。
通りでさっき6つがどうとか言う話が、聞き覚えがあると思った。……と言っても、確かムムララが口にしていた内容であった筈だが。
ちなみに神託の内容はこうだ。
――六つに砕けし永夜の影、災いとして地を彷徨う。されど選ばれし子がひとり、これを討ちて太陽を取り戻さん――
「つまりは、世界平和を目指す活動しているという事ですか。そんな事を背負っていたら、幼少期から旅に出ざるおえないですよね。同情しますよ」
「たぶん、それは君も何だけど……」
『そこにいる人間もどきは救世の子でほぼ確定だけど、あなたもヴィーミールに招かれてる事を忘れないで』
『彼が救世の子なら、私は大手を振ってエメア探しに集中出来るという事ですよね。良かったです、使命なんかなくて』
私は大きくひとつ息を吐き、思考を切り替える。
「難しい話はここまでにしましょう。救世主さん、何か包帯になる物を持っていませんか?」
「持ってるよ」
テレウスは指輪のような魔道具を軽くひねり、空間から包帯を引き出して私に差し出す。
「便利な物を持ってますね……」
「これを目に巻くのかい?」
「はい。傷が治るのには時間が掛かりますから」
私は包帯を受け取り、両眼を覆うようにゆっくりと巻き付けた。
「暫くはこれで生活ですね」
ルルクが興味深そうな眼差しで、じっとこちらを観察していた。
「両眼を失っているのに、周囲の位置が分かるとは……妙なもんだな」
「眼が無くても生きている生物は幾らでもいます。私もちょっとしたその例に入ってるだけですよ。そんな事よりも――」
私は言葉を切り、荷馬車が停まっている方へと足を向けた。
「早く移動しましょう。時間は有限ですよ、ルルクさん、救世主さん」
「あぁ、そうだな」
ルルクは素直に返事をしたがテレウスはどこか嫌そうに反応した。
「その…………なんで僕だけ救世主呼びに……?」
「それは、貴方が世界を平和にしてくれる事を期待してるからですよ」
「君のそれは、まるで嫌味に言ってるように聞こえるな」
「まさか。私は眼を斬られた事なんて微塵も気にしてませんよ。これは蔑称ではなく敬称です」
「僕は斬った事を言及してないんだけどなぁ……」
彼は短くため息をつき、渋々私の後に続く。
「じゃあ僕はこれから君の事を、盟友と呼ぶ事にするよ」
「ふふ……。どういう意図かは分かりませんが、好きにして下さい」
こうして私たちは荷馬車に乗り込み、ゆっくりと車輪が動き始めた。




